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獣医さんのお仕事 in 異世界  作者: 蒼空チョコ
異世界召喚編
12/62

 番外編 お肉と獣医さんのお仕事

 ※今回の話にはオチ、ストーリーとの関連性ともにありません。風見がお肉屋さんの前で止まり、解体現場を観察するだけの話です。

 主に解剖描写、食肉センターでの加工法などを紹介していくだけのグロテスク&ショッキングな回が予想されるのでそういうのに興味がない方は飛ばされることをお勧めします。

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 自警団の事務所を後にした一行は城前の大通りまで戻っていた。

 そこは風見が一度立ち止まり、多頭の蛇の銅像を見た場所である。大道芸や吟遊詩人など先程と変わらない様子だった。

 


「もうこんなことはしないでくださいね? もし外まで行くのであれば決して私を置いていかないでください」

「自制できなくて面目ない。次からは気を付ける」

「はい。片時も私を離さないでください」

「うん?」

 


 と、どこか妙な言葉で釘を刺されている時のことだった。ちょうど肉屋の前を通り過ぎようとしたところ、風見ははたと足を止める。

 顔はコンパスのように肉屋を指したまま動かない。さらにはくいっと方向転換して体まで向ける始末だった。

 


 自制心?

 彼の辞書では『好奇心』が上書きされているので酷く薄れた表記のようだ。

 


「クロエ、ちょろーっと見てっていいか?」

「それは構いませんが夕餉にお肉を召し上がりたいのでしょうか?」

「いんや、そうじゃないんだ。単に興味があるだけだよ」

 


 肉屋の店先にまた吊ってあるのはバクのような何かだ。

 並ぶ商品は見慣れない動物ばかり――かと思えば、そうでもないらしい。よく見ると豚足らしきものや羊の肉も吊ってある。こちらの世界でも犬や猫、馬を始めとした動物は目にしたし、全く違う生態系でもないようだ。

 


 どうやら店の裏で頭を落とし、逆さ吊りにして血抜きした家畜をその場で解体して売りさばくのがやり方とみえる。

 冷蔵保存ができないなら恐らく一般的な方法だろう。

 アフリカでは現代でも牛などを市場まで歩かせ、その場で殺して売りさばく。そうでなければ途中で腐ってしまうし運搬も大変になるからだ。冷蔵保存がない以上、残る販売法は干すか塩漬け、または燻製するなどに限られてしまう。

 


「わ、私はこういうのはちょっと……」

 


 頭のない家畜を前にクロエの表情が固まる。

 彼女は包丁をスティック砥石でしゃっしゃと鳴らす音に怯え、風見の陰へと隠れるのだった。

 


『ウチは見慣れてますね。ニワトリぐらいなら春の肉祭りにでもなればどこの家庭でも絞めますし』

 


 中世では人の肉食文化には周期があった。

 というのも家畜のエサとなる草の関係で、人も動物も季節に合わせるのが一番楽だったからだ。

 


 簡単に言うと秋には歳を取った家畜を絞めて肉を蓄え、口減らしをする。貯めておいた草で養いつつ妊娠期間となる冬は肉を絶ち、春から夏になって子供が産まれて乳離れする頃には肉を解禁する祭りを開催した。

 そういう周期にならうのが大半の家庭だ。

 


 肉は冬に近付くにつれて高騰するため、年中口にできるのは裕福な一部のみ。だが肉祭りには貧しい家庭でも肉に手が届く範囲となっていた。

 


「……うぅ」

『ありゃ、経験ないんですか?』

 


 つつっと目を逸らすクロエに反し、ノーラは吊られた肉塊を見ようがてんで平気な様子だった。

 それどころかニワトリは首を絞めた後、熱湯にちょっとさらしてからぶちぶち羽毛を抜くんだとレクチャーまで始めている。

 


 が、聞かされるクロエは堪ったものではなかった。

 彼女は耳を押さえ、青い顔をぶんぶんと振っている。日本の女の子みたいにそういう血生臭いことは苦手らしい。

 


「い、いいですっ。そんなもの聞かせないでください!」

『でも“白服”さんならそういうのは慣れてるんじゃ?』

「それはそうですが場の空気が違います……!」

 


 なにやらクロエの白いローブを指差して言っていたが風見にはよく判らない。ともかく女性陣はそんな様子だった。

 一方、彼はといえば一番前に出て店主の手さばきや動物をよく見ている。さっきまで笑っていたはずの顔はまっすぐになっていた。

 


『あなたの猊下と同じものを見なくていいんですか?』

「み、見れません……。血はともかく内臓まで出るものはちょっと……」

 


 うううと呻いたクロエは風見を少し視界に入れつつ、それでも解体現場は見るまいと微妙な角度で顔を向けていた。

 そんな様子を見、ノーラは腰に手を当てる。

 


『どこでもやっていることなんですけどねえ。神官といえでも肉は食べるんでしょう? 自分が食べているものがどんなものなのかちゃんと知るのは大事だと思いますよ』

「わ、わかっていますが……」

 


 でもダメなのだとクロエは断念していた。

 そこまでくると無理強いをする気はないのかノーラは風見に視線を移す。もう懲りたのか、どこにも行かせまいと警戒しているらしい。

 


 そんな間に店主は皮を剥ぎにかかっていた。

 皮は上皮、真皮、皮下組織の三層構造となっている。

 店主は最初に肋骨の最後部から包丁を入れ、股の辺りまで線を入れた。次に厚さでいうとほんの数ミリ程度の皮を手で持ち、白い皮下組織へと滑らせるように刃を入れてあっという間に皮を剥いでいく。

 


 この真皮までが鞄やコートなどとなる“皮革”や“毛皮”の部分だ。

 店主は足首まで綺麗に剥ぐと大きな剪定ばさみで足先と皮を一緒に切除してしまう。蹄は食べられないし、皮が薄くなって剥ぎにくいからだ。

 


 それを終えると店主は腹を開き、手を突っ込んだ。内臓を出して隙間を作ると直腸をひもで縛り、あとは切って全てを摘出してしまう。腸を始め、臓器は薄い膜で繋がっているのでそれほどバラけることはない。

 腹を腸側と肺側に仕切る横隔膜も丁寧に切り取る。これは焼き肉でハラミやサガリと言われるアレだ。

 店主はそのまま包丁を突っ込み、気管と食道を切る。

 


 なんとも簡単に思えるが内臓はこれで全て剖出完了だった。

 心臓が止まっていれば血が噴き出ることはない。せいぜい太い血管に溜まっていた分が流れる程度だが血抜きのおかげでそれもほぼ皆無と言っていい。見かけはすでに“動物の形をした肉の塊”である。

 


「やっぱ似たようなもんか」

「か、彼女は『猊下は見覚えがあるんですね』と言っています……」

「学生の頃から何度もな。それとクロエはきついんだったら通訳まで無理にしなくてもいいんだぞ?」

「お心遣いありがとうございます……。私は大丈夫なのでお傍にいさせてください……」

 


 きゅううと今にもやられてしまいそうなクロエ。その努力は苦笑で認め、「辛くない程度にな」と声をかけておく。

 誰だって最初は衝撃を受けるものだし、苦手な人は本当に苦手なので無理をする必要はない。本当の屠殺風景なんて慣れた人でも心が病む。

 そうして観察していたところ、店主はここまでを十分もかけずに終わらせてしまった。これはかなり早い。風見では到底追いつけない手技だった。

 


『何と似ているんですか?』

 


 クロエが半分ダウンし始めた頃、ノーラが問いかけてきた。

 


「俺達がする解剖の手順とか食肉センターでの解体手順と、だな」

『食肉センター?』

「屠殺場とか食肉処理場とも言う。俺の世界で家畜を『お肉』にするところだよ。肉屋に並ぶ肉はほぼ全てそこで処理された枝肉なんだ」

 


 そこでは食肉加工の企業や自治体と、食肉衛生検査所と呼ばれる行政がセットで仕事をしている。

 前者は『お肉』にする普通の人。後者は『お肉』の安全を確かめる獣医の屠畜検査員のことだ。

 


 そこでは、牛なら筒型のピストルを額に当てて火薬でビスを打ち込むことで中枢神経を壊し、屠殺する。あとは頚動脈を切って放血し、後ろ足を鎖で吊ってベルトコンベアで工場内を流して皮剥ぎ係、内臓摘出係などによって解体されていくのだ。

 細かいことを言うなら屠殺→剥皮→脊髄吸引除去→内臓摘出→電動ノコギリで背中から真っ二つに切る→脊髄の残りを除去→枝肉の洗浄→保存となる。

 


 豚なら電気で昏倒させ、首を切って放血させる。あとは大体牛と同じ流れだ。

 ただ、豚の場合は牛よりもよほど悲壮感がある。

 順番待ちで並ばせられる豚の鳴き声は断末魔に近い。広い工場どころか外にまで響く甲高い鳴き声がいくつも上がる様には誰だって足が竦む。それこそ事実、胸に圧力を感じるくらい心が締め付けられる声だ。

 


 しかも牛のピストルとは違って電気で昏倒させる事が多いため、数パーセントの確率で失敗することもあり意識が戻ったところで放血させてしまうこともある。

 そんな光景を見たら心が強い人でも数日は引きずるだろう。

 


 食肉処理とはそういう過程だ。

 店頭に並ぶ肉はほぼ全てこれを経て枝肉――簡単に言うと皮と内臓を除いた状態となって出荷される。

 


 どの食肉センターでも毎日、牛なら五十頭、豚なら二百頭、ニワトリなら二千羽くらいはこれをこなしていく。もちろん、季節や人口規模によって需要が増えればその数はもっと増える。

 獣医の仕事はその作業途中で頭部、内臓、枝肉などを検査することだ。

 それを見て病気や寄生虫がいないか見たり、残留薬品を調べたり、ちょっと様子がおかしい家畜は別室で解体したり、衛生の管理をしたり。少なくとも一人はいなければ食肉センター自体が動かせない。

 


 ここで何か問題のあるものを出荷してしまえば人がお店で安心して肉を買えなくなるくらい重要な仕事だ。

 なにせ獣医が検査しなかったら寄生虫が感染した内臓や、黄疸、丹毒、肺炎などにかかった肉も流通してしまうかもしれない。そうなったら売る人も買う人も何が安全か困ってしまうだろう。

 加えて屠畜検査員は衛生向上のために家畜の疾病などについて研究を行うこともあるが、こちらはあまり知られていない。

 


「あ、あの、ジューイ様はこれが面白いのですか……?」

 


 クロエはようやくちらりと見られるくらいになったらしい。絶対に頷かないでと訴える眼差しで問いかけてきた。

 風見はふむと考え込む。

 


「面白いって言い方は微妙だなぁ。生き物の命を奪っているわけだし楽しくはない。ただ、興味はあるよ。やっぱり殺し方を知ってればそれだけ生かし方もよく判るんだ。例えば血管とか臓器の配置は同じ種類の生き物なら大体同じ。でも個体差がどれくらいかとか、作り物や文字じゃ伝わらないナマの経験がある。いざ本物を前にして作り物との差に困惑するわけにはいかないし、それを知っておくのは大きな財産なんだよ。もし学ぶ機会があるなら無駄にはしたくないな」

 


「生かすための勉強――なのですね。ジューイ様、申し訳ありません。私はほんの少しでもあなたが殺すことに興味を持っているのかと思ってしまいました。本当のあなたの考えはとても素敵だと思います」

 


「ん~、今のは綺麗事を言っただけだよ。それじゃ医療ができる人だけが素敵みたいだ。こういうのを知るのは誰にだって意味がある。上手く言えないけど、知ったらこういう命にも何か意味ができるかもしれないだろ? 医療に繋げるからいいんじゃなくて、目の前の命に何か意味を作ろうとしたり、何かを生かそうと努力することが素敵なんだと思う。医者とかはたまたま表舞台でカッコよくしているけど、誰だって何かしらの方法で命を活かすことはできる。そういうわけでさ、俺達は生きているだけでも絶対何かを奪ってんだからいつかそれを何かに繋げられたらいいよなぁ」

 


 生まれてきた命は全て尊いものですという風に話している間に、枝肉はみるみると『お肉』に変わってしまった。

 解体風景を嫌って遠目で見ていた人も原形がなくなった頃にはこれをくれ、あれをくれと声を上げ始める。

 毎日自分が食べているもの、常に何かの命を受け取って生きていることの意味を彼らは判って買っているのだろうか?

 


 少なくともクロエとノーラの目はさっきまでと違う捉え方をしているようで風見は安心していた。

 


「にしてもあの腸の巻き方は豚の仲間ってことなのかな。近縁なのか調べついたら治療でも似た対処とかできるし気になる……」

「そ、そんなところでも判るのですか?」

「本当に動物ごとでも特色があるんだよ。豚なら結腸がコイル状に巻いているとか、肝臓の分かれ方が違うとか。ま、いろいろだなー」

 


 クロエに聞かせていると売りに精を出していた店主はこちらにも『肉はどうだい?』とロースの塊を持ち出してきた。

 けれど自分で調理する予定はないので丁重に断っておいた。

 


 が、何か思うところがあったのかクロエは店主に燻製肉を注文した。

 


「どうぞ、ジューイ様。きっと今日こうやって話を聞き、肉を食べて考えることにも意味があると思います。それからあなたも良ければどうぞ。今日は私が至らない部分をありがとうございました」

『いやいや、ウチは何も。隷属騎士としちゃ、これも仕事の内だし。でも、もらえるものはありがたくもらっておくことにします』

 


 普段は口にできないのかノーラは燻製肉を口にすると『ふあっ、美味しい!?』と感涙しそうな様子だった。

 隷属騎士とは言っていたがどんな生活をしているのか風見は気になってしまった。

 


「じゃ、長い散歩になったけどそろそろ帰りますか」

「そうですね」

『うあ~、こういう散歩だったら大歓迎ですね。今度何かがあったらウチを呼んでくださいよー、猊下。喜んで来ますから』

「そうだな。そういう時は頼らせてもらうよ」

 


 そんなノーラの申し出を聞きながら三人の肉屋観察は終わるのだった。

 





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