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ガチャリと鍵を開ける。
「おやすみ」
部屋に入る私に、彼が笑っていった。
「おやすみなさい」
私は部屋に入ると、ドアを閉めた。
もしかしたら、家の中にまで入ってくるのではないかと疑っていたのがバカみたいに、彼はあっさりと私を解放した。送ると言ったときの強引さが嘘のような、あっさりとした別れが信じられず、私はドアが閉まるとすぐに鍵をかけた。
ドアの向こうで彼の立ち去る足音がかすかに聞こえた。
やっと、終わった……。
彼が目の前からいなくなったのだと実感すると、体中の力が抜けたように感じた。
長い、一日だった。
彼と再会して、一緒にいたのは一時間足らず。その、たったの一時間が、今日という一日をとてつもなく長い一日へと変えてしまった。
疲れた。
私は、おぼつかない足でふらふらと部屋に入る。
手に持った紙切れにちらりと目をやり、そして、テーブルに置いた。
彼から押しつけられるようにして持たされた名刺。たった今、目の前で書き込まれた彼の携帯の番号。
私はそれから目を逸らすと、ぽふっとベッドに転がり、膝を抱えてその中に頭を突っ込むように力を込める。
訳が分からない。
混乱した頭でこれ以上考えたくない、と、考える。考えたくないのに、頭の中は再会した彼のことばかりを繰り返し思い浮かべる。
私を見つけて「留衣」と驚いた顔、うれしそうな笑顔、拒否をすると悲しそうにゆがんだ顔、優しく穏やかに紡がれる、優しい言葉。
私の体中、全身が彼で埋まっているかのように、考えたくない彼のことばかりを、私は繰り返し、繰り返し思い出す。
考えたくないのに、思い出す彼の表情、声、言葉のどれもが、一つ一つが私の胸を熱くする。胸がきゅぅっと切ないほどにうれしさを訴える。
何で、こんなに好きなの。
ずっと忘れていたのに。五年もたったのに。どうして、まだこんなに彼のことが好きなんだろう。
おかしい。絶対におかしい。最低の男だったのに。
彼を求める自分を、私は必死に否定する。なのに。
「でも」と、心の中で嫌な声が聞こえるのだ。「再会した彼は、すごく優しかったよ」と。
私は首を何度も横に振った。
違う、違う。絶対に違う。
あんなの、嘘に決まってる、またあんな事言って私をいいように動かしたいだけなんだ。
私は必死で自分に言い聞かせる。
「でも」と、また心の奥底で訴えてくる。「今日の言葉は、どれも嘘に聞こえなかった、本当に私の事を考えてくれているように感じたよ」
違う、ちがう。
考えるな、考えるな……。
私は頭を抱えて布団に顔を押しつけた。
苦しい。胸が苦しい。彼の言葉を嘘と思うだけで胸が苦しい。彼の言葉を本当だと思うだけで胸が締め付けられる。
なんで現れたの。
なんで、今更現れたの。
会いたくない、嫌い、怖い、うれしい……。
感情と理性が正反対のことを訴えてくる。考えたくないのに、延々と彼のことばかり考えてしまう自分自身に、泣きたかった。
彼を忘れるのに、五年では足りなかったのだと、思い知らされた。
膝を抱える両手に力を込める。ぎゅっと力を込めて目をつぶる。自分の荒くなった息づかいだけが聞こえて、世界は真っ暗で、私の心の中は彼に浸食される。
私はもう、五年前のような子供じゃなくなったのに。なのに彼を前にすると私はあの頃の自分に支配されているようだった。