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 私は首を振る。体を後ろに逃しながら、逃げるように首を振る。

 彼の顔が苦しそうにゆがんだ。

「なにも、しないから。他に、望んだりしないから。たまに会って、話をしてくれるだけでいい。ご飯ぐらい、おごらせて。償いと思ってくれていい、償いさせて。全部留衣の都合に合わせる。なんか用があったら俺を使ってくれても良いし……、あの頃、俺がお前にしてたみたいに……」

 絞り出すような声で彼が言葉を重ねてゆく。

「やめて」

 私は震える声でつぶやいた。

 怖い。そんな目で、私を見ないで。

「つ、つぐない、なんて、いらないから、もう、私の前に現れないで。許して欲しいのなら、許してあげる。だから、もう、前に現れないで。声をかけないで」

 奥歯がかみ合わない、震える声で私は何とか声を出す。ジュースを持った手が、おかしいぐらいぶるぶる震えていた。

 ようやく、ようやく逃げたのに。あのとき、心が壊れそうなほど辛いのをこらえて、彼から逃げたのに。なのに、再会した一瞬で、私はまた彼にとらわれそうになっている。

 怖かった。

 優しく声をかけてくる彼の存在が、どうしようもなく心地よくて、側にいたいと感じて、怖かった。

「……留衣」

 彼が、私を悲しそうに見ながら、言葉を失っていた。

 そんな目で見ないで。私を引きつけないで。

 だまされない。絶対にだまされない。もう、二度と彼に振りまわされたりしない。彼の言葉なんか信じない。

 私は呪文のように心の中でつぶやき続ける。

「……送るよ。家、どこ?」

 諦めたように彼が立ち上がって言った。

「いい、一人で、帰るから」

 私は震えながら首を横に振った。

「……送る。許してくれなくていい。でも、また、会いたい。これっきりは、嫌なんだ、頼む」

 彼が、私に向かって頭を下げる。まるで偉い人にするみたいに90度に体を曲げて。

 どこかわざとらしくて、私はぼんやりとそれを見つめる。

「留衣」

 顔を上げた彼が、途方に暮れたように私を見る。私が応えられずにいると、今度は彼は片膝を突いた。

 何を、と思っている間に、もう片方の膝もつけて、彼がそのまま土下座しようとしていることに私は気付く。

「や、やめてっ」

 コンビニの脇道の人目に付きにくい場所とはいえ、コンビニの近くにあるような往来だ。私は慌てて地面に手をつこうとした彼の腕を引いた。

 彼が私を見上げる。

「頼む。また会って。家まで、送らせて」

 卑怯だ、と思う。彼は知っているのだ。ここまでされると断れない私を。知っていてこんな事をするのだ。

「ごめん」

 と、また彼が謝った。

「無理を言うのは、これだけにするから。会ってくれるなら、もう、絶対に無理を言ったりしないし、留衣の望まないことは、何もしない。約束する」

 地面に膝をついたまま、私に腕を引っ張られてすがるように見上げてくる彼が、真摯に、とても真摯な瞳と声で言った。

 泣きそうになって、手を離した私に、彼がゆっくり立ち上がると低い声で、ごめん、と、もう一度私の頭の上でつぶやいた。

 何度目か分からずに、私はもう一度、別人のようだと思った。こんな時、以前の彼なら、迷わずに抱き寄せていたのに。目の前の別人のような男は、まるで女の扱いになれてもいない男みたいに、ただ突っ立って、髪も撫でもせず、手にも、頬にも触れず、バカの一つ覚えみたいにごめんとつぶやくだけ。

 なのに、それが心地よくて、私は、どうしようもない絶望感を覚える。

 私は、未だに、この人を突き放すことが出来ないのだ、と。


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