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「あの頃、俺は、留衣の気持ちとか、全然考えてなかった。留衣が出て行くまで、そんな事にも気がつかなかった。ずっと謝りたかったんだ。会えて良かった」

 彼がそう言って深く息を吐く。

「留衣の事を全然知らなかった事も、あのとき、初めて気がついたよ。留衣の家の住所も、携帯以外の電話番号も、留衣の友達の事も、俺は、何にも知ろうとしてなかった。留衣が当たり前にそばにいてくれたから、甘えていた。あの頃、だいぶ嫌な思いをさせたと思う。ひどい事しかしなかった。ごめん」

 その言葉を聞きながら、私は何とも言えない複雑な気持ちになる。今更だ、という思い、彼の謝罪にどこか胸がすくような思い、だからなんなの、という思い。

 私には、彼に向ける言葉が見つからなかった。

 ちらりと彼に目を向けると、彼が、少し困った表情で微笑みながら私を見ていた。

「ゆるして、もらえないかな」

 許す? 許すも何も、あのときのことは忘れてしまいたい出来事だった。口先だけでも、許すなんて言葉は使いたくないほどに、記憶の中のあの出来事は不快感で埋め尽くされている。

 けれど、すぐ隣にいる人の良さそうな顔をした、礼儀正しく話しかけてくる男に、許さないなんて言葉を言えるほどの勇気もなかった。

 結局、こういうところが扱いやすい女だったのだろうと思う。優しくされると、それ以上何も言えなくなって、結局受け入れていた。優しい言葉をかけてくる人に、辛く当たるのが怖くて出来なかった。自分が意地悪な人みたいで、言えなくなってしまう。

 だから私は口をつぐんだ。許さないと言わない代わりに、黙った。唯一出来る意思表示だった。尤も、それが彼に通じたことはなかったけれど。

 黙っていれば、いつも都合の良いように解釈する男だったから。

 隣で彼が、ふっと息を吐いた。

「……許してくれなんて言うのは、勝手が良すぎるよな。ごめん、許さなくて良いよ」

 彼の言葉に、私は驚いた。思わずその顔を確かめた私に、彼がひどくばつが悪そうに苦笑いをした。

「これでも、一応、あの頃よりも成長したつもりなんだ。あの頃みたいに、自分勝手なことを言うつもりはないよ」

 苦笑いする彼の表情はどこまでも真摯で、もしかしたら本心かも知れないと、そう思いたくなった。

「さっきから、俺ばっかりしゃべってるよな。ごめんな、付き合わせて。俺の謝りたい気持ちに、たぶん、またお前を付き合わせたんだろうな」

 ははっと困ったように笑う彼は、何度見ても別人のようで、私はまだ戸惑っている。

「でも、留衣。また、会いたい」

 彼が低い声でつぶやいた。

「また、会いたいんだ」

 ひどく切望するその声はすがりつくようで、私は言葉に詰まる。さっきから私は全然しゃべってないのに、それでも私の中の言葉は、彼の瞳にとらえられて形を失う。

 なんで、と、思う。

 何で今頃現れるの。やっと忘れたのに。三年もかかった。だめ押しの二年で、ようやく、時折フラッシュバックする程度になったのに。なのに、何で会いたいとか言うの。優しい顔で、優しい声で、あの頃望んだような、私だけを見つめているみたいな目をして。

 助けて。怖い、怖いよ。

 逃げたいのに、逃げたくない。怖いのに、側にいたい。嫌いなのに、たまらなく惹かれる……。




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