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「ごめん、……気持ち、悪い、よな」

 彼がひどく低い声でつぶやいた。

 気持ち悪い?

 なにそれ。そういう問題じゃないでしょ。

 私は不快感を覚えた。

 結婚している男の不倫相手になりかねなかったなんて、倫理的に許されない問題だ。現実的な問題を考えるのなら下手したら訴訟問題にだってなってくる。それを気持ちが悪いとかそんな問題と思っている事が信じられなかった。

 知らなかったとはいえ、関係もって訴えられたら、私が損害賠償ものなのに。気持ち悪いとか、どうしてそんな発想になるのか。

「確かに、あんまり、良い気分じゃないわね」

 イラッとしながら私は言葉を返す。声も口調も必然的にとげとげしくなる。いらだちがだいぶ恐怖を払拭してくれていた。その分私は冷静になる。

「……ごめん。俺は、最初から、留衣と、やりなおしたかった。再会したあのときから、……本当はもっと前からそのつもりだった。留衣にもう一回会えたら、絶対にチャンスは逃さないって決めていた」

 彼は目をそらしたまま、わずかに震える声でそう言った。

「何、言ってるの……? 何で、そんな事が言えるの」

 結婚しているくせに。「やり直したい」? 意味が分からない。ばれなければ何をしても良いと言うこと? 奥さんに嘘ついて、私に嘘ついて。分からなければ、誠実そうに見せてれば、それで良いって事? そしたら私が、そして奥さんが傷つかないから良いだろうって事?

「人、だまして、そんな事していいって思ってるんだね」

 彼は、あの頃と変わっていなかった。その場さえ取り繕えばいいと言わんばかりの、あの頃の態度と。

「そういうつもりじゃなかった」

「じゃあ、どういうつもりなの。結局、私の事だまして、結局変わってないじゃない」

 私がいらだった感情のままに責め立てると、彼は更にうなだれた。

「ごめん、だますつもりとか、本当になかった」

「どこが? 最初からその気だったって今言ったじゃない。何もしないからって無理矢理私に近づいて」

 彼が顔を上げた。そして懇願するように私を見る。

「留衣、ごめん、でも、話を聞いて欲しい」

 言葉にするうちに、私の感情はヒートアップしていっていた。苦しみを隠すように不快感と、いらだちが私の中を占めてゆく。

「いや!! 孝介さんは、いつも、私に嘘ばっかり言う!!」

 私は聞きたくなくて叫んだ。あの頃の気持ちがこみ上げて、再会以来呼ぶことを避けていた彼の名前が思わず口をついて出るほどに私は興奮していた。

 私の口をついて出たのは、あのとき、言いたくて言えなかった言葉だった。私の中に、ずっとたまっていた言葉。言いたくて言えずにずっと心のどこかでくすぶっていた言葉が今頃になって、今の気持ちと一緒に出てくる。

 彼が取り繕うとするほどに私は彼を排除するかのように感情的になっていった。

「もう、言わないから、全部話すから」

「聞きたくない!! 信じたら馬鹿を見るのはいつも私じゃないっ 今回だってそう! 前とは変わったっていって、人の話聞くふりして、誠実そうなふりして、結局私をだましたのは孝介さんじゃない! もう嫌、孝介さんの話なんて聞かない。もうイヤなの!!」

「留衣、頼む」

 彼が切羽詰まったような顔で詰め寄ってくる。けれど、私も必死だった。怖くて。また、彼に言いくるめられそうで。彼が言ったことをまた信じたくなりそうで。そしたら、また傷つきそうで。

 彼とはもうおしまいにするのだ。今度こそ、はっきりと、ちゃんと関係を切るのだ。

 私は彼を拒絶するのに必死になる。もう、頭の中は彼を責め立てることでいっぱいだった。

 私は感情のままに叫ぶ。

「近づかないで!! うそつき! うそつき! うそつき!!」

「話を聞けよ!!」

 彼が突然、私の叫び声を遮るように怒鳴った。

 その剣幕にびくりと震える。

 私は固まった。心が萎縮したように何も言えなくなった。彼が怒鳴ったことに頭が真っ白になっていた。

 彼の言葉を聞きたくなかった。聞くのが怖かった。けれど、それは彼を怒らせてしまった。

 出会って以来聞いた事のない彼の怒鳴り声に私は怯えた。興奮していた私の頭は一気に冷めていた。

 どんなにひどいことをしても、彼が、私を怒鳴ったことは一度だってなかった。自分勝手だけど、いつだって優しかった。人を怯えさせたり、人をわざと傷つけるようなことをする人ではなかった。

 彼が怒ったところを、私は初めて見た。

 胸が苦しい。

 泣きたい。逃げたい。怖い。

 ……嫌われた。

 体ががくがく震えた。

 怖い、……怖い。

 なにが? 彼が? それとも、彼に嫌われることが? それとも、失うことが……?

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