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 そして、その時が来た。

「留衣」

 帰る途中、彼に呼び止められた。

 覚悟はしていたけれど、体がびくりと震える。彼に目を向けると、私は腕を掴まれ、ぐっと彼の腕の中に引き寄せられた。

「……やめて」

 私は、気分が落ち込んでいくのをこらえながら、ようやく一言言う。

 どうやら、私がアパートに帰ってくるのを待ち伏せていたらしい。

 私は大きく息を吐き、心を落ち着けようとする。ちゃんと、話をつけるのだ。

 彼は私が逃げる様子のないのを感じ取ったのか、ほっとしたように息をつくと、つかんだ手を離すことなくアパートとは違う方向に私を引っ張った。

「ちょっと、話をしよう」

 ゆっくり話をするのなら家に押しかけてくるだろうと思ったのに、予想外に向かったのは近くの公園だった。

 人気ひとけはないけれど、すぐ向こうの通りは、それなりに人通りもある。

「何でこんな所に」

 つぶやくと、彼は苦く笑った。

「留衣が、逃げられるように。俺が、留衣に無理強いしないために。人目を気にしないといけない場所の方が良いかと思って」

 俺、あんまり余裕ないし。

 そう彼が続けた。どうやら私に気を使ってくれているらしい。確かに人気のない夜の公園はちょっと怖いけれど、部屋の中は怖くない代わりに逃げ場もない。

 どっちがましかは、わからないけど、などと思いつつ、私は覚悟を決めて彼を見た。

「どうして、また俺を避けることにした?」

 彼の問いかけに私は答えずに、代わりに質問を返す。

「じゃあ、あなたは、どうして、こんな事するの?」

 私はまっすぐに彼を見た。再会してから、初めてかもしれない。これだけ真正面から彼を見つめるのは。それでなくても、私は人と視線を合わせるのが苦手だ。けれど、今は逃げないためにもまっすぐに彼を見つめる。私の視線を受け止めて、彼もまたひるむ様子もなく私を見て言う。

「俺、最初に言ったよな。会うことだけは、譲らないって」

 私は、そうじゃないの、と首を横に振った。

「私が聞きたいのは、上岡さんは、どうしてそんなに私と関わりたがるのかっていうこと。私を、どうしたいわけ? 何が目的? 何がしたいの?」

 今まで、聞きたくて、聞けずにいた事だった。その話題に触れたくなかったから。関係をはっきりさせるのが恐かったから。けれど、今日こそは。

 彼の関わり方は仲直りしたいなどと言う範疇でないのは明らかで、もうそんな言葉にごまかされるつもりはない。

 とたんに彼が口をつぐんだ。見つめる私から目をそらし、何かを言おうとしては口をつぐみ、動揺しているのが見て取れる。

 あまりにも露骨な変化に、私はわかっていた事と思いつつも、落胆した。

 彼が私に近づいてきたのはやっぱり、ろくでもない理由があったんだと。

 やはり、ちゃんとはっきりさせて、彼との関係をはっきりと切ろうと、わずかに残っていた期待を捨てる。

 私は動揺する彼に追い打ちをかける。

「元カノの指輪、だっけ? ホントは、今も、持ってるんでしょ?」

 彼のどんな表情も見過ごすまいと、探るように見つめる先で、彼は、私の言葉にびくりと震えた。彼の口元が引き締まり、咽が上下に動く。ひどく、こわばった顔をしていた。

 もはや、私と視線を合わせようとすらしていない。

 目をそらしたいのは、私の方だった。はっきりさせずに逃げ出したいほど苦しかった。私は、何も知りたくないと思う気持ちを抑えつけ、心を切り裂くぐらいの覚悟でもって彼を見ている。私がこんなに覚悟を決めて彼をまっすぐに見つめているのに、簡単に目をそらす彼が腹立たしかった。

 彼は時折私に目を戻しては、また目をそらせる。何かを言おうとしてはまた口をつぐむ。

「……留衣」

 彼から苦しげに私の名前がこぼれ落ちた。

 とうとう私にばれたことを自覚したのだろう。結婚している事を知られずに付き合えるとでも思っていたのだろうか。また私をだまして。そんなに私を思い通りにしたかったのだろうか。

 何で私なの、と思うと、苦しかった。

 なのに。

 彼の顔はこわばっている。

 何であなたがそんな顔をするのよ。

 私は心の中で罵った。裏切られたのは私の方なのに。苦しいのは私なのに。彼が、もしかしたら本当に心入れ替えて、私とやり直そうとしているのかもなんて、期待を持たされたのに。

 また、信じようとして、バカみたいに、また、好きになって……。

 なのに、どうしてあなたがそんな傷ついた顔をするの。

 口元を引き締めて目をそらし、うつむいた彼は、今にも泣き出しそうに見えた。

 あなた、ずるいのよ。そんな顔して。

 麻痺していた感情があふれ出す。

 彼への怒りが、そして悲しみが私の中で渦巻き始めていた。


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