18
今日はいけなくなったとメールをした。
それから、送られてくるメールを無視した。
次に電話の着信拒否をした。
私は静かな部屋の中で布団をかぶる。頭まで、すっぽりと。
一度は忘れられたんだから、今度だって忘れられる。
何も考えたくて眠ろうと思うのに、頭の中は、彼とあの男性の会話がリフレインする。
考えるな、考えるな、考えるな。
眠れない、長い夜だった。
そうして、世界が、砂を噛むような、味気ない物になった。
何もかもが、どうでも良いような。私の周りで、勝手に時間が過ぎてゆく。
そして、ときどき、ぶり返すように吐き気のような苦しさがこみ上げてくる。彼に会いたくて、いっそ問い詰めたくて、なじりたくて。
……あんなの嘘だって、言って欲しくて。いつかのように、「留衣だけだよ」って抱きしめて欲しくて。
彼を拒絶した電話は、ならない。
着信拒否が良かったのか悪かったのか。彼からの電話が鳴らないこともまた苦痛だった。
私は、五年前と同じ、いや、それ以上の苦しさを味わっていた。
会いたくて、会いたくなくて、悲しくて、苦しくて……でも、あの頃と違って、どこか心が麻痺をしている。
涙も出ない。ただ、ぼんやりと、苦しさが私を覆う。
何もかもどうでも良いけど、おなかはすくし、生活をしなくちゃいけないから会社にも行く。淡々と、日常が過ぎていって、私は、あの頃のように忘れる努力も特にすることもなく。ぼんやりと、苦しさに浸る。
彼は、一体どう言うつもりだったんだろう。彼は、私をどうするつもりだったんだろう。
思い出す彼は、どこにも他の女の影はなかった。せいぜいあの指輪程度。
いつも私を最優先にしてくれているのが分かった。
本当に奥さんなんているのだろうかと考えたりして、でも、あのときの会話を思い返し、やっぱりいるのだろうと溜息をつく。
もしかしたら、二人の関係はうまくいっていないのかもしれない。そこに私が現れた、とか?
勝手に想像しては、想像で勝手にまた落ち込んで。
押しつぶされるように痛む胸を押さえて、深く、深く息を吐く。
それでも、と私は一つだけ確信があった。
きっと、彼は、また私の目の前に現れるだろう。会うことに執着していたようだから。
その時、私はどうすればいいのだろう。
考えるが、答えは出なかった。
五年前のあのときのように逃げようかとも思った。会社は知られていないだろうし、引っ越せば切ることが出来るだろう。
けれど、今はそんな気力さえわかなかった。
そして、私も心のどこかで、もう一度彼と会わなければいけないと、このまま逃げたらいけないのだと思っていた。
逃げるのは、きっと、解決にはならない。
けれど、彼と顔を合わせて、自分がどうなるのかと思うと、どうしようもなく恐ろしく思えて、縮こまるように、彼がやってくるのを待っていた。
来て欲しくて、来て欲しくなくて。
会いたくて、会いたくなくて。
好きで好きでたまらなくて、だからこそだいっきらいで。
認めたくなかった。だけど、もう、認めよう。
逃げずに、前に進もう。
私は、やっぱり、彼が、好きなのだ。