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 ピンポーン

 チャイムの音に、私はびくりと震える。

 来た。

 私は激しい動悸を覚えながら玄関まで行くと、大きく息を吐いた。

 のぞき穴から外を見れば、間違いなく彼がいる。

 逃げたい気持ちを抑えながら、私はドアを開けた。

「こんばんは」

 躊躇いながらも、何とか私は笑顔を浮かべて言った。笑ってごまかそうとしてしまうのは、日本人の悲しい性か。でも、わざわざ持ってきてくれたわけだし……。

「こんばんは」

 なぜか彼はおかしそうに挨拶を返してくる。出会い頭にこんなに丁寧に挨拶をする彼がらしくなくて、ちょっとおかしかった。

 さっきまであんなに動揺していたのに、いざ彼を前にして、こんなふうに、どこか冷静に彼を見られる自分の事が不思議だった。

 会うことが分かっていたせいだろうか。それとも再会から三度目だからだろうか。思ったよりも普通に対応できている事にほっとしながら、彼を窺う。

「これだよな」

 彼はドアの向こうに立ったまま、スケジュール帳を差し出した。

「え、あ、うん。ありがとう」

 あっさりと手渡されたそれを受け取り、ペラペラっと中身を確認する。

 顔を上げると、彼はどこかうれしそうに見える表情で私を見ている。

「あ、の」

「よかった」

「え?」

「じゃあな、おやすみ」

 彼はうなずくように私に合図をすると、そのまま帰ろうとする。

「ちょっ……なんで?」

 私は、訳が分からずにつぶやく。

 夜中に、自分を避けようとしている女のために、ただ届けて、それだけで帰って行く。彼は何をしに来たのだろう。何か意図があるのだと思った。また無理矢理どこかへ行こうと誘われたり……。肩すかしを食らった気分で、もしかして、と考える。

 ホントに、私のためだけに?

 そう思ったとたん、顔が熱くなる。さっきまでとは違う意味で動悸が速くなった。

 背を向けようとしていた彼は、私の声が聞こえたのか立ち止まり、振り返った。

「押してもダメなら、引いてみな……って」

「え?」

 彼がにやりと笑った。

「なんてな」

 彼が冗談めかして笑っている。私は力が抜けて、ふにゃっと口元がゆるんだ。

「……そんなの、言ったら意味ないじゃない……」

 どこか呆れた気分で笑う私に、彼がにこにこっと笑う。

「いーんだよ。別に、駆け引きしたい訳じゃないし。留衣の顔が見たかっただけだし。顔が見えて、「ありがとう」とか言ってもらえただけで十分」

 冗談めかした口調で彼が笑う。つられて、私も笑ってしまった。

「なにそれ……」

「直球勝負? 的な?」

 彼の軽く笑いながら話す様子に、私の肩の力は抜けていった。

「やっぱ、来て良かったわ」

「なんで?」

「留衣の笑った顔、久しぶりに見た」

 私は「えっ」と、思わず自分の頬に触れる。そんな私を彼が目を細めて見ていた。

「じゃあな、また明日。約束、わすれんなよ」

 話を変えてくれた彼にほっとしつつ、私は、こういうところは相変わらずなんだな、と、どこか諦めた気持ちで彼との話しやすさを実感する。

「わかった。ちゃんと、行くね。それから、届けてくれてありがとう。本当に助かったわ」

 彼が、本当にうれしそうに笑った。

「それじゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 私が手を振ると、彼も軽く手を挙げて、そしてそのまま背を向けて帰って行った。

 ドアを閉める。

 私は、深く息を吐いた。

 心臓は、とくん、とくんと、いつもより早く動いているけれど、さっきまでのように、そんなにひどくはなかった。

 あんなに緊張していたのが嘘みたいに、私は、彼のことが怖くなかった。

 彼と交わした言葉の一つ一つが、うれしくて、幸せなような気分にさせる。


 彼との時間は、どこか幸せで、気持ちよくて、理性が「怖いよ」と、ささやく。また、彼に流されちゃうよ? と。

 けれど、私は、この心地よさに流されたい気持ちに傾こうとしていた。

 逃げなきゃと思っていた気持ちが揺らごうとしていた。

 だって、怖くなかった。

 だって、無理矢理私に何かを求めたりしなかった。

 ちゃんと距離を取ってくれて、私が怖くなるようなことをしなかった。

 私さえ、ちゃんと距離を取っていれば、大丈夫。望まないことはしないって、彼は言ったし。

 別に、付き合うわけでもないんだから……。

 私は、自分に言い訳をし続けた。




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