■第8章:依頼
通知音が、止まらない。
短い振動が、何度も繰り返される。
「……なんやねん」
苛立ったように呟きながらも、手は止まらない。
画面を開く。
コメント。
DM。
見慣れない数の通知。
その中に、混ざっている。
“依頼”。
「……依頼?」
小さく、読み上げる。
違和感がある。
今までのコメントとは、質が違う。
軽い感想でも、煽りでもない。
もっと、具体的で。
もっと、現実的なもの。
ひとつ、開く。
『初めまして。突然すみません。
動画、見ました。
もし本当に“見えている”なら、お願いがあります。
彼氏が浮気しているか、確かめてほしいです。
場所は——』
「……」
スクロールが止まる。
文章は、まだ続いている。
日時。
場所。
状況。
やけに細かい。
「……ほんまに来るんやな、こういうの」
半分、呆れたように呟く。
けれど。
視線は、離れない。
場所は、特定できる。
時間も、ある程度絞れる。
つまり——
“見れる”。
「……」
頭の中で、映像が浮かぶ。
その場所に立って。
触れて。
再生する。
過去をなぞる。
誰かの秘密を、覗く。
「……アホくさ」
吐き捨てる。
こんなの、関係ない。
他人の問題だ。
首を突っ込む理由なんて——
「……」
スクロールが、戻る。
もう一度、読む。
文章の最後。
『お金、払います』
「……」
静かに、息を吸う。
その一文だけが、やけに重く残る。
金。
現実。
価値。
「……」
視線が、別の通知へ移る。
似たような内容。
探し物。
失踪。
確認。
どれも。
“見れればわかる”ことばかり。
「……」
指先が、わずかに動く。
思考が、組み上がっていく。
これは。
動画より、早い。
確実。
直接、金になる。
「……」
椅子に深く座り直す。
天井を見上げる。
少しだけ、考える。
ほんの数秒。
それだけで、十分だった。
「……やるか」
ぽつりと、呟く。
声に出した瞬間。
妙に、しっくりきた。
DMを開く。
返信欄に、カーソルが点滅する。
『詳細、もう少し教えてください』
送信。
既読がつく。
すぐに、返ってくる。
早い。
待っていたみたいに。
「……」
画面を見つめる。
現実が、動き出す。
自分の“見えるもの”が。
誰かの“知りたいこと”に変わる。
「……仕事、か」
小さく呟く。
その言葉に。
ほとんど違和感はなかった。
その日の夜。
指定された場所に立っていた。
駅前の、よくあるカフェ。
ガラス張りの店内。
中がよく見える。
「……」
人の出入りが、多い。
この中にいる。
ターゲット。
彼氏。
浮気相手。
「……」
深く息を吐く。
やることは、簡単だ。
触れて。
見るだけ。
ただ、それだけ。
「……」
一瞬だけ、迷う。
これは。
ただの“確認”じゃない。
覗きだ。
盗み見だ。
誰にも許されていない行為。
「……」
けれど。
足は、止まらない。
ガラスに、手を伸ばす。
触れる。
——暗転。
——REC。
赤い点が、灯る。
「……」
もう、慣れている。
迷いも、驚きもない。
再生。
店内。
時間を進める。
人が入れ替わる。
探す。
顔。
服。
特徴。
「……おった」
小さく、呟く。
写真で見た男。
奥の席。
スマホをいじっている。
そして——
少し遅れて。
女が来る。
座る。
笑う。
距離が、近い。
「……」
十分だった。
それ以上、見る必要はない。
結論は、出ている。
だが。
指は、止まらない。
少しだけ、進める。
会話。
仕草。
触れ方。
笑い方。
全部。
「……」
頭の奥が、じわりと痛む。
でも。
離れない。
むしろ——
“見てしまう”。
全部。
知れる。
確定する。
曖昧なものが、消える。
「……」
そこで。
ふと、思う。
これを。
どう伝えるか。
どこまで言うか。
どこまで見せるか。
「……」
少しだけ、笑う。
画面の外。
現実の自分が。
同じ顔をしている気がした。
帰り道。
スマホが震える。
依頼主からのメッセージ。
『どうでしたか?』
「……」
少しだけ、間を置く。
事実は、ひとつ。
でも。
伝え方は、いくつもある。
「……」
指が、動く。
『クロです。
映像、必要なら送れます』
送信。
すぐに、返信が来る。
『お願いします』
「……」
その一文を見て。
なぜか、少しだけ。
胸の奥が、ざわついた。
けれど。
それも、一瞬だった。
「……」
口元が、わずかに緩む。
これは。
使える。
確実に。
「……金になるな」
また、同じ言葉が出る。
今度は、はっきりと。
迷いなく。
夜の中。
大輔は、歩き続ける。
スマホの中で。
現実が、やり取りされている。
誰かの秘密が。
誰かの真実が。
“商品”として。
動いている。
その中心に、自分がいる。
その事実に。
もう、違和感はなかった。




