■第7章:バズ
最初は、確かめたかっただけだった。
あれが、自分の錯覚じゃないのか。
そういう気持ちだった。
「……」
モニターの前に座る。
部屋は暗い。
画面だけが、浮いている。
録画ソフトを、起動する。
録画ソフトの画面。
見覚えはないはずなのに。
なぜか、迷わず操作できる。
「……これで、ええんか」
小さく呟く。
カーソルが、点滅する。
——REC。
赤い表示。
それが、やけに目につく。
「……」
視線を逸らす。
電柱の記録。
あの交差点。
澪。
頭の中にある映像を、なぞるように。
再現する。
触れる。
再生される。
それを。
“外に出す”。
「……」
一瞬だけ、ためらう。
これを出せば。
戻れない気がした。
でも。
すぐに、消える。
「……別に、ええやろ」
言い訳のように呟く。
誰に聞かせるでもなく。
ただ、自分に。
ボタンを押す。
録画が、始まる。
——REC。
点滅する。
映像が流れる。
交差点。
夕方。
澪。
止まる。
口が動く。
聞こえない。
それでも。
“何か”がある。
「……」
そのまま、最後まで流す。
衝突。
ノイズ。
停止。
録画を止める。
無音。
「……」
しばらく、動けなかった。
客観的に見ると。
余計に、おかしい。
ただの事故に見える。
でも。
違う。
そう思ってしまう。
「……誰かに見せたら、わかるか」
ぽつりと、呟く。
確信はない。
でも。
自分一人じゃ、限界だった。
動画サイトを開く。
投稿画面。
タイトル欄。
空白。
「……」
何を書けばいいのか、わからない。
考える。
事故映像?
違う。
記録?
意味がわからない。
「……」
指が、止まる。
ふと。
別の言葉が浮かぶ。
——見えている。
「……」
打ち込む。
短く。
説明は、しない。
そのまま、投稿する。
アップロードが始まる。
進行バーが、ゆっくり伸びる。
やけに長く感じる。
「……」
終わる。
公開。
画面が切り替わる。
再生数。
——0。
「……そらそうや」
小さく笑う。
期待していなかった。
ただ。
置いただけだ。
それだけ。
ブラウザを閉じる。
ベッドに倒れる。
目を閉じる。
すぐに、開ける。
眠れない。
スマホを手に取る。
無意識に、ページを開く。
再生数。
——3。
「……?」
さっきまで、0だった。
誰かが、見た。
たった、それだけ。
なのに。
心臓が、少しだけ速くなる。
「……」
更新する。
——8。
増えている。
コメントが、つく。
『なんこれ』
『事故動画?』
『普通じゃね?』
「……」
期待外れ。
そう思う。
わかってもらえない。
当然だ。
これじゃ、足りない。
「……」
もう一度、映像を開く。
再生する。
あの一瞬。
止まるところ。
口が動くところ。
「……ここやろ」
巻き戻す。
止める。
拡大する。
ノイズが走る。
画面が、歪む。
「……」
こめかみが、痛む。
じわりと。
鈍く。
でも。
目を逸らさない。
もう一度、見る。
繰り返す。
繰り返す。
繰り返す。
「……」
気づけば。
再生数が、増えていた。
——120。
——340。
——900。
「……なんや、これ」
コメントが、増えていく。
『今なんか言った?』
『止まったよな?』
『これ編集?』
『いや、なんかおるやろ』
「……」
心臓が、強く鳴る。
さっきまでとは、違う。
ざわつき。
高揚。
「……見えてるやつ、おるやん」
口元が、わずかに緩む。
初めて。
“共有された”。
自分だけじゃない。
同じものを見ている人間がいる。
「……」
更新する。
数字が、跳ねる。
——2000。
——5000。
止まらない。
コメント欄が、流れる。
肯定。
否定。
嘲笑。
疑問。
全部、混ざる。
「……」
目が、離せない。
指が、止まらない。
更新。
更新。
更新。
数字が、増える。
それだけで。
何かが、満たされる。
「……もう一個、出すか」
ぽつりと、呟く。
理由は、ない。
ただ。
今なら。
“もっといける”気がした。
「……」
頭の奥で、何かがずれる。
さっきまでの感覚と、違う。
あの映像。
澪。
事故。
——どうでもよくなる。
とは、言わない。
でも。
それ以上に。
別のものが、上に来る。
数字。
反応。
視線。
「……」
気づいていない。
まだ。
何が変わったのか。
どこから、ズレたのか。
ただ。
次を考えている。
どう見せるか。
どう切り取るか。
どうすれば、もっと。
「……」
画面の隅。
小さな表示。
——REC。
点滅している。
さっきから。
ずっと。
まるで。
こちらを見ているみたいに。




