■第4章:金の匂い
アップロードの進行バーが、ゆっくりと伸びていく。
残り時間、三分。
大輔は、画面を睨んだまま動かなかった。
動画タイトル。
——『【検証】この場所、何年前の映像かわかりますか?』
サムネイルには、少し色あせた街並み。
今とは微妙に違う建物。
電柱。
空の色。
どこにでもありそうで、どこかおかしい風景。
「……」
編集は、ほとんどしていない。
ただ、余計な部分を切って、少しだけ速度を調整しただけ。
あとは——
“それっぽく”ナレーションをつけた。
実際に見たものに、少しだけ言葉を足す。
ほんの少し。
それだけだ。
——それだけ、のはずだった。
ピロン、と音が鳴る。
アップロード完了。
画面が切り替わる。
再生回数、0。
いいね、0。
コメント、0。
「……まあ、こんなもんか」
椅子にもたれかかる。
期待していなかったわけではない。
だが、現実はいつも通りだ。
埋もれる。
流れる。
誰にも見られないまま、消えていく。
それが普通だ。
スマホを手に取り、ベッドに投げる。
しばらく、何もせずに天井を見上げた。
頭の奥に、あの感覚が残っている。
電柱。
再生。
過去。
あれが、本当に使えるものなら——
「……」
考えを途中で止める。
今は、結果を待つしかない。
しばらくして、スマホが震えた。
通知。
反射的に手を伸ばす。
動画の再生回数。
——3。
「……」
少ない。
少ないが。
ゼロではない。
その事実だけで、少しだけ胸がざわつく。
アプリを開く。
コメントが、一件ついていた。
『これどこ?見覚えある気がする』
短い一文。
だが。
「……」
指が止まる。
これまでの動画には、ほとんど反応がなかった。
あっても、批判か、疑いか。
こういう“純粋な興味”は、初めてだった。
少しだけ考えてから、返信する。
『わかる人いますかね?自分も調べ中です』
嘘だ。
場所は知っている。
自分が立っていた場所だから。
けれど。
そうは言わない。
言った瞬間に、終わる気がした。
しばらくすると、もう一件コメントが増える。
『奈良っぽくない?』
『電柱の形古いな』
『昭和じゃない?』
ぽつぽつと。
少しずつ。
コメントが増えていく。
再生回数も、ゆっくりと伸びていく。
10。
30。
50。
「……おい」
思わず、身を乗り出す。
大きくはない。
バズでもない。
だが、確実に“反応”がある。
コメント欄が、勝手に動いている。
誰かが見て、考えて、書き込んでいる。
それが、リアルタイムで見える。
「……」
胸の奥が、じわじわと熱くなる。
今まで感じたことのない感覚だった。
自分が出したものに、誰かが触れている。
それが、数字として、言葉として返ってくる。
「……これ」
呟く。
「いけるんちゃうか」
頭の中で、何かが噛み合い始める。
あの能力。
過去を見れる。
場所さえわかれば、いくらでも映像は取れる。
しかも——
誰も持っていない。
唯一のネタ。
唯一の証拠。
唯一の“本物”。
「……」
再生回数が、100を超える。
コメントも、増え続けている。
『ここ奈良市じゃね?』
『いや違うやろ』
『建物的に関西圏っぽい』
議論が始まっている。
場所当て。
推理。
考察。
勝手に盛り上がっている。
「……はは」
笑いが漏れる。
何もしていないのに。
動画を一本上げただけなのに。
勝手に、動いている。
これが——
コンテンツ。
「……」
画面を見つめる。
コメント欄。
その中に、一つだけ目につくものがあった。
『これ本物?加工じゃない?』
その一文で。
頭の中の何かが、カチ、と音を立てる。
「……」
本物かどうか。
そんなの、どうでもいい。
重要なのは——
“どう見えるか”だ。
少し考える。
ほんの数秒。
それだけで、答えは出た。
キーボードに手を置く。
そして、打ち込む。
『加工はしてませんが、過去の資料を元に再現してます』
送信。
嘘。
完全な嘘。
だが。
「……」
不思議と、抵抗はなかった。
むしろ。
その方が都合がいいとすら思えた。
本当のことを言う必要はない。
信じてもらう必要もない。
ただ——
興味を持たせればいい。
見てもらえればいい。
「……金になる」
小さく呟く。
その言葉が、やけにしっくりきた。
画面の中で、再生回数がまたひとつ増える。
コメントも、さらに増える。
議論は、止まらない。
誰も真実を知らないまま。
勝手に、盛り上がっていく。
その中心に、自分がいる。
その感覚が、妙に心地よかった。
机の上に置いた手を、ゆっくりと握る。
指先に、あの感触が蘇る。
電柱。
記録。
過去。
「……次は」
自然と、言葉が出る。
「もうちょい、わかりやすいとこにするか」
観光地。
人が多い場所。
有名な建物。
そういうところなら、もっと伸びる。
もっと見られる。
もっと稼げる。
「……」
頭の中で、次の場所を探す。
その思考は、もう止まらなかった。
画面の隅で。
小さな赤い点が、静かに光っていた。
——REC。
だが、その意味を考えることは、もうなかった。




