■第15章:仮説
部屋に戻るまで。
何も考えなかった。
いや。
考えないようにしていた。
「……」
ドアを閉める。
鍵をかける。
その音で。
ようやく、現実に戻る。
「……っは」
息を吐く。
靴も脱がずに、机に向かう。
スマホを取り出す。
画面を開く。
さっき撮った写真。
古文書。
「……」
指が、止まる。
見たくない。
いや。
見たら、戻れなくなる。
そんな感覚。
「……」
それでも。
止まらない。
タップする。
画像が開く。
『其ノ寸法、三尺ニシテ整然トス』
「……三尺」
小さく呟く。
その瞬間。
頭の奥で、何かが“合う”。
カチ、と。
はっきりと。
「……整然」
自然じゃない。
揃っている。
規格。
意図。
「……」
次に浮かぶのは。
赤い点。
等間隔。
格子。
交点。
「……」
あれは、偶然じゃない。
バラバラでもない。
全部、同じ間隔。
同じ配置。
「……」
思い出す。
電柱に触れたときの視界。
空間いっぱいに広がる点。
均一に並ぶ。
狂いのない間隔。
「……」
机に手をつく。
体が、前に傾く。
思考が、加速する。
止まらない。
「……三尺」
もう一度。
言葉にする。
「……基準か」
ぽつり、と落ちる。
その瞬間。
全部が繋がる。
「……」
あの立方体。
三輪山。
古文書。
寸法。
整然。
「……」
そして。
記録点。
格子。
交点。
「……」
ゆっくりと、顔を上げる。
何もない部屋。
だが。
見えている。
頭の中で。
構造が。
「……」
空間に、線を引く。
想像で。
点と点を繋ぐ。
縦。
横。
奥行き。
「……立体か」
三次元。
格子構造。
ネットワーク。
「……」
あれは。
“場所”じゃない。
“構造”だ。
「……」
そのとき。
ふと。
別のものが、浮かぶ。
地図。
奈良。
山。
「……」
三輪山。
巻向山。
畝傍山。
耳成山。
天香具山。
「……」
無意識に、スマホを操作する。
地図を開く。
奈良盆地を表示する。
指で、拡大する。
「……」
山の位置を、目で追う。
ひとつずつ。
確認するように。
「……」
頭の中で、線を引く。
点と点を繋ぐ。
畝傍山から。
耳成山。
天香具山。
さらに。
三輪山。
巻向山。
「……」
その瞬間。
手が止まる。
「……は?」
声が、漏れる。
もう一度、見る。
ズームする。
なぞる。
「……」
見間違いじゃない。
線で繋いだ形。
それが——
「……三角形」
いや。
違う。
ただの三角じゃない。
頂点から。
底辺へ。
伸びる線。
「……」
喉が、乾く。
その形。
見覚えがある。
何度も見ている。
「……再生」
ぽつり、と出る。
「……再生ボタンやんけ」
右向きの三角。
スタート。
再生。
REC。
「……」
背中が、冷たくなる。
偶然じゃない。
こんな配置。
ありえない。
「……」
三輪山。
巻向山。
一直線。
延長線。
軸。
「……」
あれは。
ただの山じゃない。
目印。
座標。
「……」
格子。
交点。
ネットワーク。
そして、この配置。
「……」
全部。
同じものを指している。
「……」
呟く。
「……再生してるんか」
誰が。
何を。
何のために。
わからない。
だが。
「……」
これは。
自然じゃない。
偶然でもない。
「……」
意図や。
はっきりと。
そう思った。
「……」
その瞬間。
頭の奥が、じん、と痛む。
ノイズ。
揺れる視界。
「……っ」
こめかみに、手を当てる。
触れていないのに。
感覚だけが、走る。
「……」
あの男の声。
蘇る。
「……触れているな」
「……観測している」
「……」
息が、浅くなる。
「……観測されてるんは」
言いかけて、止まる。
「……こっちか」
小さく、呟く。
「……」
視界の端。
赤い点。
——REC。
それはもう。
表示じゃない。
「……録られてる」
確信に近い。
「……」
スマホを握る手に、力が入る。
画面の中。
古文書。
三尺。
整然。
「……基準や」
ぽつり、と落ちる。
「……全部、これで揃えてる」
点の間隔。
格子の幅。
位置。
「……」
だから。
時間は、ズレる。
連続じゃない。
飛ぶ。
「……座標か」
時間じゃない。
空間。
その交点。
「……」
理解が、形になる。
もう、戻れない。
「……」
最後に。
ひとつだけ、浮かぶ。
「……もうええって」
澪の声。
軽かったはずの言葉。
なのに。
今は——
「……」
息を吐く。
遅い。
「……止めようとしてたんか」
誰もいない部屋で。
そう呟く。
「……」
視界の端。
赤い点。
——REC。
それが。
今までで一番、強く光った。




