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■第14章:博物館

 部屋に戻ってからも。


 落ち着かなかった。


「……」


 靴を脱ぐ。


 そのまま、部屋に上がる。


 電気はつけない。


 暗いまま。


 その方が、楽だった。


「……なんや、あれ」


 小さく呟く。


 頭の中で、何度も繰り返される。


 あの男。


 距離。


 視線。


 そして——機器。


「……」


 机に手をつく。


 わずかに、震えている。


 怖い。


 はずなのに。


 それよりも。


 引っかかる。


 何かが。


「……」


 記憶を探る。


 断片。


 会話。


 どうでもよかったはずの言葉。


 その中に——


「……澪」


 名前が、口に出る。


 その瞬間。


 引きずられるように、思い出す。


 大学の構内。


 春の終わり。


 風が、少しだけ暖かい。


 掲示板の前。


 古びた紙。


 サークルの募集。


 写真。


 遺跡。


 山。


「変やねん、あそこ」


 澪が、そう言った。


「何が?」


「……点がな」


「点?」


「……」


 一瞬、間が空く。


 言いかけて、やめる。


「まあ、ええわ」


 軽く笑って、流す。


 いつもの調子。


 だが。


 その直前の“間”だけが、妙に引っかかる。


「お前、それ調べてるんやろ」


「三輪山?」


「うん」


 短く頷く。


「サークルでな」


 当たり前みたいに言う。


 慣れている口調。


「何があるん?」


「……いろいろ」


 曖昧な返事。


 視線が、少しだけ逸れる。


 掲示板の写真の方へ。


 三輪山のあたりへ。


「変やねん」


 もう一度、言う。


 今度は、少しだけ小さく。


「だから、調べてる」


「……ふーん」


 大輔は、適当に相槌を打つ。


 興味はある。


 だが。


 そこまでではない。


「お前も来る?」


 軽い誘い。


「……いや」


 少しだけ考えて、首を振る。


「今回はええわ」


「なんで」


「なんかめんどい」


 正直に言う。


「ふーん」


 澪は、それ以上は言わなかった。


「まあ、大輔やしな」


「どういう意味や」


「気になるだけで、動かへんタイプ」


「失礼な」


「当たってるやろ」


 くす、と笑う。


 そのとき。


 一瞬だけ。


 表情が、緩んだ気がした。


 ほんの少しだけ。


 安心したみたいに。


「ただし」


「ん?」


「変なもん見つけても、勝手に触ったらあかんで」


 その言葉だけ、少しだけ真剣だった。


「……行かへんって言うてるやろ」


「……そやな」


 小さく頷く。


 それでも。


 どこか、遠くを見るような目をしていた。


「あとさ」


 不意に、澪が言う。


「ん?」


「考えすぎるのも、ほどほどにしときや」


「は?」


「大輔、そういうとこあるやん」


「どこが」


「一点見つけたら、そこばっかり追うやつ」


「……まあ」


 否定はしない。


「それでええときもあるけどな」


 少しだけ間を置いて。


「……もうええって、なるとこもある」


「何が」


「……なんでも」


 視線を逸らす。


 それ以上は言わない。


 軽く肩をすくめる。


「とにかく」


 いつもの調子に戻る。


「ほどほどにしときや」


「はいはい」


 適当に返す。


 そのときは。


 深く考えなかった。


 ただの会話。


 ただの注意。


 そう思っていた。


 なのに——


 その言葉だけが。


 妙に、残っている。


 現実に戻る。


 暗い部屋。


 静けさ。


 だが。


 今は違う。


「……」


 赤い点。


 等間隔。


 格子。


 交点。


 全部、頭の中で重なる。


「……あいつ、知ってたんか」


 ぽつり、と落ちる。


 あの言葉。


 あの間。


 あの視線。


「……」


 さらに、思い出す。


 もうひとつ。


 別の記憶。


 博物館。


 あのとき。


 澪に連れられて行った場所。


「これ、見て」


 ガラスケースの前。


 古い紙。


 読めない文字。


「何書いてんの?」


「三輪山」


 それだけ、覚えている。


 それ以上は。


 ちゃんと聞かなかった。


「……」


 ゆっくりと、顔を上げる。


 繋がる。


 点が。


「……あるな」


 小さく呟く。


 迷いは、なかった。


「……行くか」


 奈良の朝は、少しだけ冷たかった。


 空気が澄んでいる。


 人の流れも、まだ少ない。


「……」


 建物の前に立つ。


 見覚えのある外観。


 来たことがあるはずなのに。


 どこか、違って見える。


「……」


 中に入る。


 静かだ。


 足音が、やけに響く。


 受付を抜ける。


 展示室へ。


 ガラスケース。


 土器。


 仏像。


 説明文。


 全部、視界に入る。


 だが。


「……」


 探しているものは、違う。


 もっと。


 奥。


 もっと。


 “あいつが見てたもの”。


「……」


 ゆっくりと歩く。


 展示を流すように見ていく。


 記憶を頼りに。


 曖昧な輪郭をなぞるみたいに。


「……」


 足が止まる。


 視界の端。


 紙。


 ガラスケースの中。


 古い文書。


「……」


 近づく。


 説明プレート。


 小さな文字。


 読む。


 完全には理解できない。


 だが。


「……三輪」


 その単語だけ、引っかかる。


「……」


 ガラス越しに、文書を見る。


 崩れた文字。


 読みづらい。


 だが。


 なぜか。


 そこだけ。


 浮かび上がるみたいに。


『三輪之山頂ニ、不思議ノ石アリ』


「……」


 息が、止まる。


『其ノ形、正シク四角ニシテ、自然ノ物ニ非ズ』


『大地震ノ後、姿ヲ現シタリ』


 頭の奥が、じん、と痛む。


『見ル者、皆幻ヲ見ル』


『気ヲ狂ワス者、多シ』


 呼吸が、浅くなる。


『故ニ、再ビ土中ニ埋メタリ』


 そして。


 最後の一文。


『其ノ寸法、三尺ニシテ整然トス』


「……三尺」


 小さく呟く。


 その瞬間。


 頭の中で、何かが噛み合う。


 赤い点。


 等間隔。


 格子。


 交点。


「……」


 スマホを取り出す。


 周囲を見る。


 誰も見ていない。


 カメラを起動する。


 画面越しに、文書を見る。


 ピントを合わせる。


 少しズームする。


「……」


 シャッター音。


 小さく。


 それでも。


 やけに大きく響く。


「……」


 もう一枚。


 説明文ごと。


 記録する。


「……」


 画面を確認する。


 文字が残っている。


 消えない。


 逃げない。


「……」


 ゆっくりと、スマホを下ろす。


 ガラスの向こうの文書を見る。


 何も変わらない。


 ただ、そこにあるだけ。


 なのに。


「……」


 わかる。


 これは。


 “ただの記録じゃない”。


「……」


 視界の端。


 赤い点。


 ——REC。


 それが。


 わずかに。


 “同期するように”光った。


「……」


 息を吐く。


 整理する。


 まだ、断片。


 だが。


 確実に。


 繋がり始めている。


「……」


 三尺。


 規格。


 整然。


 自然ではない形。


 そして——


 点。


「……」


 小さく呟く。


「……人工物やな」


 仮説。


 まだ。


 だが。


 否定はできない。


「……」


 スマホを握る。


 その中の写真。


 古文書。


 三輪山。


 点。


 全部。


 ひとつに繋がろうとしている。


「……」


 踵を返す。


 出口へ向かう。


 足音が、静かに響く。


 その背中に。


 誰もいない。


 はずなのに。


 どこかで。


 “見られている”感覚だけが、残っていた。

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