■第13章:接触
最初は、気のせいだと思った。
帰り道。
いつもの道。
見慣れた街。
「……」
大輔は、歩いていた。
特に理由はない。
ただ、次の場所を考えながら。
次の動画。
次のネタ。
それだけ。
背後で、足音がする。
コツ。
コツ。
一定のリズム。
「……」
振り返らない。
人通りはある。
誰かが歩いていても、おかしくない。
それだけだ。
信号で止まる。
赤。
人が並ぶ。
車が流れる。
「……」
視界の端。
ガラスに映る、後ろの景色。
ぼんやりとした反射。
そこに——
人影。
「……」
すぐに、視線を外す。
見間違い。
そういうことにする。
信号が変わる。
歩き出す。
また、足音。
同じリズム。
同じ間隔。
「……」
少しだけ、歩幅を変える。
速くする。
数秒後。
後ろも、速くなる。
ゆっくりにする。
後ろも、緩む。
「……」
喉が、わずかに乾く。
曲がり角。
右に曲がる。
すぐに、もう一度右。
人通りの少ない路地。
意図的だった。
確認のため。
「……」
数秒。
静か。
足音は——
消えない。
同じ距離。
同じ気配。
立ち止まる。
振り返る。
男が、ひとり立っていた。
距離は、十メートルほど。
近くもなく、遠くもない。
逃げる距離ではない。
だが——
近づく距離でもない。
「……」
年齢は、わからない。
特徴がない。
服装も、普通。
どこにでもいるような男。
それなのに。
目が、合った瞬間。
違和感が走る。
“見ている”。
ただ見ている、ではない。
観察している。
測っている。
そういう視線。
「……なんですか」
思わず、口に出る。
自分でも驚くくらい、自然に。
男は、答えない。
ただ、視線を外さない。
「……」
数秒。
沈黙。
それだけで、十分だった。
普通じゃない。
そう確信するには。
男が、ゆっくりと動く。
一歩、近づく。
「……」
反射的に、大輔が一歩下がる。
距離が、維持される。
詰められない。
逃げられない。
その距離。
男の手に、何かがある。
細長い。
金属のような質感。
スマホではない。
カメラでもない。
見たことがない形。
「……それ」
言葉が、途切れる。
男は、答えない。
ただ。
それを、わずかに傾ける。
瞬間。
空気が、歪む。
「……っ」
視界が、ぶれる。
ほんの一瞬。
ノイズのようなものが走る。
電柱に触れたときと、似ている。
だが、違う。
強制的に。
外側から。
押し込まれるような感覚。
——REC。
視界の端。
赤い点。
一瞬だけ、強く光る。
「……今の、なんや」
思わず、呟く。
こめかみが、じん、と痛む。
触れていないのに。
何もしていないのに。
男は、それを見ていた。
反応を。
変化を。
全部。
「……」
無言のまま。
もう一度、機器を動かす。
ほんの、わずかに。
今度は、はっきりとわかった。
空間に、何かがある。
見えない格子。
点。
位置。
それを——
“読んでいる”。
「……お前」
言葉が、出る。
「それ、何や」
男が、初めて口を開く。
「……」
一拍。
ほんのわずか。
遅れて。
「触れているな」
低い声。
抑揚がない。
感情もない。
「……は?」
意味が、わからない。
だが。
言われた瞬間。
背中が、冷たくなる。
「観測している」
続ける。
「意図的に」
「……」
言葉が、出ない。
なぜ知っているのか。
どうしてわかるのか。
その前に——
“否定できない”。
「……何者や」
やっと、それだけ言う。
男は、答えない。
少しだけ、視線を動かす。
周囲を見る。
人はいない。
音もない。
「……まだ、早い」
小さく、呟く。
独り言のように。
機器を、下ろす。
その瞬間。
圧が消える。
空気が戻る。
視界が、安定する。
「……っは」
息を吐く。
知らないうちに、止めていた。
膝が、わずかに震えている。
「……」
顔を上げる。
男を見る。
何か言おうとして——
止まる。
いない。
さっきまで、そこにいたはずの場所。
何もない。
ただの路地。
「……は?」
周囲を見回す。
足音もない。
気配もない。
完全に、消えている。
「……なんや、今の」
理解が、追いつかない。
だが。
ひとつだけ、はっきりしている。
“見つかった”。
「……」
こめかみに、手を当てる。
じん、と痛む。
あの感覚。
記録に触れたときの。
それと同じ。
「……」
ゆっくりと、顔を上げる。
空。
建物。
電柱。
全部、同じはずなのに。
違う。
どこかに。
“見ている側”がいる。
「……」
無意識に、周囲を見る。
何もない。
だが。
確信だけが、残る。
これはもう。
“自分だけのもの”じゃない。
画面の中じゃない。
記録の中でもない。
現実に。
入ってきている。
視界の端。
赤い点。
——REC。
それが。
今までとは違う意味を持って。
そこにあった。




