■第12章:異常検知
最初に気づいたのは、大輔ではなかった。
画面に、同じフレームが並んでいる。
停止。
拡大。
再生。
巻き戻し。
また停止。
「……おかしいな」
低い声が、室内に落ちる。
モニターの光だけが、顔を照らしていた。
動画は、何度も再生されている。
問題の箇所。
——横断歩道。
人物。
停止。
わずかなズレ。
「フレーム飛び……ではないですね」
別の声。
キーボードを叩く音。
数値が並ぶ。
波形が表示される。
「圧縮ノイズでもない。補完処理もかかっていない」
「編集の痕跡は?」
「検出されません」
「……」
沈黙。
画面の中では、女が立ち止まっている。
理由のない一瞬。
空白のような時間。
「……人為的な加工なら、必ずどこかに痕跡が残る」
淡々とした声。
「だが、これは——」
言葉が、止まる。
適切な表現が、見つからない。
「“元からこうだった”ように見える」
別のモニターに、一覧が表示される。
同一チャンネル。
複数の動画。
サムネイルが並ぶ。
「対象、拡大します」
クリック。
画面が切り替わる。
別の動画。
別の場所。
だが——
「……同じ傾向ですね」
わずかな違和感。
不自然な停止。
視線のズレ。
“何かがいる”前提でしか成立しない動き。
「偶然では?」
「三件までならそう判断します」
淡々と返す。
「これは、七件目です」
「……」
空気が、変わる。
波形解析。
ピクセル差分。
光源計算。
影の角度。
すべてが、正常だった。
破綻がない。
嘘の痕跡がない。
「……フェイクなら、楽だったんだがな」
小さく、呟く。
だが、これは違う。
フェイクではない。
かといって——
現実としても、おかしい。
「対象者の情報は?」
「個人チャンネル。登録者、急増中」
「過去の活動」
「投資系動画。信頼性は低い」
「……転向したのか?」
「不明です。ただし——」
画面が切り替わる。
投稿日時の一覧。
すべて、ここ最近に集中している。
「発生が急すぎます」
「……」
誰も、何も言わない。
だが、全員が同じことを考えていた。
——“発現”。
「……一応、上に回すか」
ため息混じりの声。
「レベルは?」
「迷うな」
視線が、画面に戻る。
停止したフレーム。
女の視線。
“何もない場所”を見ている。
「……Bじゃ足りん。Aにしとけ」
「了解」
短い返答。
キーが押される。
送信。
それだけで、十分だった。
別の場所。
別の部屋。
通知音が、ひとつ鳴る。
「……来たか」
男が、画面を開く。
内容を確認する。
無言。
数秒。
「……遅いくらいだな」
そう呟く。
画面には、動画が表示されている。
再生。
停止。
巻き戻し。
何度も、同じ箇所を確認する。
「……見えてるな」
小さく、確信する。
疑いではない。
断定だった。
一枚の資料が、デスクに置かれる。
タイトルはない。
番号だけ。
簡素なもの。
だが、その中身は明確だった。
対象者。
——仲村大輔。
「観測可能個体か」
別の声。
「その可能性が高い」
「接触は?」
「まだだ」
短い会話。
感情は、ほとんどない。
ただ、処理されている。
「暴走前に回収するか?」
「……いや」
一瞬、間が空く。
画面の中で、映像が止まる。
“見えている側”の視点。
「もう少し、泳がせる」
「理由は?」
「精度が高い」
それだけだった。
一方で。
大輔は——
何も知らない。
「……っ」
こめかみが、鈍く痛む。
画面の光が、強い。
目が、乾く。
それでも。
視線は、離れない。
「……ここやろ」
動画を止める。
拡大する。
ノイズが走る。
歪む。
それでも、見る。
繰り返す。
何度も。
「……おるやろ」
誰に言うでもなく、呟く。
画面の中。
何もない場所。
そこに——
“いる”。
そう思えてしまう。
コメント欄が、流れる。
『やっぱり変やって』
『何見てんの?』
『これマジで怖い』
『なんか映ってるやろ』
「……」
指が、止まらない。
更新。
更新。
更新。
数字が、増える。
反応が、増える。
それだけで、満たされる。
だが。
その中に。
ひとつだけ、違うコメントが混ざる。
『これ、どこで撮ってる?』
「……?」
ありふれた質問。
何度も見てきた。
はずなのに。
なぜか、引っかかる。
少しだけ、考える。
返信するかどうか。
「……」
結局、打ち込む。
『場所は特定されてますよ』
曖昧な返し。
いつも通り。
それで終わるはずだった。
だが。
数秒後。
通知が、ひとつ増える。
同じユーザー。
『そうじゃなくて』
『“どうやって撮ってる?”』
「……」
指が、止まる。
画面を見つめる。
たった一文。
それだけなのに。
妙に、重い。
「……」
冗談だ。
そう思う。
ただの視聴者。
深読みしているだけ。
それだけのはずだ。
「……」
返信は、しない。
画面を閉じる。
無視する。
それが正解だと、わかっている。
それでも。
頭の奥に、残る。
あの一文が。
消えない。
そのとき。
ふいに。
部屋の空気が、わずかに変わる。
「……?」
顔を上げる。
何もない。
誰もいない。
音もない。
「……」
それでも。
“見られている”気がした。
理由はない。
証拠もない。
ただ——
そう感じる。
視界の端。
モニターの隅。
赤い点。
——REC。
それが。
いつもより、はっきりと見えた。
どこかで。
すでに。
別の“記録”が、始まっていた。




