■第11章:歪み
数字が、止まらなかった。
画面の右上。
再生回数。
コメント数。
登録者。
全部が、同時に増えていく。
「……」
大輔は、椅子に座ったまま動かなかった。
ただ、見ている。
増えていく数字を。
それだけで、時間が過ぎていく。
動画の一本目。
——事故の映像。
あれが、きっかけだった。
気づけば。
次も。
その次も。
同じように出していた。
“違和感のある記録”。
“説明できない過去”。
“誰かが気づく余白”。
「……」
意図的だった。
最初から、全部。
どこで止めるか。
どこを見せるか。
どこを隠すか。
考えている。
自然じゃない。
でも。
“自然に見えるように”作っている。
「……はは」
小さく、笑いが漏れる。
以前の動画とは、違う。
もう、嘘をついている感覚がない。
なぜなら——
“本物”だからだ。
加工でもない。
再現でもない。
ただ、そのまま出しているだけ。
それなのに。
誰も、信じきれない。
誰も、否定しきれない。
「……ちょうどええ」
ぽつりと、呟く。
曖昧なまま。
疑いながら。
それでも見続ける。
その状態が、一番伸びる。
もう、理解していた。
コメント欄が、流れている。
『これマジなん?』
『仕込みやろ』
『でもなんか変じゃね?』
『この人、当てすぎやろ』
『怖いんやけど』
「……」
スクロールする。
止まらない。
肯定と否定が混ざる。
どちらも、同じ価値を持っている。
どちらも、再生数になる。
「……」
返信欄を開く。
少しだけ、考える。
何を書けばいいか。
どう返せば、もっと広がるか。
指が、動く。
『信じるかどうかは任せます』
送信。
短い。
説明はしない。
断言もしない。
ただ、投げる。
それだけでいい。
「……」
数秒後。
コメントが増える。
『なんやそれw』
『余計怪しいやん』
『でも見ちゃうんよな』
「……」
口元が、わずかに緩む。
狙い通りだった。
デスクの上に、メモが増えていた。
場所のリスト。
時間帯。
気になるコメント。
視聴者の反応。
全部、書き出している。
「……ここやな」
ペン先が、ひとつの場所で止まる。
観光地。
人が多い。
映像に変化が出やすい。
そして——
“過去との違いがわかりやすい”。
「……行くか」
自然に、立ち上がる。
迷いはない。
もう、完全に“作業”だった。
ネタ探し。
撮影。
編集。
投稿。
回すだけ。
それだけで、数字が増える。
金になる。
評価される。
「……」
ふと。
動きが止まる。
視線が、机の端に向く。
スマホ。
画面は暗い。
だが。
そこに、ある。
あの場所。
事故現場。
澪。
「……」
数秒。
何も動かない。
頭の中に、あの映像が浮かぶ。
横断歩道。
止まる足。
見えない“何か”。
そして——
「……もうええって」
小さく、呟く。
誰に向けた言葉でもない。
ただ、出てきた。
「……」
そのまま、スマホから視線を外す。
何も操作しない。
開かない。
見ない。
「……後でええ」
そう言って。
立ち上がる。
それで、終わりだった。
外に出る。
昼の光。
人の声。
車の音。
全部、現実だ。
触れれば、反応がある。
見れば、意味がある。
「……」
なのに。
どこか、薄い。
あの“記録”の方が、濃い。
鮮明で。
正確で。
嘘がない。
「……」
足が止まる。
近くの電柱。
何でもない場所。
それでも。
手を伸ばせば——
「……」
触れる。
——暗転。
——REC。
再生。
少し前の世界。
同じ場所。
違う人間。
違う時間。
「……」
もう、驚かない。
当たり前のように、操作する。
こめかみ。
前へ。
後ろへ。
探す。
違和感を。
ネタを。
「……ここか」
一瞬。
視界に引っかかるもの。
立ち止まる人物。
不自然な動き。
理由のない違和感。
「……使える」
それだけで、十分だった。
意味は後からつければいい。
説明は後から考えればいい。
重要なのは——
“見せられるかどうか”。
現実に戻る。
息が、少し荒い。
だが。
慣れてきている。
痛みも。
違和感も。
「……」
スマホを取り出す。
メモを開く。
今の場所。
時間。
特徴。
書き込む。
淡々と。
機械みたいに。
「……」
書き終える。
顔を上げる。
空が見える。
普通の空。
変わらない景色。
なのに。
「……」
もう、同じには見えない。
全部の裏に。
“記録”がある。
いつでも見れる。
触れれば、再生される。
「……」
口が、動く。
無意識に。
「……他は、どうでもええ」
小さく。
はっきりと。
その言葉は。
自分でも驚くくらい、自然だった。
誰のことを言っているのか。
考えるまでもない。
澪。
あの映像。
あの瞬間。
それだけが、残っている。
なのに——
「……」
スマホの通知が鳴る。
動画の再生数。
コメント。
登録者。
全部、増えている。
それを見た瞬間。
胸の奥が、わずかに高鳴る。
「……」
指が、動く。
更新する。
また増える。
さらに増える。
止まらない。
「……はは」
笑う。
さっきまでの思考が、薄れる。
澪のこと。
事故のこと。
全部が、遠くなる。
代わりに——
数字が、近づく。
手に届く。
実感できる。
「……」
そのとき。
ほんの一瞬だけ。
違和感が走る。
何かが、ズレる。
自分の中で。
わずかに。
「……」
だが。
気にしない。
すぐに、消える。
数字を見ていれば。
考えなくて済む。
「……次、撮るか」
自然に、呟く。
もう。
止まらない。
画面の隅。
小さな赤い点。
——REC。
それは。
さっきから。
ずっと。
点滅していた。
まるで。
“こちら側”を記録しているみたいに。




