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氷雨の黙示録  作者: 唯野眠子
第1章-未知との遭遇
5/12

第1-5話 降臨

時刻: 12月20日 午後2時00分

場所: 国連本部地下、IGDE臨時研究室

国連本部の地下に、臨時の研究室が設営されていた。元々は書庫として使われていた部屋だが、48時間で最先端の研究施設に変貌していた。

量子コンピュータへのリモートアクセス端末、3Dプリンター、分子動力学シミュレーション用のワークステーション。必要な機材が、次々と運び込まれていた。

ただし、カフェテリアが少し遠いのが難点だった。地下3階から地上1階まで上がる必要がある。しかも、ピザはデリバリーしてくれるが、ケーキは対象外。洋子にとって、それがちょっぴり不満だった。

浩と洋子は、それぞれのデスクに向かっていた。しかし、二人のデスクは隣り合わせに配置されている。

「まず、役割分担を明確にしましょう」浩が言った。

「そうですね」洋子が頷いた。「私は材料科学と物理理論を担当します。ステラーカーボンの開発可能性、製造プロセスの設計」

「私は構造工学と軌道力学を担当します。軌道エレベータの設計、建設工程、必要資源の算出」

二人は、作業計画をホワイトボードに書き出していった。

48時間のスケジュール:

・0〜12時間: 基礎理論の確立

・12〜24時間: シミュレーションと検証

・24〜36時間: 詳細設計

・36〜48時間: レポート作成

「タイトですね」洋子が苦笑した。

「ええ。でも、やるしかありません」

なんと雑なスケジュール、と洋子は心の中で思った。まるで大学のレポート提出前夜のような詰め込み方だ。ただ、その雑さをどこから変えるべきかは思い浮かばなかった。

浩も同じことを考えていた。なんと雑なスケジュール。これで人類の命運を決めるのか。自虐的な笑いがこみ上げてくる。

浩は、IGDEのメインコンピュータに接続した。最新の観測データ、シミュレーション環境、そして量子コンピュータへのアクセス。全てが揃っている。

「では、始めましょう。まず、私の軌道計算を共有します。実は...かなり大きな不確実性があります」

二人の48時間が、始まった。



時刻: 12月20日 午後2時30分

場所: 国連本部地下、IGDE臨時研究室

浩は、自分の計算結果を洋子に見せた。

「私の暫定予測では、海面上昇は30〜50メートル。しかし、誤差幅が大きすぎます」

洋子は、データを精査した。

「氷塊群の空間分布が不明確だからですね」

「その通りです。どの程度の氷塊が実際に地球に到達するか、正確に予測できていません」

洋子は、自分のデータを開いた。

「私の深宇宙観測データがあります。氷塊群の3次元分布図です」

彼女は、画面に色分けされた点群を表示した。それは、太陽系外縁部から地球に向かって流れる氷塊の雲を示していた。

「密度分布に偏りがあります。中心部は密度が高く、外縁部は疎らです」

浩は、即座にその意味を理解した。

「つまり、外縁部の氷塊は地球を通過する確率が高い」

「はい。私の推定では、地球の重力圏に捕捉されるのは、全体の約62%です」

浩は、頭の中で暗算を始めた。

総質量500兆トン。その62パーセント。

310兆トン。

「約310兆トン。これが地球に到達する」

洋子は、浩が暗算で計算結果を出したことに驚いた。しかし、その驚きがなぜなのか、自分でも判然としなかった。

彼は、新しい計算を開始した。洋子のデータを統合し、より精密なシミュレーションを実行する。

量子コンピュータが、数十億通りの軌道パターンを計算する。

15分後、結果が表示される。

「海面上昇の修正予測...25〜32メートル。中央値で28メートル」

浩と洋子は、互いを見た。

「28メートル...」洋子が呟いた。

「これなら、計算の信頼性は高い。誤差は±3メートル程度です」

浩は、その数値を視覚化しようとした。28メートル。それは、8階建てのビルの高さに相当する。都市の輪郭が消えていく高さだ。マンハッタンの南端が水没し、東京の下町が姿を消す。そういう高さとして、視覚的に認識できる。ただ、その換算は正確すぎる気もした。

彼は、次の計算に移った。影響予測。

地球の高精度地形データに、海面28メートル上昇を適用する。

世界地図が表示される。沿岸部が青く塗りつぶされていく。

水没する主要都市:

・バンコク: 都市全域

・ジャカルタ: 大部分

・マイアミ: 完全水没

・上海: 沿岸部

・ニューヨーク: マンハッタン南部

・東京: 東京湾岸、江東区、墨田区の一部

水没する陸地面積: 全陸地の約8.2%

影響を受ける人口: 約28〜32億人

そして、死者数の予測。

浩は、各国の避難計画、防災インフラ、人口密度を考慮した。

「最悪シナリオでは...300万〜500万人」

しかし、洋子が補足した。

「ただし、これは何も対策を講じなかった場合です。各国が適切な避難措置を取れば...」

「大幅に減らせる」浩が続けた。「楽観的なシナリオでは、100万〜200万人」

そこから先は自分にはどうにもならんな、と浩は思った。避難計画、防災体制、政治的決断。それらは、科学者の領域ではない。彼にできるのは、正確な予測を提供することだけだ。

二人は、レポートにこう記載することにした:

「修正予測: 海面上昇28メートル(±3メートル)。影響人口30億人。推定死者数は、各国の対応により100万〜500万人の範囲で変動する。早期の避難勧告と防災体制の構築が、被害軽減の鍵となる。」

浩は、ファイルを保存した。

「第一段階、完了です」

洋子は、時計を見た。午後3時15分。作業開始から1時間15分。

「順調ですね」

「ええ。次は、ステラーカーボンの開発可能性です」

二人は、次の段階に進んだ。



時刻: 12月20日 午後6時00分

場所: 国連本部地下、IGDE臨時研究室

4時間が経過していた。しかし、二人は休憩を取っていない。

二人ともコーヒーはがぶ飲みしている。浩のデスクには、空の紙コップが3つ並んでいた。洋子のデスクには、5つ。

そして、洋子のデスクには、小さなケーキの箱もあった。どうやって届けられたのかわからないが、チーズケーキが2切れ入っている。彼女は、時々それをつまみながら作業を続けていた。

洋子は、JPLから送られてきた氷塊のサンプルデータを再分析していた。

電子顕微鏡画像、X線回折パターン、質量分析結果。それらを、分子動力学シミュレーションソフトウェアに入力していく。

「結晶構造の再現から始めます」

彼女は、原子配列のデータを入力した。H2O分子が、六方晶系の格子を形成する様子が、3D画像として表示される。

しかし、通常の氷Ihとは異なる点があった。分子間の結合角度が、わずかに異なっている。

「この角度...104.7度。通常の氷は104.5度ですから、0.2度の違いがあります」

洋子は、この微細な違いが、強度にどう影響するかをシミュレートした。

数分後、結果が表示される。

「応力分散効率が...32%向上しています」

彼女は、浩に声をかけた。

「堀川さん、見てください」

浩は、洋子のモニターを覗き込んだ。二人の顔が、近づく。

「この結晶構造なら、理論上、引張強度は従来のカーボンナノチューブの2.8倍になります」

「2.8倍...それは十分です」浩が言った。そう言い切りながら、その十分さが、どこまで自分の計算論理に基づいているのか考慮していなかった。

「私の計算では、2.5倍あれば、軌道エレベータの建設が可能になります」

「ただし」洋子が続けた。

「この構造を、カーボンナノチューブの製造に応用するには...」

彼女は、新しいシミュレーションを開始した。

「結晶成長時のテンプレートとして、この氷の構造を使用します。しかし、氷とカーボンでは、原子サイズが異なります」

画面に、複雑な分子モデルが表示される。

「スケーリング係数を...1.47。これで、原子サイズの違いを補正できます」

浩は、洋子の思考プロセスに驚いていた。彼女は、問題を発見すると同時に、解決策も提示している。

「製造プロセスは?」

「化学気相成長法(CVD)を改良します。従来は、触媒上でカーボンナノチューブをランダムに成長させていましたが...」

洋子は、新しい図を描き始めた。

「氷の結晶構造をテンプレートとして使用し、その上でカーボンナノチューブを成長させます。テンプレートの結晶方位が、ナノチューブの配向を制御します」

浩は、その発想に感銘を受けた。

「それなら...製造時間も短縮できますね」

「はい。シミュレーションでは、従来比48%の時間短縮が可能です」

二人の作業は、驚くほどスムーズに進んでいった。


時刻: 12月20日 午後8時00分

場所: 国連本部地下、IGDE臨時研究室

浩は、軌道エレベータの構造設計を進めていた。

「ケーブルの直径は...1キロメートル。長さは12万キロメートル」

彼は、構造解析ソフトウェアで、ケーブルにかかる応力を計算した。

重力、遠心力、大気抵抗、温度変化。すべての要因を考慮する。

「最大応力点は...静止軌道の手前、高度3万4千キロメートル」

浩は、その点での応力値を確認した。

「62ギガパスカル...ステラーカーボンの引張強度180ギガパスカルなら、安全率は2.9です」

安全率2.9。これは、工学的に十分な余裕だった。

「いける...」

浩は、次の計算に移った。輸送カプセルの設計。

「1回あたりの積載量は...1000トン。上昇速度は...秒速200メートル」

静止軌道まで約3万6千キロメートル。上昇時間は約50時間。

「1基あたり同時運用カプセルは60基。発着間隔は2時間。輸送能力は...実効日量1440万トン」

浩は、計算結果を洋子に見せた。

「これで十分ですかね?」

洋子は、自分の計算結果と照合した。

「余剰水の総量は約31兆トン。1基で日量1440万トン...」

彼女は、頭の中で計算した。31兆割る1440万。割り算。桁を整理して...

「平均稼働率を30%として計算すると、輸送期間は、約170年です」

「170年...」浩が呟いた。「長すぎる。もっと短縮する必要があります」

「輸送カプセルの積載量を増やせば?」

「それは...ケーブルへの負荷が増大します。安全率が下がります」

「では、上昇速度を上げる?」

「それは可能です。秒速200メートルから...400メートルに」

二人は、しばらく沈黙した。そして、ほぼ同時に同じ結論に達した。

「複数基が必要です」

二人は、顔を見合わせた。

「そうですね」浩が言った。「赤道上に複数基を建設すれば...でも、それは第二段階の話です」

「まずは第一基の実現可能性を示すことが重要です」洋子が続けた。

二人は、互いの思考が自然に同期していることに、再び驚きを感じていた。


時刻: 12月21日 午前2時00分

場所: 国連本部、休憩室

12時間が経過していた。二人は、短い休憩を取ることにした。

カフェテリアは閉まっているが、自動販売機でコーヒーを買うことができた。

浩と洋子は、休憩室のソファに座った。

「疲れましたね」洋子が言った。

「ええ。でも、まだ36時間あります」

外に出る時間はなさそうだけどね、と洋子は心の中で思った。このまま地下の研究室に籠もり続けることになる。太陽の光を浴びつつテラスのカフェでのんびりできるのは、いつになるだろう。

二人は、しばらく沈黙した。窓の外では、ニューヨークの夜景が広がっている。しかし、その夜景も、雨に煙っていた。雨で燻る夜景も、美しかった。光の粒が、街の灯りに反射して、幻想的な景色を作り出している。

「堀川さん」洋子が口を開いた。「なぜ、軌道エレベータを研究しているんですか?」

浩は、少し考えて答えた。

「子供の時、祖母に話を聞いたのです」

「祖母?」

「堀川美咲。量子神経動態学の研究者」

洋子は、驚いた表情を見せた。

「堀川美咲博士...存じ上げています。『人間の意識は、宇宙を記述する最も美しいプログラムである』という言葉で有名ですね」

「ご存知なんですか」

「ええ。大学時代、彼女の論文を読みました。意識の情報理論的アプローチ。非常に刺激的でした」

「祖母は言っていました。『宇宙に昇る道を作れば、人類の意識も昇華される』と。子供の頃は意味がわかりませんでしたが...今なら、少し理解できます」

「科学は、単なる技術じゃない」洋子が言った。「人類の可能性そのものですね」

浩は、深く頷いた。

「桜井さんは、なぜ天文学を?」

洋子は、遠くを見るような目をした。

「私は...宇宙が好きなんです。その広大さ、美しさ、そして謎。宇宙を理解することは、自分自身を理解することだと思っています」

彼女は、コーヒーを一口飲んだ。甘いものが欲しい。

「特に、深宇宙。何億光年も離れた場所から届く光。それは、何億年も前の過去からのメッセージです」

「時間を超えた通信...」浩が呟いた。

「ええ。そして今、私たちは、何億年も前の文明からのメッセージを受け取っている。それは、偶然でしょうか?」

浩は、洋子の問いに答えを持っていなかった。

「わかりません。でも...その『メッセージ』を、人類の未来に変えることはできます」

洋子は、微笑んだ。

「そうですね。では、続けましょう」

彼女は、後ろを向きながら言った。照れ隠しのように。

浩も、席を立った。彼もまた、後ろを向きながら研究室へと歩き出した。

二人とも、どちらのセリフがキザだったのか、口には出さなかった。

二人は、研究室に戻った。まだ、やるべきことがたくさんある。


時刻: 12月21日 午前8時00分

場所: 国連本部地下、IGDE臨時研究室

作業を再開してから6時間。二人は、詳細設計の段階に入っていた。

その時、マリアが研究室に入ってきた。彼女の表情は、厳しかった。

「お二人とも、状況が悪化しています」

お茶とケーキのお誘いじゃなさそうね、と洋子は心の中で思った。いつ頃ならできるかなぁ。この危機が終わったら、ゆっくりと甘いものを食べながらおしゃべりしたい。

マリアは、タブレットを二人に見せた。

ニュース映像が流れている。世界各地の被災状況。

「海面上昇は、現在19センチメートル。予測通りのペースです」

次の映像。バングラデシュのダッカ。街の一部が、既に浸水している。

「バングラデシュでは、低地の一部で浸水が始まっています。予防的避難が進められていますが、混乱も起きています」

次の映像。オランダ、アムステルダム。運河の水位が上昇し、一部で溢れ出している。

「オランダでも、防潮堤の補強作業が進められています」

マリアは、タブレットを置いた。

「さらに問題があります。SNS上で、不安を煽る情報が拡散しています」

画面に、宗教団体関連の投稿が表示される。

「中でも特に影響力のある団体が、組織的な情報発信を始めています。『これは神の審判だ』『科学では救えない』という主張です」

マリアの声が、重くなる。

「現時点で数千万人規模に達する可能性があります。政治的な影響も懸念されます」

浩と洋子は、顔を見合わせた。

「社会学者のグループの成果は? 私たちのレポートよりは...状況は変わりますか?」洋子が尋ねた。

「わかりません」マリアは正直に答えた。「しかし、科学的な解決策を示すことも、対抗手段だと考えているのです」

それは解決策じゃないだろう、と浩は心の中で思った。科学的な解決策を示すことは、不安を和らげるかもしれない。しかし、宗教的な信念を持つ人々を説得できるわけではない。

彼女は、二人を見つめた。

「あと12時間。お願いします」

マリアは、研究室を出て行った。

「あのなぁ...」

浩は、ホワイトボードに近づいた。そして、スケジュールを見直し始めた。一部を消し、新しい時間配分を書き込む。

「詳細設計を2時間短縮して...レポート作成に充てるか」

一方、洋子は自分のノートを見ていた。

お茶の時間をどこに確保しようか、と考えていた。午後3時? いや、その時間は詰まっている。夕方6時? それもレポート作成で忙しい。

結局、諦めた。この48時間、お茶の時間はない。

「では、続けましょう」浩が言った。

「ええ」洋子が頷いた。

二人は、再び作業に没頭した。


時刻: 12月21日 午後3時00分

場所: 国連本部地下、IGDE臨時研究室

作業開始から25時間。二人は、レポートの最終章に取り組んでいた。

浩が、建設スケジュールのガントチャートを完成させる。

「第一基の建設期間...18ヶ月。これが実現可能な最短期間です」

洋子が、コスト計算を提示する。

「総建設費...約50兆円。世界のGDPの約0.05%です」

「各国が協力すれば...負担可能な範囲ですね」

二人は、最後のセクションに取り組んでいた。「リスク評価」。

「失敗の可能性は?」洋子が尋ねた。

浩は、正直に答えた。

「ステラーカーボンの開発失敗...20%。建設中の構造破壊...15%。運用中のトラブル...10%」

「総合的な成功確率は?」

「約60%です」

浩は、その数字にもう一度視線を落とした。

計算は合っている。だが、納得しているかどうかは、別の問題だった。

60%。これは、決して高い確率ではない。しかし...

「他の選択肢があるなら乗り換えたい気分だ」

浩は、率直に言った。60%の成功確率。それは、4割の失敗率を意味する。人類の運命を、コイン投げに近い確率に委ねる。

洋子は、浩の正直さに少し驚いた。しかし、同意した。

「私もです。でも、ないんですよね」

「ええ。だから、これをやるしかない」

洋子は、深く息を吸い込んだ。

「わかりました。レポートに記載します」

彼女は、キーボードを叩き始めた。

「本計画は、人類史上最大規模の建設事業である。技術的リスクは存在するが、実行可能性は確認された。成功確率は約60%。しかし、何も行わなければ、海面上昇により人類文明は深刻な打撃を受ける。早期着手が、被害を最小限に抑える鍵となる。」

浩は、その文章を読んだ。そして、頷いた。

「完璧です」(何が、かは、わからないがな)

洋子は、ファイルを保存した。

「レポート、完成しました」

二人は、互いを見た。

25時間。ほとんど休憩なしの作業。しかし、やり遂げた。

152ページのレポート。人類の未来を決めるかもしれない文書。

「お疲れ様でした」洋子が言った。

「こちらこそ」浩が答えた。

二人は、立ち上がった。そして、握手を交わした。

「では、プレゼンテーションの準備をしましょう」

「ええ。3時間後には、科学諮問委員会が始まります」

二人は、最後の仕上げに取りかかった。


時刻: 12月21日 午後6時00分

場所: 国連本部、IGDE科学諮問委員会 会議室

レポートが完成した。総ページ数、152ページ。

目次:

1. 精密化された影響予測

2. 技術的実現可能性

3. 材料科学的基礎(ステラーカーボンの開発)

4. 構造工学的設計

5. 建設工程詳細(第一基)

6. 資源調達計画

7. コスト分析

8. リスク評価

9. 期待される成果

浩と洋子は、科学諮問委員会でプレゼンテーションを行った。

約50名ほどの科学者たちが、真剣な表情でレポートを読んでいる。

質疑応答が始まった。技術的な詳細、リスクの評価、代替案の可能性。様々な質問が飛び交う。

浩と洋子は、一つ一つ丁寧に答えていった。

「予測の精度は向上しました。海面上昇28メートル、誤差±3メートル。これは、桜井博士の観測データと私の軌道計算を統合した結果です」

「ステラーカーボンは、理論上実現可能です。ただし、実証実験が必要です。3ヶ月以内に基礎実験を完了できます」

「建設期間18ヶ月は、AI建設管理システムと量子コンピュータによる最適化を前提としています」

4時間後、議論が終了した。

マリアが、採決を提案した。

「本計画の実行可能性について、採決を行います。賛成の方は?」

50名中、42名が手を挙げた。

「反対の方は?」

5名が手を挙げた。

「棄権の方は?」

3名。

「採決結果。賛成42、反対5、棄権3。本計画は、科学諮問委員会の承認を得ました」

会議室に、拍手が起こった。

マリアは、浩と洋子に向き直った。

「お二人とも、素晴らしい仕事でした。これより、『プロジェクト・アセンション』の準備段階を開始します。正式な承認は、各国政府の同意を待つことになりますが...第一歩を踏み出しました」

賛成者が多かった割には、皆の表情はあまり明るくなかった。60%の成功確率。その数字が、重くのしかかっている。それでも前に進むしかない、という覚悟が、会議室を満たしていた。


時刻: 12月21日 午後10時30分

場所: 国連本部、屋上

浩と洋子は、国連本部の屋上に立っていた。

ニューヨークの夜景が、雨に煙っている。そして、その雨は美しかった。

「やり遂げましたね、一つ目は」洋子が言った。

「ええ。でも...これは始まりに過ぎません」

浩は、空を見上げた。

「これから、本当の戦いが始まります。建設、政治、そして...」

「人類の未来」洋子が続けた。

二人は、しばらく沈黙した。

そして、ほぼ同時に呟いた。

「必ず、成功させます」

二人の声が、完璧に重なった。

浩と洋子は、互いを見た。そして、微笑んだ。

窓の外では、光の雨が降り続けている。その雨は、単なる脅威ではなかった。そうであってほしい、と思わせる美しさだった。

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