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忌み子ミュリエルは、魔国の王に捧げられる  作者: 松うみか
第一章

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第六話 勇者誕生

 ランベルトの執務室は、私室から離れた場所にある。近いほうが利便性は良さそうだが、ランベルトが仕事とプライベートは分けたいと言ったため、そうなったのだとセドリックに聞いたことがある。



 執務室には重厚感のある机と座り心地の良さそうな椅子があり、ランベルトはそこに腰を下ろした。机の両側には壁に沿うように本棚が並び、中にはミュリエルが読めそうなものから異国の言葉で書かれた難読なものまで多種多様な本が置かれている。



 ランベルトは神妙な面持ちで口を開く。


 

「勇者が誕生したらしい」

「……勇者?」

「ほぅ……それはおかしな話ですねぇ」



 セドリックはその言葉だけで違和感に気づいたらしいが、なにがおかしいのかミュリエルにはわからない。小首を傾げていると、ランベルトがわかるように説明を続けた。



「大魔法使いランベルトによる魔王討伐の功績は、すでに王国全土に周っているはずだ。それも五年も前に。にも関わらず、勇者は魔王討伐を宣言しているらしい」



 ようやく理解したミュリエルは、ぽんと手を叩く。討伐対象がいないにも関わらず、勇者が誕生したというのは確かにおかしな話である。



「それはつまり――……ランベルト様が討伐されると」

「ふふっ!」

「セドリック……」



 ランベルトは軽口を叩くセドリックを()めつけ、大きく息をついた。頭が痛いのか、こめかみを揉んでいる。


 だが、ランベルトが討伐されることはないだろう。なにせランベルトは魔王を倒した偉大な大魔法使いだからだ。五年前は自称大魔法使いだったが、五年間も言い続けていれば大魔法使いといえばランベルトという認識に変わっていった。


 

「どこの出身なのかは知らないが、どうやらその勇者も魔王が討伐されたことは知らなかったらしい」

「わたしの村のような場所が他にもあるんですね」



 もっともミュリエルの場合、村がその事実を知らなかったおかげで、こうしてランベルトの下で暮らせているのだが。そんなこと、あのときのミュリエルは想像もしていなかった。



 今となっては魔王討伐の知らせが入らなくて良かったとすら思っている。入っていればきっと、忌み子としての利用価値もなくなったミュリエルは、今頃天に還されていたに違いない。



 そう心の内で考えていたミュリエルは、ランベルトとセドリックがどこか含みのある表情を浮かべていたことには気付かなかった。



「……まあいい。そういうわけで俺はまた出るからな」

「えっ、どうして!?」

「魔法協会に呼び出されてんだよ。勇者が頑なに信じないらしくてな。倒したやつを連れてこいと喚いてるんだと」



 ただでさえ忙しいランベルトを呼びつけるとは、なんとはた迷惑な勇者なのだろう。どこから来たのかは知らないが、無礼にも程がある。ランベルトがどれほど優れた魔法使いか知らないから横柄な態度が取れるのだ。そんな世間知らずの勇者のために、わざわざ行くことないのに――。その勇者とやらの顔を一目見てみたくなる。


 もちろんこれはミュリエルの八つ当たりだ。わかってはいるからこそ、見ず知らずの勇者に心の中で悪態をつくくらいは見逃してほしいと思う。



 きゅっと口をつぐみ、拳を握りしめていると、頭に大きな手が乗せられた。



「……見るからに落ち込むな」



 ぽんぽんと撫でられる。


 勇者に対する怒りはあれど、落ち込んでいたわけではないのだが――。いや、やはり心の片隅に隙間風が吹いたような気持ちはあった。さみしいものはさみしい。



「だって、ランベルト様が王都に行くと、一週間近く帰ってこないじゃないですか」

「移動も転移魔法で済ませてるだろう。ジジイ……魔法協会の会長にも、うちには()()()がいるから長居はできないと伝えてある」



 ランベルトの言葉に引っかかりを覚える。



「……ん? 待ってくださいっ! その()()()にわたしも含まれてますよね!? わたし、もう子どもじゃないんですよっ!」

「そういうところが子どもなんだよ! 土産も買ってくるから、留守番頼むぞ」



 今やこんな大人の話し合いにも参加しているのに、結局最後は子ども扱いされる。仕方のないことだとはわかっている。これまでの特訓で魔力の扱いには慣れたが、聖女になれるほどの力はないのだ。ランベルトは才能を見込んでくれたというのに、ミュリエルは自分の力をうまく引き出せず(くすぶ)っていた。


 ランベルトの手伝いなんてもってのほかで、むしろ足手まといだ。今回に至ってはランベルトにしか解決できない。なんの役にも立てない、自分の無力さに悔しくなる。



「……留守番の間これでも読んでろ」



 肩を落としたミュリエルに、ランベルトが一冊の本を差し出した。


 淡い飴色の表紙は毛羽立っており、表紙の文字はかすれていてところどころしか読みとれない。指先で触れるとかすかにざらつく感触があり、どこか懐かしさを感じるそれはかなりの年月を過ごしてきた一冊だということが見てわかった。



「これは……?」

「今のミュリーなら読める本だ。表紙は摩耗しているが、中身はちゃんと読めるからな。俺が帰るまでに全部目を通しておけ。帰ったら確認するからな」



 今回はどのくらいで帰ってくるのだろうか。勇者次第か、はたまた王都での仕事が一段落したらだろうか。


 ランベルトから預かった本はそこそこの厚みがあった。ランベルトが不在であっても、ミュリエルの一日が大きく変わることはない。双子と遊んで、セドリックに礼儀作法の教えを請う。それから魔力操作の特訓をしているため、丸一日自由に使える時間はないのだが。隙間時間や眠る前に少しずつ読み進めていけば、ランベルトが帰るまでには読み終えられるだろう。



「わかりました」



 ぎゅっと本を胸に抱き寄せ、頷いた。


 そしてランベルトはセドリックにいくつか留守の間の命を出すと、慣れた手つきで魔法陣を展開し、(まばゆ)い光とともに颯爽と姿を消したのだった。

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