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忌み子ミュリエルは、魔国の王に捧げられる  作者: 松うみか
第一章

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第四話 魔国での日々

 魔国での生活は、ミュリエルにとって新鮮で、心躍る出来事の連続だった。




 はじめにランベルトから言われたことは、よく食べ、よく学び、よく遊び、よく眠れということだった。

 よく食べるためには頭を使い、身体を動かして腹を空かせなければならない。頭を使い、身体を動かすためにはよく食べ、よく眠らなければならない。すべては循環しており、何かが欠けては何一つとして身にならないと、そう言われた。



 ただでさえミュリエルは厄介な居候の身だ。遊ぶなど言語道断だと固辞したのだが――。



「双子の相手をするのはお前の仕事だ。仕事である以上、全力でやれ。言っておくが、あいつらはなかなかしつこいからな。生半可な覚悟じゃついていけないぞ。それに、本来セドリックは俺の優秀な補佐官であり、双子のお守役じゃないんだ」



 仕事と命じられては断れなかった。

 ミュリエルは毎日全力で双子と遊んだ。



 その日もミュリエルは双子を連れて、魔王城近くの草原に花を摘みに来ていた。

 魔国と言えば禍々しく暗い印象を抱いていたのだが、元は魔国ではなかっただけに日当たりがいい場所もあり、緑の草原には色とりどりの小さな花々が咲いている。


 先日はきのみを拾いに行った。きのみを拾うような年ではない上、全力で双子の相手をすることがミュリエルにとっての仕事なのだが、気づけばユールバートとエルーシャと同じくらい熱中していた。年齢に見合わず恥ずかしいことだとは思うが、双子はミュリエルをからかうこともなく、純粋に遊んでくれている。


 ちなみに草原はイルーヴ村に繋がる森とは真逆の場所だ。あの日以降、あの森には近づいてはいない。ランベルトから直々に禁止令が出たからだ。万が一にもミュリエルが生きていることが知られれば、何をされるかわからないからだという。確かに、魔王に捧げたはずの娘が生きていれば、村の大人たちが発狂することは想像に難くなかった。



「ひとのこ、おはなとる」

「ひとのこ、おはなとるだわね」

「人の子じゃなくて、ミュリエルだよ」



 双子はランベルトのことを『魔王』というように、ミュリエルのこともなかなか名前で呼んでくれない。


 少しの寂しさを覚えつつ、二人ともっと仲良くなればいつか呼んでもらえるかもしれない。そんな希望を抱きながら、双子にならって花を摘むことにした。お守もあるため、完全に目を離すわけにはいかない。二人の様子をうかがえば、ぷくぷくの小さな手に花を握りしめ、黙々と花を摘んでいた。



 ミュリエルはふとあることを思いついた。

 様子を見つつ、手を動かしていく。



「ユール、エルー」



 ミュリエルは双子の頭の上に、白い花で編んだ花冠をそっと載せた。



「やっぱり似合う。すっごく可愛い」



 一度やってみたかったのだ。薄紅色の髪に白の花冠を載せた姿は、まるで天使のようだ。とても可愛くて、ミュリエルの心がときめく。だが、双子はきょとんとしたまま互いに顔を見合わせている。あまり嬉しくなさそうな二人に、はっとする。



「あ……えと……ごめん。嫌だったよね……」



 余計なことをしてしまったかもしれないと、二人の頭に載せた花冠を取ろうとする。だが、花冠に触れる前に小さな手がミュリエルの手を拒んだ。



「やじゃない……ミュリー、ありがと」

「やじゃないだわね…………ミュリー、ありがとうだわね」



 ユールバートとエルーシャは、とびっきりの笑顔を見せてくれた。

 じんわりと温かなぬくもりが広がっていく。



(うれしい……)



 双子と遊ぶ時間は、ミュリエルにとってこれまで得られなかった感情を満たす特別な時間になった。











 読み書きや礼儀作法はセドリックに教わった。


 その日は習った文字のテストをした。

 ミュリエルは文字を読むことはできたが、書くことはできなかった。文字を書くことは忌み子にとって必要のないことだったからだ。村に残された伝記を何度も読まされた。他の子どもたちが絵本を読んでいる中、ミュリエルは忌み子がどれほど災いの種なのか、村に及ぼす影響がどれほど恐ろしいものなのか、そんな話を読んでいた。暗唱できるまで読まされ、できなければ折檻された。


 採点を待つ間のこの静寂が、胸の奥で妙な緊張感を孕んでいた。



「素晴らしいですね。ミュリエルは飲み込みが早い。教え甲斐がありますよ」



 ふっと表情を和らげたセドリックが、ミュリエルの頭を撫でる。

 今までは”できて当たり前”でなければならなかった。褒められたことなど一度たりともなかった。初めて褒められてどうしていいのかわからない。それでも、なんだか胸の奥がくすぐったくて、思わず顔がにやけてしまう。


 ただ一つだけ言うとすれば――。



「ではこの調子で、次はこちらのテキストを終わらせますよ。あとは――……」



 どんっとミュリエルの前にテキストの山が置かれた。

 セドリックはスパルタでもあった。










 そしてランベルトからは魔法について学んだ。


 魔法使いとは、生まれつき魔力を持ち、魔法を使うことができる人間のことを指す。魔王や魔族とは異なる魔力回路を持っており、攻撃や防御のほか、はるか遠くを見ることができる能力や他人の考えを読む能力など、魔法使いによって様々な能力があるらしい。



「もっとも――大魔法使いはこの俺の他にはいないがな」



 そう付け足したランベルトは誇らしげだ。



(まあ、「大魔法使い」っていうのは、ランベルト様が勝手に名乗ってるだけだし……)



 セドリックの言葉を思い出したが、ミュリエルは余計なことは言わないでおいた。






 ランベルトから説明を受け、試しにやってみる。

 目を閉じて魔力の源を感じ取る。それから魔力の流れをつかみ、手のひらに集めるイメージを膨らませた。すると手にほんのりと力が宿り、かすかに光が揺れていた。



「ほぅ……。やはりな」



 ランベルトは感心したように頷く。



「俺が見込んだ通り、ミュリエルは聖女になれる素質があるな」



 魔法使いではなく、聖女――。

 ランベルトが言うには、聖女の魔力には特徴があるという。他人を傷つけるような魔力はないが、守り、癒やす力があるという。



「柔らかな光がその証拠だ」



 ミュリエルの手で揺らいでいる光を見つめる。思ってもみなかった力に、胸の奥に光が差し込んだような気持ちになる。



「聖女になれたら、ランベルト様のお役に立てますか……?」

「俺の役に立とうとするな」



 ぴしゃりと拒絶され、ミュリエルの心の奥で見え隠れする卑しい感情を見透かされた気がして恥ずかしくなった。


 いくら居心地がいいからと言っても、ずっと魔国にいられるわけではないことはミュリエルにもわかっていた。ミュリエルはただ保護してもらっただけに過ぎないのだ。いつかはここを去らなければならないだろう。

 ランベルトだって、いつまでも魔国にいるわけではないのだ。王となりうる者が現れれば、仮初の統率者の役目は終わり、ランベルトは王都へ帰ってしまう。ランベルトが帰れば、セドリックも着いていくだろう。そうすればユールバートもエルーシャもきっと――ミュリエルを置いて行ってしまうかもしれない。


 いつの間にか俯いていたミュリエルの頭に、大きな手が乗せられた。



「お前はもう誰かの犠牲にならなくていいんだ。地に足をつけ、自分で歩んでいくんだ。そのためにここに置いている。聖女として生きていくかどうかは、役に立つか立たないかではなく、自分がやりたいかやりたくないかで決めろ」



 ランベルトの言葉に金瞳(きんどう)を大きく見開いた。



(自分がやりたいかやりたくないか……)



 そんなこと考えたこともなかった。ミュリエルは村のために、その身を賭して役に立たなければならなかった。自分の意思など持ってはならなかった。けれどもうそんなこと気にしなくて良かったのだ。忌み子はもういない。ミュリエルは自分で考え、決め、行動する自由がある。


 ランベルトはわしゃわしゃとミュリエルの頭を撫でる。



「ま、素質があると言っただけで、使いこなせるかどうかは別の話だしな」



 意地悪な少年のようにニイッと歯を見せる。



「……使いこなしてみせます。大魔法使いのランベルト様に教わるんですから」



 生意気だったかもしれない。けれど、ランベルトの反応は悪くなかった。



 ミュリエルはそっと胸に手を当てる。

 この先どうなりたいのか、今はまだはっきりとはわからない。ただ、これだけは言える。




 ――ずっとここにいたい。




 ユールバートとエルーシャと全力で遊ぶことも。

 セドリックから読み書きや礼儀作法を学ぶことも。

 ランベルトから魔法を学ぶことも。


 彼らと過ごすかけがえのない日々が、忌み子として生まれ育ったミュリエルの未来を照らしてくれたから――。

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