1-3 大魔法使い『ランベルト』
「はあ……」
「なんだその反応は」
「いや、その……。大魔法使いさまって、どんなのだろうと思って……」
魔法使いはなんとなく知っている。確か人間離れした超常的能力を持っており、どこからともなく火や水を繰り出せるのだという。だがそれは悪魔に魂を売った引き換えに得た能力のため、魔王や魔族と同じ恐ろしい人種であると、村の大人がミュリエルを尻目に子どもたちに説明していた。
ということは、この男はそんな不可思議な能力を持っているということだ。それもただの魔法使いではなく、大魔法使いと名乗った。
魔法使いにすら会ったことのないミュリエルには、その違いがわからなかった。
「無理もありませんよ。なにせ大魔法使いというのはランベルト様が勝手に名乗っているだけで、正式な役職ではありませんからね」
「セドリック!」
セド改め、セドリックがにこやかに笑みを浮かべると、ランベルトはそれを咎めた。
セドリックの説明によれば、王都には魔法協会という魔法使いを取りまとめた団体があるのだという。魔法協会には七人の役職を持つ魔法使いがいて、ランベルトはそのトップである会長直属の部下なのだという。ただ、会長直属の部下であっても魔法使いのままのため、他の魔法使いたちとの差別化を図りたくて勝手に名乗っているらしい。
「では、他の魔法使いさまとあまり変わらない……?」
「そんなわけないだろう! 俺はそんじょそこらの魔法使いとは違う!」
ランベルトは意地になっている。
なんだろう。ランベルトが魔王ではないとわかったからなのか、それとも時折見せる言動に幼さを感じるからなのか、はっきりとはわからないが、不思議とミュリエルの恐怖心は鳴りを潜めつつあった。
「それは同意です。ランベルト様は人間にしては異常ですから」
「お前はさっきから俺を侮辱しているのか?」
「まさか! 尊敬してやみませんよ。エルフの私よりも膨大な魔力を持った人間なんて、今やランベルト様以外おりませんからね」
「……まあ、いい。わかったか、娘!」
ランベルトとセドリックの応酬が続いていたのに、突然話を振られたミュリエルは咄嗟に背筋を伸ばした。
「ええと……大魔法使いさまは魔法使いさまに比べて、とってもすごい人、ということですか?」
「まあ、そういう認識でいい」
おずおずと答えれば、ランベルトは満足げに口角を上げた。
この大魔法使いの機嫌を取るのは意外と簡単かもしれないと心の隅で思いつつ、次の疑問を投げかける。
「その……、大魔法使いさまがどうして魔王さまをされているのでしょう?」
「別に俺は魔王をやっているわけじゃない……」
ランベルトは心外だと言わんばかりに両手を組んでうなだれた。その後ろでは双子が吹き出しそうになっているのをセドリックが塞いでいる。それをキッと一瞥した後、「ただ――」と話を続けた。
「魔王がいなくなったことにより、この国の統制が取れなくなってしまってな。この国が本来のあるべき姿に戻るまで、俺が仮初の統率者として据えられることになってしまったんだ」
「本来のあるべき姿……?」
ランベルトの言葉に引っかかりを覚える。
ここは魔国と呼ばれているはずだ。少なくともイルーヴ村ではそう呼んでいた。村から魔物の森を抜けた先にあるのが、魔王が暮らすこの国だ。もうずっと魔王はこの地に君臨していたと聞いていたのだが――。
「ここは元々、様々な種族が暮らしていた一つの国でな。人間とは種族がちがうからと迫害されたエルフや精霊、一部の温厚な魔族も暮らしていた。一説によれば、天界から指令を受けた高位な種族もいたと言われている」
もっともそれは気が遠くなるほど大昔の話だと言い、ランベルトは話を続けた。
「だが、魔王に乗っ取られてしまったがゆえ、魔国と呼ばれるようになった。魔王の手により奴隷となった種族もいる。もちろん解放してやったが、奴らの故郷はもうない。だからせめて元の国とまではいかなくとも、迫害された種族が共存できる国にはしたいと思っている」
そんな話は初めて聞いた。
イルーヴ村のすぐ近くにあったのに、魔国のことをなにも知らなかった。魔王や魔族は一緒くたに恐ろしいものと信じて疑わなかった。
これまでの自分の価値観がひっくり返ることばかりで、混乱していないと言えば嘘になる。けれど不思議と抵抗感はなかった。
ちなみにセドリックもエルフだという。エルフは長命で耳が長いのが特徴で、魔法も使えるらしい。セドリックは上位の魔法使いであり、ランベルトの部下だそうだ。
「つまり、ランベルト様は能力が高いがゆえに難なく魔王を倒してしまわれましたが、その後の後始末を命じられているというわけです」
人差し指を立てるセドリックに、ランベルトは顔を歪めながら「まあそういうことだ」と呟いた。
不本意とばかりの態度ではあるが、ランベルトの口ぶりからして仮初であっても統率者に選ばれた理由がわかる気がした。だが、
「ランベルトさまは、まおうさま!」
「あたらしいまおうさまだわね!」
「だから、魔王ではない!」
双子に茶化され、いまいちランベルトの格好がつかない。
もはやミュリエルが最初に抱いた、ランベルトに対する近寄りがたい威圧感は跡形もなく消え去っていた。
「まこくのおうさま」
「りゃくして、まおうさまだわね」
したり顔で言った双子は、きゃっきゃと楽しげである。
ユールとエルーは魔族や魔物の王という意味ではなく、『魔国の新しい王様』という意味で『魔王様』と呼んでいたらしい。なるほど、と納得すると同時に、心の奥がほっとした。
だがミュリエルの心とは裏腹に、不穏な静寂が流れ始める。
さっきまで双子の言葉を逐一否定していたにも関わらず、ランベルトが黙ってしまったからだと知ってももう遅い。
「セドリック」
「はい。ランベルト様」
セドリックは澄ました顔で答えると、両脇に双子を抱えた。
「!? セド、はなせー!」
「!? セド、はなすだわねー!」
ばたばたと暴れる双子。だが少しも微動だにすることなく、セドリックはそのまま双子を連れて出ていった。
ランベルトは「やっと静かになった」とぼやくと、大きなため息をついた。
そして、ミュリエルに赤と金の瞳を向けた。その赤と金の瞳の美しさに吸い込まれそうで、どきりと胸が跳ねる。
「……俺もお前に聞きたいことがある」
「はい」
ミュリエルは背筋を伸ばす。
「お前を連れてきたのはあの双子なんだが――お前はなぜ縛られていた?」
幼子の二人がどうやって運んできたのか疑問はあるものの、ミュリエルは口を開いた。
「わたしは、魔王さまに捧げられる贄として生まれました。わたしの村では、贄は誕生日と満月が重なる日に魔王さまに捧げられる決まりがあります。その掟に背くと村が襲われてしまうのです。でもあの日、魔王さまの使いはわたしを迎えに来なかった。だから、おとう……村の大人たちがわたしを木にくくりました」
ランベルトは瞳を大きくすることも、相槌を打つこともしなかった。ただずっと表情も変えず、黙りこくったままだった。なにを考えているのかわからず、ミュリエルは捉えられた視線から逃れるように下を向いた。
膝の上にある手を絡めていると、ようやく静寂が破られた。
「……お前、名は?」
「ミュリエル、です」
「ほう? 碌でもない村だと思ったが、名付けだけは良いようだな」
感心したような驚きを見せるランベルトに、ミュリエルはかぶりを振った。
「ミュリエルは『魔王に愛された忌み子』という意味だから……」
「魔王に愛された忌み子だと?」
器用に片眉をぴくりと上げたかと思えば、次の瞬間には馬鹿にしたかのように鼻で笑った。
「……お前の村を跡形もなく消してやりたくなったな」
まるで魔王のような恐ろしい言葉を吐き捨てたランベルトに、ひゅっと息を呑む。
「だ、だめですっ!!」
「まあ、冗談だ」
少しも冗談に聞こえないのは気のせいだろうか。ランベルトから黒く淀んだ禍々しい雰囲気を感じる。
「だが、お前は村での扱いも良いものではなかったのだろう? それなのになぜ、村を守ろうとする?」
「それは……わたしが、お母さまのお腹の子を殺して、その魂を乗っ取ったから……です。わたしを産んだお母さまは、わたしの金の瞳をみてショックを受けて、今もずっと寝込んでて……。わたしはお父さまの大切な人を二人も壊してしまった、魔に魅入られた子なのです。だから、これ以上、わたしのせいで何かが壊れるのは嫌なんです」
ミュリエルを産んだ母は、忌み子を産んだと言われ精神を病んだ。仕方のないことなのだ。イルーヴ村では珍しいことではないのだから。母が魔族との間に子を作ったと言う者もいたらしいが、次第にそんな話はなくなったという。
悪魔がお腹の子を殺した。ミュリエルは生まれながらの人殺しだと言われた。
両親も愛する子を殺した悪魔を、生かしたくはなかっただろう。すぐにでも八つ裂きにしてやりたかっただろう。
けれど、魔王に愛されたミュリエルを殺すことは、村を崩壊させることと同義だった。
父は歯を食いしばりながら育ててくれた。
だからもう、ミュリエルはなにも壊したくなかった。
ぎゅっと膝の上に置いた手を握りしめる。
「ミュリエル」
ランベルトから初めて名前を呼ばれ、ぱっと顔を上げた。感じたことのない高揚感がじわりと胸に広がる。
「お前に三つ良いことを教えてやろう」
ランベルトは再び少年のような笑みを浮かべた。
「一つはお前の名だ。ミュリエルとは本来『神に愛された光の子』という意味がある」
「神に愛された光の子……?」
「それには理由があってな。かつてヴィニラゴン王国に存在したとされる偉大な聖女と同じ名だ」
ずっと忌み子と呼ばれて生きてきた。
子殺しの悪魔と呼ばれて生きてきた。
だからミュリエルも魔王に愛された忌み子と信じて疑わなかった。
そう思っていたのに――。
ミュリエルの胸から熱いものが込み上げてくる。唇が歪んでしまうのを必死に堪える。
「二つ目はその瞳の色だ。金瞳は魔王や魔族だけの目ではないし、魔に魅入られた者が持つ目でもない。金瞳はより特異な魔力を持つ者に与えられる特別な瞳だ。閉鎖的な村では忌むべき代物だったのかもしれんが、王都では金瞳も含め魔力を持つ者は魔法使いとして活躍している。俺もそのうちの一人だ」
この金瞳がすべての発端だった。
金瞳で生まれなければ、母は精神を病むことはなかった。両親に愛されていたはずだった。
だから自分の瞳を呪った。恨んだ。
けれど、世界は広かったらしい。
金の瞳から雫がぽたぽたとこぼれ落ちる。止められなかった。
「だからな、ミュリエルは忌み子ではないし、魔王なんぞに食われて命を散らす必要はない」
「でも、そうしたら、わたしは……」
ミュリエルは食べられるためだけに生まれ育った。
ここで人生が終わるはずだった。
この先のことなど考えたこともない。
そして、帰る場所もない――。
村から出たこともないミュリエルは、右も左もわからない。
視線を彷徨わせるミュリエルに、ランベルトは言った。
「そこで三つ目だ。お前、ここで暮らせ」
「え……?」
ランベルトからの思わぬ提案に、ミュリエルの涙が止まった。
「お前はここで多くのことを学べ。知識をつけろ。歴史を学べ。己の力を操り、世界を知れ。それがミュリエル、これからお前がやるべき使命だ」
まるで有無を言わせない物言いだが、それがミュリエルにとってはありがたかった。
魔王に捧げられることで、子殺しの罪を償えると思っていた。
それがなし得なくなったミュリエルに、新たな道を示してくれた。
「……置いてもらえるのですか?」
「本来の目的が果たせなかったお前に、帰る場所も行く当てもないだろう。それに、その瞳で生まれたお前には間違いなく魔力がある。この俺が保証する」
堂々としたランベルトの言葉は、生まれて初めて生きる希望を与えてくれた。
「ありがとうございます、魔王さま……じゃない。えっと……」
「…………ランベルトでいい」
「ありがとうございます、ランベルトさま」
ミュリエルは涙を流しながら、ぎこちなく口角を上げた。
ランベルトは優しい手つきでそっと涙を掬った。途端にどきりと心臓が跳ね、顔が真っ赤に染まっていく。その様子をランベルトはくくっとおかしそうに笑った。
知らない感情がミュリエルの心を満たしていく――。
こうして忌み子ミュリエルは十三年でその役目を終えた。
そして、魔国の仮初の王である大魔法使いランベルトによって、新たな人生を歩むことになったのだった。




