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忌み子ミュリエルは、魔国の王に捧げられる  作者: 松うみか
第一章

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第一話 忌み子『ミュリエル』

 ミュリエルは今日、誕生日を迎えた。





 この日のためにミュリエルの住む村では、何年も前から準備を進めてきた。それこそ、ミュリエルが誕生したあの日からずっと、綿密な計画を立ててきた。


 いつもは飾り気もない素朴な小さい村だが、今日は村人にとって記念すべき祝福の日である。村から森へと繋がる道にはランタンが灯され、入口には様々な植物の蔓を絡ませた緑のアーチが置かれていた。



 ミュリエルは村人たちが準備を進めている姿を横目に見つつ、自身も村の女たちの手を借りて身支度をしていた。

 身を清め、白い装束に袖を通した。衣装は滑らかな肌触りで、袖口には金糸で蔓のような模様の刺繍が施してある。この村に古くから伝わる模様らしく、村の女たちは皆刺せるらしい。らしいというのは、ミュリエルが実際に見たわけではなく、村人が話しているのを偶然聞いたに過ぎないからだ。なによりミュリエル自身、この蔓模様どころか刺繍自体刺したことがない。それはミュリエルにとって、覚える必要がないことだからだ。



 ミュリエルは椅子に座らせられると、腰まである長い髪をていねいに梳かれた。白金色のウェーブがかった髪が艶を帯びる。

 仕上げに紅をさせば、準備は終わりだ。

 だが、いくら待てど紅は引かれず一向に終わらない。


 ミュリエルは目の前にいる若い女を見た。女の手の中にある小さな貝殻がガクガクと震えている。もちろんこれは生きている貝ではない。中には鮮やかな紅が入っている。

 女はごくんと生唾を飲み込むと、覚悟を決めたように薬指で紅を取り、ミュリエルの口元へと近づけた。震える指がミュリエルの唇に触れる寸前――。



「ひぃッ!!」



 女がひきつれた悲鳴をあげた。

 恐れの色を宿した女の視線の先には、彼女の手首を握り動きを止めたミュリエルの手があった。


 ミュリエルが覗き込むようにゆっくり視線を合わせると、女の瞳孔が大きく開き、ぜえぜえと呼吸が荒くなる。



 紅の入った貝殻が、かちゃりと音を立てて滑り落ちた。

 


「……自分でやる」



 ミュリエルは女の手を解放し貝殻を拾い上げると、自分でさっと紅を引いた。



 冷めた目で女を一瞥する。

 両手でその身を掻き抱いたまま震え咽び泣く女は、己よりも一回りも年下の小娘相手に恐れ、ひどく怯えていた。



 もっとも、それはこの女だけではない。

 このイルーヴ村に住まう全員がミュリエルを畏怖の対象と思っている。



 村の女達は(くずお)れた女に駆け寄ると、落ち着かせるよう背をさすり慰めの言葉を紡いだ。騒ぎを聞きつけ駆けつけた村の男たちは、切っ先の鋭利な槍をミュリエルに向けた。村の女にしろ男にしろその目には、ミュリエルを忌み、(いと)い、恐れの感情を孕んでいた。



 だがそれも仕方のないことだろう。

 なぜならミュリエルは、魔物と同じ金瞳(きんどう)を持って生まれた忌み子なのだから――。





 イルーヴ村はヴィニラゴン王国辺境にある小さな村で、魔物たちの住む森への入口が存在している。

 もっともその入口は、ある日突然魔族たちの手によって開かれたもので、イルーヴ村に住む人々にとっては青天の霹靂のような出来事だった。それ以降、イルーヴ村では魔族や魔物による襲撃を受けていた。

 最初こそ田畑が荒らされる程度の被害だったが、次第に魔族や魔物たちは人を襲うようになった。人を嬲り、切り裂き、喰らう。抵抗したとて、体の作りが異なる彼らに歯が立つ者などいなかった。



 けれど、ある時を境に襲撃がぴたりと止んだのだ。

 そしてちょうどその頃、イルーヴ村にとある掟ができた。



金瞳(きんどう)の子は魔王に愛された忌み子。無垢なまま育て、誕生日と満月が重なる日に魔王に献上する。さすれば、イルーヴ村と村人が襲われることはない』



 イルーヴ村では時折、両親と異なる瞳を持って生まれてくる子がいる。それが掟にある『金瞳(きんどう)の子』だ。


 なぜ金瞳(きんどう)の子が生まれるのか、なぜ金瞳(きんどう)の子が魔王に愛されるのかは分かっていないが、とにかくこの因習が続いてきたのは、金瞳(きんどう)の子を捧げることによって魔族や魔物の被害を受けることがなくなったからだろう。



 金瞳(きんどう)の子は、魔の者からすれば大変甘美な存在らしい。



 そんな因習が続くイルーヴ村に、ミュリエルは金瞳(きんどう)を持って生まれてきた。

 今日はミュリエルの誕生日で、満月と重なる日。つまり、人生最期の日になる。



 閉鎖的なイルーヴ村を取り囲む山々に、燃えるような夕陽が沈んでいく。

 宵の口に魔王の使いが迎えにくるらしい。

 魔王に献上するための準備は整った。



 女たちから離れたミュリエルは、すぐさま村の男に後ろで手首をきつく縛られた。ギシ、と縄が軋み、柔肌に痛みが走る。

 村の男たちが槍を持ってミュリエルを取り囲む。


 

「進め」



 縄を持った男に言われ、ランタンが灯る道を歩き始めた。


 まるで罪人のようだと思うが、抵抗する気はない。

 村の男たちの中に、忌み子だと知りながらも声をかけてくれた同年代の子どもがいた。だが、彼ももうミュリエルとは目を合わせない。ミュリエルもだからといってどうという感情も湧かない。最期にこの地を踏み締める感慨深さなど、微塵もない。彩られた村の景色など、どうでもいい。



 ミュリエルは何も考えず、ただ黙って己の役目を果たすだけ。







 魔物たちの住まう森の入り口は、村からそう遠くはなかった。

 普段は森の入り口も禁足地とされているため、近づいたのはこれが最初で最後になる。



 大人たちは最初こそ緊張の面持ちで魔王の使いを待っていたが、闇が深まり月が昇るにつれ、困惑の表情を浮かべ始めた。



「なぜ、来ないんだ?」

「こんなこと聞いてないぞ!」

「どうする?」

「どうする何も……」

「……………………」



 大人たちの困惑も仕方ない。

 待てど暮らせど、誰も忌み子を引き取りに来ないのだから。

 こんな不測の事態はイルーヴ村に伝わる歴史上初めてのことで、大人たちもミュリエルの処遇を決めかねているらしい。



 予想だにしない出来事にその場で話し合いが始まったが、しばらくするとミュリエルの縄を持っていた男が声を上げた。



「後になって村を襲いに来られては困る。()()は森の木に縛りつけておこう」



 縄を持った男の言葉に、周りの男たちは安堵の色を浮かべた。



 ミュリエルはちらりと縄を持った男を見る。

 男はまるで子を殺した(かたき)を見るような目でミュリエルを睨みつけたが、すぐに視線を逸らした。



(最期まで、名前すら呼んでくれないのですね――お父さま)



 ミュリエルは男の――父親の言葉通り大きな木に縛り付けられると、魔物の住む森に一人置き去りにされたのだった。





 魔物の森には当然灯りなどなく、唯一輝くのは闇夜に昇る満月だけ。それすらも雲に覆い隠されると、途端に目の前が黒いベールで覆われたかのように何も見えなくなる。肌を撫でる風もひんやりとしており、木々が揺れる音が薄気味悪い。



 これほどまでにきつく縛りつけずとも、逃げる気などはなから頭にないというのに。身動ぐ(みじろ)ことも許されないほどきつく縛られたミュリエルは、目の前の変わり映えのしない景色をぼんやりと眺めていた。眺めたとて目の前は薄闇が広がっているだけだ。少し目が慣れても、森というだけあって木しかない。もしかしたら魔物が潜んでいるかもしれないが、月が真上に移動しても魔物が現れることはなかった。

 


 魔王は、醜い造形の異形だといわれている。

 人間など踏み潰せるほど巨躯の持ち主で、頭には角が生え、鋭い牙を持ち、爪先は槍のようになっているという。角で一突きされれば人間は串刺しのようになり、牙で喰まれれば骨をも噛み砕き、鋭利な爪先で軽く刺されたとしても風穴が開くのだとか。魔王とは、人間とは大きく異なる畏怖の存在として言い伝えられてきた。



 喰われる時は丸呑みなのだろうか。それとも、嬲り殺してから喰われるのか。はたまた、肢体を喰いちぎり、舌先でじっくりと甘美な血を味わうのだろうか、とミュリエルはぼんやり思う。


 魔王に喰われる覚悟はとうの昔にできていた。けれど、死ぬ前に本心を吐くことが許されるならば、いくら魔王に捧げられるためだけに生まれてきたとはいえ、痛い思いはしたくない。できれば丸呑みにしてほしいが、献上品であるミュリエルの願いなど聞いてくれるはずもないだろう。


 ならば、寝ている間に何もかも終わっている方が良いかもしれない。そう腹を括れば、途端に眠気が押し寄せてきた。そもそも今日という日のためにミュリエルは前日から断食しており、朝は太陽が登るよりも早くから支度をしていたのだ。体力の限界である。



 うとうとと遠ざかる意識の中、闇の中で何かがキラキラと光って見えた。

 けれど、それが何かを確かめる気力はもう残っていなかった。

 瞼の重みに負け、瞳を閉じた。



 怪しげな光が、ミュリエルに近づいているとも知らずに――――。





 低木の隙間からひょこっと、小さな頭が二つ飛び出した。



「ひとのこ?」

「ひとのこだわね」



 二人は木に縛られているミュリエルを見つけ、顔を見合わせた。

 しばらく様子を伺っていたが、ミュリエルが眠っていると分かると手を繋いでそばまでやってきて、物珍しそうな目で人の子を観察し始めた。



「きれいなひとのこ」

「きれいなひとのこだわね」



 くるくると木のまわりを周って、四方八方からミュリエルを見る。



「エルー、どうする?」

「ユール、どうするだわね」



 金と赤の瞳が交差する。二人は同時にこくりと頷いた。



「つれていこう」

「つれていくだわね」



 二人は小さな手をミュリエルにかざすと、金と赤の光が暗闇の中で輝いた。次の瞬間には、ミュリエルを縛っていた縄がまるで刃物で切ったかのようにばらばらになってその場に落ちた。自由になったミュリエルは地面に叩きつけられることはなく、重力に逆らった動きで、ゆっくりと地面に横たわった。



「きょう、いっぱいひろった」

「ひろっただわね」



 二人はほくほくとした笑みで、服のポケットを叩いた。中には木の実や葉っぱが溢れそうなほど入っている。

 


「ひとのこもひろった」

「ひろっただわね」



 金と赤の瞳がミュリエルを捉え、光る。その瞬間、ミュリエルの身体がふわりと浮かんだ。



「まおうさま、よろこぶ」

「まおうさま、よろこぶだわね」



 金と赤の目を持つ小さき者たちは手を繋ぎ、ミュリエルを森の奥深くへと連れて行った。

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