2-4 忌み子と魔王の子
「もしかしてランベルトさまのこと!?」
どうしてダンがランベルトのことを知っているのだろう。
確かに魔王討伐の立役者であるランベルトは有名だ。名前や特徴だけなら一方的に知っていてもおかしくはない。けれど、ダンのあの口ぶりは、実際に会ったことのある者の言い方だった。
ダンは憎々しげに顔を歪める。
「あの魔王に”様”なんて付けてんのか?」
ミュリエルはむっと顔を強張らせた。
「ランベルトさまは魔王じゃないわ! 魔王を倒すという人類の悲願を果たして、わたしを助けてくれた大魔法使いなのよ!?」
「いいや、お前は騙されてる! あいつこそ人間の皮をかぶった魔王なんだ!」
「そんなはずない! 誤解しているのはダンの方よ!」
ダンがなぜランベルトのことを『魔王』と勘違いしているかはわからないが、どうしても聞き捨てならなかった。
ユールバートとエルーシャも『魔王』と呼んでいるが、あの二人からは面白がっている雰囲気はあれど、ランベルトに対する嫌悪感は一切見受けられない。だがダンは――まるでミュリエルの父のように、大切な人を傷つけられたかのような憎悪が込められていた。
ぎりぎりとにらみ合いが続く中、先に視線を逸らしたのはダンだった。
「言い合いをしに来たんじゃないのにな……」
大きく息を吐いて、ぼそりとごちる。
それから淡い栗色の瞳を、もう一度ミュリエルに向ける。
「……俺は魔王を討ち、お前の敵を取るために勇者になった」
「……ええっ!? 勇者って、この間誕生したっていうあの勇者!?」
ミュリエルが聞き返すと、ダンは頷いた。
勇者が誕生した時、ランベルトと離れたくなかったミュリエルは、はた迷惑で無礼なその勇者の顔を見てみたいと思っていたが、まさか見たことがある顔とは思いもしなかった。
それがミュリエルの敵を取るためだったと言われてしまえば、バツが悪い気持ちになる。
そういえば――ダンは昔から異端だったことを思い出した。ただでさえ忌み嫌われるミュリエルと接していたことも異様ではあったが、イルーヴ村で生まれ育ったにも関わらず、ただ一人だけ生贄制度に否やを唱えていたのがダンだった。そのたびにミュリエルが折檻を受ける羽目になっていたのだが。
ミュリエルはひしと、自分の身体を抱きしめるように腕を絡めた。
それにしても、よくあの村を出る決意をしたものだ。いや、それ以上に疑問に思う。
「どうして?」
ミュリエルは目線だけを淡い栗色の瞳に向けた。
「そんなの……わかるだろう?」
ダンは口元を隠しながら、ふいと顔を背けた。耳が赤くなっている。
(…………わからない)
残念ながらわからない。わからないから聞いている。
村にいた頃からダンの行動原理がまるでわからなかったのに、未だに教えてもらえないとは。
じとっとした瞳で見やると、
「お前、鈍いって言われないか?」
「……言われない」
ミュリエルは決して鈍くない。鈍いのはランベルトだ。
ぽりぽりと後頭部を掻いていたダンは「まあ、いい」と言うと、その手をミュリエルに伸ばした。
「そういうわけだ。あいつがいないうちに、俺と帰ろう」
「帰るって、どこに?」
「イルーヴ村だ」
その瞬間、再び心臓が嫌な音を立てた。指先が冷たくなっていく。
「安心してくれ。金瞳は魔族だけのものではないことは、もうみんなに説明してきた。大昔には金瞳の聖女もいたそうだ。その話をしたら、みんな驚いていたよ。お前の両親も泣いて喜んでた。特におばさんなんてさ、起き上がれたんだ!」
(お母さまが――?)
ミュリエルは瞳を揺らす。
「だから、な? 俺と帰ろう、ミュリエル」
もしダンの言葉が本当なのだとしたら、ミュリエルは――――。
ミュリエルが手を動かそうとした、その時。
「えーん、もうつかれたー」
「あーん、もうつかれただわねー」
半べそをかいた双子がやってきた。
ランベルトは双子にも等しく罰を与えていた。双子への罰は読み書きである。それを指導するのはセドリックだ。
食べ物と遊びにしか興味のない双子にとって、机に向かう時間は苦痛らしい。
だが、読み書きを覚えることはいいことだ。ミュリエルもセドリックに読み書きを教わって世界が広がった。双子が字を読めるようになったら、絵本の読み聞かせをしてもいいかもしれない、と思う。
「ユール、エルー。お勉強は終わったの?」
ミュリエルはしゃがみ、双子と目線を合わせる。
「きゅうけい!」
「きゅうけいだわね!」
ユールバートとエルーシャが堂々と言ったことに、ミュリエルは内心ほっとした。
初日、黙って抜け出してミュリエルのもとへ来た二人は、その後セドリックに捕まって追加の課題を与えられていたのだ。その時のセドリックの表情といったら――。
「セド、こわい」
「セド、おにだわねー」
「あはは……」
二人も思い出したらしい。
セドリックは幼子だからといって容赦はしなかった。二人にもちゃんとスパルタ教育を施しているようだ。
がくがくと震える二人だったが、
「ひとだ」
「ひとのおとこだわね」
ダンの存在にようやく気づいたらしい。
双子はダンの周りをくるくると回り始めた。
「…………」
子どもが苦手なのだろうか。ダンは固まったまま一言も声を出さず、微動だにしない。
「ひとだー!」
「ひとのおとこだわねー!」
「…………」
きゃっきゃと楽しげな双子に対し、ダンは下を向いたまま黙りこくっている。
「こら、ユール、エルー。ダンが困ってるでしょ!」
見かねたミュリエルは、幼子たちの動きを封じた。じたばたと暴れる二人を後ろから抱きしめたまま見上げると、ダンは目を見開いて愕然とした表情を浮かべていた。よっぽど苦手なのだろう。ミュリエルからすれば可愛い幼子だが、子どもとの接し方がわからない人もいると聞く。
「ダン、この子達がごめ……」
「…………のか?」
「え?」
ダンの言葉がうまく聞き取れず、ミュリエルは首を傾げた。
「お前……あいつに乱暴されたのか?」
目を大きく見開いたまま、ダンは視線を揺らした。
「お前とあいつの子どもだろ?」
「誰が、誰と誰の子って?」
ふざけている様には見えないが、何が言いたいのかさっぱりわからない。ミュリエルが思わず眉を寄せると、ダンはなぜか眉尻を下げた。そして、
「この双子は、お前とあのランベルトとかいう魔王との子どもなんだろう! その証拠に、子どもの瞳の色がお前とあいつと同じじゃないか!」




