2-2 ミュリエルへの罰
ランベルトから「離れないように」と言われたミュリエルは浮き立っていた。別にそういう意味じゃないことくらいわかっている。ただ、ミュリエルが成人したにも関わらず、まだ魔国にいてもいいと言ってもらえたことが何よりも嬉しかったのだ。
けれどそんなミュリエルを尻目に、それはそれ、これはこれということで、勝手をした罰が与えられてしまった。それもミュリエルだけではない。ミュリエルがわがままを言ったばかりに、セドリックもユールバートもエルーシャも、連帯責任を取らされることになったのだ。
セドリックが初めから「怒られるときはみんな一緒です」と、口にしていた意味がよくわかった。ランベルトならそうするとわかっていたのだろう。わかっていて、ミュリエルの力になってくれたのだ。そのことにようやく気づいたミュリエルは、セドリックに頭を下げた。
「セドさん、本当に――」
「謝るのは禁止ですよ。私は私の意志で行動したまでですから」
セドリックはいつものように穏やかな表情を浮かべていた。そこには少しの憤りも、嘆きも、恨みもなく――ミュリエルの謝罪の言葉すら受け取ってもくれなかった。
「でも――」
ミュリエルが我を通したせいで、セドリックまで罰を受ける羽目になってしまったのだ。せめて、一言だけでも謝罪の言葉を残さなければ、このまま何事もなかったかのように引き下がることはできない――と、そう思っていたのだが。
「それともなんですか? 貴女は私が小娘の戯言すら制することもできない無能だと?」
さっきまでの穏やかな雰囲気から一変、セドリックは口角は上げているのに眼鏡の奥にある瞳は全然笑っていなかった。
なんだか部屋がぞっとするほど冷たくなった気がする。
「めっ、滅相もありませんっ!!」
セドリックの背後にあの時の雪の精霊王の残像が見えた気がして、ミュリエルはぴんっ、と背筋を伸ばした。にこやかな分、余計に怖い。
だらだらと冷や汗をかいていると、途端にセドリックが噴き出した。
「というのは冗談ですよ」
あはは、と笑っているが、ちっとも冗談に聞こえないのは気のせいだろうか。
怖い。怖すぎる。今度から、セドリックを怒らせるようなことはしないでおこうと肝に銘じる。
「私にも双子にも謝る必要はありません。その行動が正しかったかどうかは、貴女次第なんですから。貴女が正しいことをしたと思っていれば、我々もそういうことになります」
(わたしが正しいことをしたと思っていれば、正しかったことになる――)
セドリックの言葉に、ミュリエルは謝罪の言葉を口にするのは止めた。その代わり、
「……ありがとうございます」
感謝の言葉を口にすると、セドリックは今度こそ目を細めて微笑んでくれたのだった。
*
ミュリエルに与えられた罰は、城の北側にある一角の整備だった。
そこはこれまで立入禁止と言われていたため、ミュリエルと双子は一度も訪れたことはなかった。今回の罰をきっかけに解禁されたため足を踏み入れたのだが――あまりの光景に目を丸くせざるを得なかった。
初めに視界に入ったのは、噴水のような物の残骸だった。きっとかつては立派にその役目を果たしていたのだろうが、今は水がすっかり枯れ、その中央には元の造形がわからないほど無惨に砕けた彫刻の破片があたりに散らばっている。その周囲には冬にも関わらず雑草が生い茂っていた。雑草は蔓を伸ばし、砕けた彫刻に巻き付いている。この土地の力なのか、はたまた自然の生命力の強さなのかはわからないが、枯れることを知らないかのように鬱蒼としていた。
人の手が加わらないだけで、こんなにも荒れてしまうのだろうか。
その日の夕食時にミュリエルが訊ねたところ、
「ああ、あれは俺が壊した」
ランベルトはあっけらかんと言った。
噴水の中央にあった彫刻は、魔王を象ったものだったらしい。ランベルトが討伐に訪れた際、真っ先に手をかけたのがあの場所だったという。ちなみに、他の場所にあった魔王像もすべてランベルトが破壊したらしい。
ランベルトが魔王を倒して早五年。
その間に旧魔王城は様変わりした。正門から手を加え、庭園や正面玄関など人の出入りが多い場所から優先して改装されていたのだが、人が来ない場所は後回しにされていた。城の北側も後回しにされていた場所である。
だがミュリエルに命じられた整備とは、噴水の後片付けではない。そこは魔国にある業者に頼んでいると言っていたし、ミュリエルも特別怪力というわけでもないため、役に立てそうにない。
ではなにかといえば、城の北側に生えた雑草の中には薬草と毒草が混じっており、その仕分けをすることがミュリエルが与えられた罰だった。
ということで、ミュリエルは今日もせっせと雑草を抜きつつ、薬草と毒草を一つ一つ丁寧に仕分けていた。
ランベルトはこの場所に薬草園を作るつもりらしい。もっとも雑草に紛れた薬草や毒草は、見た目だけではなかなか判別がつかないものもある。薬草と瓜二つの毒草もあれば、毒草の中にも薬になるものもある。知らない者が見れば、どれも同じ雑草のようにしか見えないのだ。
だがミュリエルは違う。
葉の形や付き方、茎の質感、わずかな匂い――そうした細かな特徴を見れば、どの植物が何なのかを見分けることができた。
ミュリエルは聖女の素質があると言われていたため、聖女に関わる事柄を多く学んでいた。薬草や毒草の知識も、その学びから得たものだった。その知識を頼りに、今回の役目が回ってきたとも言える。
ミュリエルはまた一つ雑草を持ち上げ、少し角度を変えて眺める。そして迷いなく薬草の山へとそっと置いた。
ランベルトはその薬草園の管理を、ミュリエルに任せたいと言っていた。
セドリックはともかくとして、今回ミュリエルや双子に与えられた罰は罰というよりも――――。
その時だった。
「ミュリエル……?」
突然背後から声をかけられ、ミュリエルはびくりと肩を震わせた。胸の奥がどくりと跳ね、反射的に振り返る。
そこに立っていたのは、枯草色の頭をした青年だった。




