2-1 罰
第二章より、作品タイトルを変更します。
新「忌み子ミュリエルの初恋〜生贄少女を拾ったのは、魔国の王(仮)でした〜」
旧「忌み子ミュリエルは、魔国の王に捧げられる」
旧魔法城の一角にある執務室で、ランベルトは魔法協会に渡す書類にペンを走らせていた。先日、勇者と対峙した時の始末書ではない。それは王都にいる間に書いた。ヴィニラゴン王国では、一般人に対する魔力行使は、魔法使い自身に危険が及ばない限り禁止されているからだ。
(だが、あいつは”勇者”だろう――!)
あの後会長にこっぴどく叱られた上、始末書まで書かされ、挙げ句魔法協会の残務までさせられた。その残りを今やっている。思い出しただけで、たちまち苛立ちが顔を出す。抑えきれない苛立ちが、名を書きつけた筆跡に滲んだ。
「セドリック、これを――――ってそうだった」
ランベルトは書類を渡そうとした手を止めた。執務室にはランベルトの他に誰もいない。いつもならいるはずのセドリックがいないのには理由がある。
ランベルトはセドリック、ミュリエル、ユールバート、エルーシャの四人に期限付きの罰を与えたのだ。
緊急事態だったのかもしれないが、勝手に魔国を出たことはあまりにも危険を伴うことだったからだ。上位の魔法使いであるセドリックがついていたとしても――未熟な子ども三人を戦力に入れたのは間違いだ。実際ランベルトが助けに入らなければ、ミュリエルは怪我をしていたかもしれないのだ。
セドリックは今回の罰を素直に受け入れていた。ランベルトがそうすることを、初めからわかっていたかのように――。
なんだか見透かされているような居心地の悪さを感じて、罰の内容はあえてセドリックの裏の裏のそのまた裏をかいたものにした。その甲斐あってセドリックは目を丸くすると、
「本当によろしいのですか?」
と、なぜか念を押すように確認してきた。
なんだこの確認は。まるでこちらに不利益があるような言い方だが、ランベルトは余裕のある表情を浮かべる。
「ああ、構わん」
「……承知しました。では、こちらもお願いいたしますね!」
「は?」
セドリックは嬉々としながら、大量の書類をどんどん机に並べていく。
「私がランベルト様のお側を離れるということは、これまでランベルト様に代わって行ってきた業務諸々やっていただけるということですよね」
「あ…………」
にっこりと笑みを浮かべるセドリックに、今さら言葉を撤回できるわけもなく――――結果的にランベルトの仕事が増えてしまった。
「くそっ……あいつ絶対わかってたな」
ランベルトは舌打ちをする。
セドリックは誰よりも長く生きている。人の考えの裏の裏の裏をかくことくらい容易なことらしい。普段は澄ましたような顔をしているくせに、その腹の中は真っ黒である。
そのくらいの気概がなければランベルトの部下など務まらない。だが同時に、扱いが難しいのも事実だ。
だからといって、お咎めなしというわけにはいかない。仮初とは言え、魔国の統率者はランベルトだ。やむを得ない事情であったとしても、ここで起きた事の始末はつけなければならない。
「もう少し早く帰れていたらな」
あの時、妙な胸騒ぎを感じたランベルトは、一度城に帰ってきていた。セドリックから言伝を預かっていた使用人がいたため、セドリックの強大な魔力を頼りに転移魔法で移動して事なきを得たのだが――ランベルトの到着がもう少し早ければ、ミュリエルを危険に晒すこともなかっただろう。
ランベルトはあの山頂でも、イルーヴ村の存在を確認できなかった。認識できなかったといったほうが正しいかもしれない。何かよからぬ力が働いていることはわかるのに、その正体が大魔法使いをもってしてもわからないのだ。
イルーヴ村についてなにもわかっていないのに、金瞳を迫害するような人でなしの村に近づけることなどしたくなかった。大体ミュリエルも、自分を蔑ろにしてきた村など捨て置けばいいのに――。
いつまで経っても、仮初の統率者の役割を終えられないことも――。
イルーヴ村について何の進展もないことも――。
こうして仕事に追われていることも――。
なにもかもが思い通りにいかずに、ランベルトはますます苛立ちを募らせた。
「……あー、やめだ、やめ! 今の俺には糖分が必要だ」
丸一日中執務室に缶詰状態のまま、書類と向き合っていては頭がおかしくなりそうだ。
机に積み上がった書類の山を見なかったことにして、ランベルトは部屋を後にした。
*
ランベルトが廊下を歩いていると、向こうからセドリックが歩いてきていた。
セドリックはこちらに気づくと、にっこりと目を細め、口角を上げた。
「お疲れ様です。ランベルト様も休憩ですか?」
「ああ、おかげさまで仕事が終わらんからな」
ランベルトが命じたとはいえ、まさかこちらの仕事を増やされるとは思ってもみなかった。嫌味の一つくらい言いたくもなる。けれど、
「それは大変ですねぇ」
セドリックは清々しいほど無傷だった。爽やかな笑みを浮かべていて、なんだか悔しい。これではランベルトが罰を与えられたようになっているではないか。
ランベルトも最初は、自身の事務仕事をやらせようと思っていた。だがこの男は難なく出来てしまうため、罰にならない。
ならばと与えたのが、双子の世話だった。身の回りの世話や遊びではない。内容的に双子にとっても罰になるため、セドリックでも一筋縄ではいかないだろうと踏んでのことだった。
「お前こそ、大変だろう?」
さぞ手こずっていることだろう。ちなみにランベルトが同じ命令をされたら嫌である。絶対に。
「そうですね……。ですが、私は甘くありませんから。手を抜くようなことはいたしませんよ」
だがその割には、双子の姿は見えない。泣きわめく声も聞こえない。
「あいつらは?」
「休憩です。根を詰めるのも効率悪いですからね。もちろん逃げ出そうとすれば、課題が増えることはもう身を持って知っているかと」
そう言った、セドリックの眼鏡の奥がきらりと光った気がした。
なんだかあまり罰になっていないような気がしてきた。むしろ生き生きしているようにも見える。
そう言えばミュリエルが以前、「セドリックはスパルタだ」とかなんとか言っていたような気もする。
そんな事を思い出していた、その時だった。
「ランベルト様、セドリック様、大変です!」
慌てた様子の使用人が、廊下を走ってきた。
ちなみにこの旧魔王城には、ランベルトとミュリエル以外に人間はいない。いるのはエルフのセドリックと種族不明の双子、そして魔王城で監禁拷問を受けていた他の種族や魔族である。それゆえこの使用人も人外である。
頭に角を生やした使用人は、息を切らしていた。普段であればセドリックが「廊下は走らないように」と咎めていそうだが、ただならぬ雰囲気に口を噤んでいた。
「どうした?」
「人間の男が侵入してきました」
魔王の脅威が去ったとは言え、人間が訪れることはほとんどない。それに侵入してきたということは、正規の場所から入ったわけではない、ということだ。
「どこからだ?」
「北です」
ランベルトのこめかみがぴくりと動いた。城の北側には今、ミュリエルがいる――。
使用人は続けて言った。
「ミュリエルが――――侵入してきた人間の男に襲われてます!」




