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番外編:ユールとエルーのひろいもの(Side:ランベルト)

1-1と1-2の間のお話です。

 その日一通りの仕事を片付けたランベルトが食堂に行くと、そこにはいつもいるはずの双子の姿がなかった。



「あいつらは?」



 ランベルトは自分の椅子に座ると、ティーポットを手にしたセドリックに訊ねた。



「森にきのみを取りに行くと」

「ほう? 珍しいな」



 双子がきのみを取りに行く事は、何ら珍しいことではない。幼子にとって様々な形のきのみの収集は、好奇心を唆るものらしい。ではなにが珍しいのかと言えば――間食の時間にいないことである。

 食い意地が張った二人が間食を食べないなど、特に今日は双子の好物でもあるチョコレートケーキだというのに、戻ってこないとは珍しいどころか初めてのことだった。


 ランベルトは、目の前に用意された濃厚そうなチョコレートケーキとティーカップに視線を向けた。空のティーカップに、湯気の立つ淡い黄色の香草茶が注がれ、清涼感のある爽やかな香りが鼻を抜ける。

 セドリックは香草茶にこだわりがあるらしく、いつも手ずから入れてくれるのだ。給仕のようなことをしているが、本来の仕事ではない。



「探して参りましょうか?」



 セドリックが申し出るが、ランベルトはいや、と小さく首を振った。



「時間を忘れるほど遊んでいるのだろう。あまり遅くならなければ、そのまま放っておけ」



 夢中になっているのに中断させるほどのことでもないだろう。なによりセドリックは双子の世話係でもない。ランベルトの優秀な部下である。長命のエルフを部下というのも変な話だが、セドリック自身が望んだため受け入れている。



 ランベルトはティーカップを手に取った。

 香草茶は香りに比べて味はあっさりとしていた。甘いケーキとの相性は抜群だ。

 いつもより静かな食堂で少しの物足りなさを抱きつつ、ランベルトはケーキを口に運んだ。








 その日双子が帰ってきたのは、辺りがすっかり暗闇で覆われた頃だった。


 いくら魔国の子と言えど、幼子が出歩いていい時間ではない。

 これはキツく言わなくてはと腕を組んで待っていると、勢いよく扉が開いた。



「まおうさま、ただいまー」

「まおうさま、おみやげだわねー」



 頭に葉っぱをつけたユールバートとエルーシャが、片手を上げあっけらかんと入ってきた。怒られるとは微塵も思っていなさそうだ。



「お前たち、一体何時だと思ってる――――って、それは何だ?」



 強い口調で叱責するつもりだったが、ランベルトの視界に違和感のあるものが見え、思わず訊ねる。



「ひとのこ!」

「ひとのこだわね」

「……それは見ればわかる」



 にこにこと笑みを浮かべる双子に対し、ランベルトは眉間を押さえた。

 事と場合によってはまずい。だいぶまずい。



「……それをどこから(さら)ってきた?」

「ちがう! ひろった!」

「もりでひろっただわね」

「いや、きのみじゃあるまいし」



 まるで落ちていたと言わんばかりの言い草だ。

 だが少し前ならまだしも、今の魔国で人間の子どもが落ちている状況はあり得ない。あり得ないのだが――双子の瞳に揺らぎは見られない。嘘はついていないようだが、認識の違いは大いにありそうだ。

 ランベルトがふむ、と顎に手をやると、



「ねてたから、ひろった!」

「ひとのこ、ねてただわね」

「寝てた?」



 いくら思考を巡らせてもまったく状況が読めないのだが――まずは、人間の子を下ろすように言った。一体どこから運んできたのかはわからないが、いつまでも浮かされているのはあまりに忍びない。



 ランベルトはその場に座り込むと、横たえた人間の子の状態を確認する。

 体格からして、どうやら八、九歳くらいの少女のようだった。肌の色は白く、伏せられた瞼を縁取るように長い睫毛が弧を描いており、綺麗な顔立ちであることはわかった。

 だがそうなると、なおさらわからなくなる。


 こんな容貌であれば人攫いにでも遭いそうなのに、眠っていたとはあまりにも不用心で危機感が足りない。


 親はさぞ心配しているだろうと考えていると、双子が小さな手をランベルトに向けているのが見えた。



「なんだ?」

「きにくっついてた」

「これでくっついてただわね」

「縄?」



 太く丈夫そうなそれがなにに使われたのか――――。

 ランベルトは少女の袖を捲り上げた。



 ――縛られた跡?



 よほどきつく縛られていたのか、少女の白い肢体には赤紫色の痕がくっきりと残っていた。



 質の悪い嫌がらせか、拐かされたのか――。

 だが、どれもしっくり来ない。どちらにしても、少女の身なりがおかしいのだ。

 嫌がらせや折檻の類であれば、もう少し薄汚れていてもいいものだが、身につけた衣装は真新しく妙に綺麗なのだ。かといって裕福な家庭に育ったというわけでもないようだった。綺麗な顔立ちではあるが、その肌に弾力はなく、やせ細って骨は浮き出ており、慢性的な栄養不足を感じさせた。



 ランベルトが口元に手を当て考え込んでいると、視界の端に幼子の姿が映った。いつの間にか手を繋いでいた二人は、揃ってこちらを覗き込んでいた。



「どうした?」



 他にも気になることがあるのだろうか、とランベルトが双子に視線を向けると、二人はにんまりと頬を緩め、そして――。



「まおうさま、たべる!」

「まおうさま、たべるだわね!」



 まるで当然の事実だと言わんばかりだが、そもそもランベルトは魔王でもなければ、これまで人を食べたこともないし、今後食べる予定もない。絶対に。

 ランベルトは長く息を吐いた。そしてこめかみに青筋を浮かせ、



「俺は人は食べん! お前らもう用がないなら、さっさと飯食って寝ろ! いや、その前に身体を洗ってこい!」



 捲し立てるように、双子に言った。



「わー、おこったー!」

「まおうさま、おこっただわねー!」



 双子は「きゃー」と言いながら、ぱたぱたと浴室へと駆けていく。

 怒ったと騒ぐわりには、なぜか楽しげだ。お灸をすえるつもりだったのに、ランベルトの言葉など全然響いていないように見える。


 なんだかランベルトは頭が痛くなってきた。


 ちらりと少女を見れば、健やかな寝息を立てている。

 衰弱はしていそうだが、命に別状はなさそうだ。



「まあ、起きてからこの子に聞くのが早いか……」



 ランベルトの大声でも起きないとは、よっぽど疲れているのかもしれない。

 今起こすことは得策ではないだろう。それに傷の手当もしてやりたい。



「セドリック。この娘を寝かせたい。部屋を用意してくれるか?」

「もちろんです。ランベルト様」



 胸に手を当て頭を下げるセドリックを見送ると、ランベルトは座り込んだまま頬杖をついて少女を眺めていたのだった。

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