1-10 イルーヴ村
ランベルトは地に降り立つことなくそのまま右手を振りかざすと、あたり一面に光線を降り注いだ。そして、岩陰に隠れていた数多の魔物を貫いていく。雪像の攻撃から逃れたのか、集まってきたのかはわからないが、残党は一匹だけではなかったらしい。
「わっ!?」
突然身体が宙に浮いたかと思えば、ランベルトの腕がミュリエルの腹部を抱え込んでいた。そして次の瞬間には、セドリックたちの元に移動していた。そっとおろされると、ユールバートとエルーシャが抱きついてきた。
「ミュリー、けがない?」
「ミュリー、ぶじだわね?」
さっき魔物に襲われそうになったのを心配してくれているのだろう。双子の眉尻は垂れ下がっており、今にも泣き出しそうだった。
「ユール、エルー、ありがとうね。ごめんね、心配かけて」
ミュリエルが咄嗟に動けていれば、こんな幼子に心配をかけることもなかっただろう。自分の力不足に歯がゆい思いを抱きながら、双子をぎゅっと抱きしめ返した。小さな身体から伝わる温もりに、冷えきった身体がじんわりと解けてゆく。
一方、ランベルトはセドリックに厳しい視線を向けていた。
「セドリック、お前がいながら何てザマなんだ」
「……面目もありません」
「こんな雑魚共に時間をかけるな」
そう言ってランベルトは再び空高く飛ぶと、魔物の残党に一斉に攻撃を与えた。光線で貫くだけでなく、まるでいつまでも追尾するレーザーのように、逃げ惑う魔物も着実に断ち切っていく。
そんな中、一匹の魔物が他の魔物を踏み潰しながら高く跳躍した。勢いよく飛び上がったそれは、ランベルトの背後を取った。
「――まったく魔物って奴は、馬鹿の一つ覚えで芸が無いな」
ランベルトは振り向くことなくパチン、と指を鳴らすと、背後の魔物を一瞬で爆発させた。
その瞬間、ランベルトが見せた表情にミュリエルはぞくりとした。
数だけ見れば圧倒的に不利なのに、その力の差は歴然だった。
まるで戦いを楽しんでいるかのように、ランベルトは暴力的な笑みを浮かべ、次々と魔物を消滅させていく。
ミュリエルたちは、ただ見ていることしか出来ない。
防御魔法を展開する必要がない。
加護を付与する必要がない。
援護をする必要がない。
むしろそれらはランベルトにとって邪魔なものになるだろう。
”ランベルトは人間にしては規格外”
そう言ったセドリックの言葉が脳裏に蘇る。
ランベルトの役に立ちたいと思ったかつての自分が、あまりにも烏滸がましい。この人はそんなのこれっぽっちも望んでいなかっただろうに。
一際眩い光線が放たれ、あたりに静けさが訪れる。
ランベルトが現れてたったの数分しか経っていない。けれど、魔物の気配は完全に鳴りを潜めたのだった。
「さて、と」
ランベルトが地に降りてくる。
「揃いも揃って、勝手に魔国から出た言い訳を聞きたいところだが――」
怒られる時はみんな一緒だと言われ、幾分か心強さはあれど、鼓動は嫌な音を奏でていた。
ミュリエルと双子がびくりと肩を揺らすと、ランベルトは視線を遠くに向けた。
「――……それは帰ってから聞こう」
どこか思案するような表情を浮かべたかと思えば、ランベルトは転移魔法を展開し、一瞬にして全員を連れて城へと戻ったのだった。
*
城に帰ったミュリエル一行は、言い訳として事の顛末を話した。
だが、やはりランベルトには叱られた。それはそれは叱られた。
特に叱られたのは、セドリックだ。最年長でありながら、先導したことを咎められた。
ミュリエルは自分のせいだと訴えたが、ランベルトは聞く耳を持ってくれなかった。
「でもわたしはセドさんが止めたとしても――見て見ぬふりなんてできなかったと思います」
あの時、セドリックが強固な姿勢で行かせなかったとしても、ミュリエルはそれを掻い潜ってでも向かっていただろう。
「見て見ぬふりをしろとは言ってない。俺を呼び戻せばよかっただろう」
「「え……?」」
ランベルトの言葉に、一同は顔を見合わせた。
「呼び戻して良かったのですか?」
「有事の時は構わん。連絡用の魔法陣は置いてあるだろう」
セドリックの問いに、ランベルトは机の上に置かれている魔法陣の紙を指先で叩いた。
「ですが、ランベルト様の方が有事だったではありませんか」
勇者が現れたことで、緊急の呼び出しがあったのはランベルトの方である。
仮初とはいえ魔国の統率者としての責任を果たしているランベルトは、必要最低限しか国を空けることはない。だからこそ、一週間経っても帰ってこないということは、それだけ仕事に追われているということと同義である。
そう思っていると、ランベルトはどこか気まずそうにかぶりを振った。
「今回は勇者が信じないからと呼ばれたが……それはジジイの口実だったのかもな。いや、ジジイも勇者相手に手を拱いていたことは事実だが……」
「勇者はなんと?」
「一方的に言いたいことを好き勝手言いやがって、こちらの話なんて少しも信じやしない。俺が魔王を倒したってのに、最後まで俺のことを『魔王』だと思い込んで去ってった」
今まで静かにしていた双子が「まおうさまー」「やっぱりまおうさまだわね」と茶化している。
だがランベルトは咎めることはせず、ただこめかみを押さえ、大きく息を吐くだけだった。双子の言葉を訂正しないのを見る限り、かなりお疲れのようだ。
「その後は魔法協会の雑務をさせられていた。この大魔法使いであるランベルト様に、だ! ったく、行くだけ無駄だったな」
ランベルトは不満を吐き捨てたが、次の瞬間にはセドリックに対して視線を鋭くした。
「そもそもお前はミュリーが外に出る危険性を理解していただろう! 顔を隠していたとしても、どこで誰が見ているかわからないんだ!」
「……弁明のしようもありません」
目の前で自分をめぐる会話がなされているというのに、その内容はミュリエルにとってまったく心当たりのないことばかりだった。
ミュリエルはこの五年間、一度も魔国を出たことはない。それはランベルトの過保護なまでの保護者的感情だと思っていた。だが、どうやらそれは違ったらしい。
ミュリエルは怪訝な顔で眉をひそめる。
「わたしが外に出ると危険って、どういうことですか?」
「……ミュリーに言うか悩んでいたことがあるんだが、この際はっきり言っておく」
ランベルトは再び大きく息を吐いてから、意を決したように口を開いた。
「お前が生まれ育ったという”イルーヴ村”は、王国の地図のどこにも載っていないんだ」
「え……?」
ランベルトの言っている意味がすぐに理解できず、ミュリエルは聞き返す。
「イルーヴ村は、ヴィニラゴン王国に存在していないことになっている」
ランベルトはミュリエルを引き取ってすぐ、イルーヴ村を調べたのだという。というのも、ミュリエルは魔王に捧げる生贄として生まれ育ったのだが、ヴィニラゴン王国では人身売買やそれに類するあらゆる行為は重罪らしい。つまり人の生命を以て安寧を得るイルーヴ村の因習は、国の法を犯していることになるのだ。それを村人が知っているか否かはわからないが――。
ランベルトはセドリックと手分けして調べたが、魔国の資料にも、魔法協会の資料にも、どこにもイルーヴ村の存在は見当たらなかった。実際に足を運んだこともあったが、そこに村はなかったと――。
「そんな……」
どういうことかまったく理解が追いつかない。
目の前が真っ白になり、足元が揺らぐような感覚に襲われる。
「お前が嘘を付いていると言いたいんじゃない。恐らく村人以外認識できないようになっているのだろう」
ミュリエルはひゅっと息を呑む。
「どうして、そんなこと……?」
「わからん。誰だろうな、この俺にすら認識できないような高度な魔法を使う奴は。ヴィニラゴン王国でもそんな魔法を使える奴は俺を含めてもいないはずなんだが……。いや、そもそも目的がわからん」
魔王を倒した大魔法使いであるランベルトにも使えない魔法を使える人物など、この世に存在するのだろうか。そんなことを思いながら、しかしイルーヴ村の人間にしか村の存在がわからない気味の悪さを胸の奥深くで感じていた。
「そういうわけだ。俺ももう少し調べてみるが、どういうことかわからない以上、今後は絶対に離れるんじゃないぞ」
「……はいっ! ランベルト様から離れません!」
「こらっ、そういう意味じゃないっ!」
ランベルトにぎゅっと抱きついたミュリエルは、まだ知らなかった。
イルーヴ村が存在しないということの本当の意味を――。
こちらで第一章終了です。
このあと幕間と番外編を投稿して、第二章に入ります。




