序章
新連載始めます。
身体が言うことを聞かない。
自分の感情に呑み込まれ、気づいたら自分の中にもう一人、知らない『誰か』がいた。
知らない『誰か』――?
本当にそうなのだろうか。
会ったことはない。けれど、まったく知らないわけではないような、そんな気がするのだ。
自分と『誰か』が溶け合うように一つになると、まるで欠けていた断片がぴったりと繋がって、ようやく一人の人間になれたような感覚がした。
だがその瞬間から、自分の意思が、感情が、存在がどんどんなくなっていく。
身体に走る痛みが、心を突き刺すような苦しみが、身体の奥底から湧き上がる憎しみが自分の中に広がっていく――。
これは誰の記憶――?
辛く、悲しい生き地獄に、胸が締め付けられ、自然と涙がこぼれ落ちる。
『礼を言おう』
凛とした声が耳朶を打つ。けれどその声音には、黒炎が渦巻くような、それでいて冷たく重苦しい霖雨のような感情が滲んでいた。
『お前が生まれてくれたおかげだ』
あの人達以外にも、自分が生まれたことを喜んでくれる人がいたなんて。
嬉しいはずなのに、悲しくなる。それは自分が『誰か』の犠牲の上に立っているからだろうか。それをまざまざと思い知らされているからだろうか。
『誰か』はどこからか顕現させた黒い蔓を自在に操り、こちらへと伸ばしてきた。ぐるぐると身体の自由を奪うように手足に絡みつき、それは次第に視界をも奪っていく。絡まる蔓をよく見れば、それは『誰か』の黒い髪の毛だった。
この人は黒髪だっただろうか?
違ったような気がするのに、元の髪の色が思い出せない。
そんな疑問も視界と共に、どんどん闇に覆われていく。
主導権を奪われた身体は、ただ受け入れることしかできない。
覆われる視界の隙間から見えるのは、愛しい人たちの困惑した表情だった。
どうかあの人達だけは傷つけないでと、誰かに願う。
けれど、その願いは届かない。『誰か』は、身体の持ち主のちっぽけな願いなど聞き入れてはくれない。
あぁ、助けたい。
それなのに、自分の身体は反対のことをしようとしている。
傷つけて、壊して、すべてを無にしようとしている。
嫌なのに。それじゃあなんの解決にもならないのに。大切ななにかを失うことの辛さはわかっているはずなのに。
血の涙を流して、自分の手で終わらせようとしている。
だったらそうなる前にいっそのこと――愛しいあの人の手でわたしを殺してほしい。
あの人の手で息絶えるなら、本望だ。
だってそれが一番最初の願いだったのだから。
そう願って、意識は完全に闇へと溶けていった。
1話目は本日22:40に投稿します。




