転生先は日本に似た世界
自分が子供になっている事を自覚したのは二歳の頃だ。
この頃になると、既に自我が確立したのか、あるいはこの時期になって俺と言う存在を思い出したのか、どちらにしても、俺が俺であると理解するのに、二年を費やしたと言う事になる。
既に二歳の時点で此処までの思考回路が出来ているのは、俺には前世の記憶が残っている為だろう。
現在では、俺の名前は千金楽アカシと言う名前、(幸いにも、この世界の言語は俺が記憶する世界と同じ文字と言葉が使われていた)父親が居て母親が居て、一歳年下の妹が居る。
俺は玩具箱の中から独楽や剣玉を取り出して適当に遊んでいた。
子供が遊べる様な娯楽はこれぐらいしかなく、電子機器は滅多に見ない事から、この世界の文明の発展は昭和初期に近かった。
それでも、手足が自由に動かせると言う事は幸せだ。
昔の事を考えると、立ち上がる事もままならない状況だったから、単純に遊ぶ事自体が楽しくて仕方が無かった。
「おはよう、アカシ」
名前を呼ばれて俺は顔を向ける。
灰色の髪に、先端が赤色の髪をした痩せ型の女性が、俺の母親だ。
「かあ、たん」
生後二年、舌先の筋肉はまだ弱く、赤ちゃん言葉が抜けていない。
しかし、俺の言葉を聞いて、母さんは嬉しそうな表情を浮かべると近づいて俺の体を強く抱き締めてくれる。
「はい、お母さんですよ」
俺の事を強く抱き締めてくれる母さん、素直に嬉しいが少しだけ複雑でもある。
と言うのも、俺と母さんは血が繋がっているワケではない。
そもそも、俺は千金楽家の養子と言う立場であるのだ。
二年前、俺が生まれてすぐの事、都市一体で大事件が発生し、建物を包み込む炎の大災害に見舞われた。
そこで産みの親である母親と父親が俺を落としてしまい行方不明、その後、熱さで泣き叫んでいる俺を、今の千金楽家が発見して救助してくれたのだ。
そういったワケで、俺と千金楽家は血の繋がりは無い、が、どうやら千金楽家は俺を実の息子として育てる事に決めた様子で、俺と両親との血の繋がりは無い事を伏せる事にしたらしい。
尤も、こんな若い時期に『貴方と私たちは血の繋がりはありませんよ』なんて言われても理解出来るかどうか分からない年頃、どうせならば責任を自分で持てる位の年齢になってから伝えるのが筋と言うものだろう。
そうしたワケで、俺は千金楽家の長男として過ごしている。
過ごすと言っても子供のする事はあまりにも暇だ。
家の事は家政婦の人がやってくれるし、散歩で外に出る事は数回ほど。
偶に母さんが相手をしてくれるが、すぐに妹の世話をする為に離れてしまう。
なので、基本的に俺は小さな部屋の中で玩具箱に入れられた玩具で遊ぶ事くらしか娯楽が無いのだ。
(暇だなぁ……)
そう思いながら俺は玩具箱の中から小振りの刀を取り出して腕を振る。
刀は玩具にしては重たくて、二歳児が扱うには少々危険な木製の木刀だった。
そうして結局、あまりにも暇過ぎて眠ってしまう。
惰眠を貪った後に、目を覚ますと部屋の中が暗くなっているのが暗転した視界の中で理解した。
「お……さい、……なた」
部屋の外から母さんの声が聞こえて来て、俺は立ち上がると部屋の外へと繰り出す。
よちよちと、足腰の弱い俺は壁に伝う様に廊下を歩いて、母さんと、もう一人の男性の顔を見た。
「お、アカシ、起きてたのか?」
俺の顔を見るなり、満面の笑みを浮かべる男性。
「とう、たん」
俺は声を漏らして話しかけた。
その人こそ、この一家の大黒柱にして、俺の父親に該当する方だった。
コートをハンガーに通す姿を見た時、俺の視線は父さんの腰に差す得物に向けられた。
(あれって……まさか)
俺は猫が猫じゃらしで遊ぶ様に手を伸ばして掴もうとする。
父さんが振り向くと共に、得物が俺の手から離れていったが、代わりに父さんの顔が俺に近付いた。
「アカシ、どうした?腹でも減ったか?」
おなか……は確かに空いているけど、違う、俺の興味は、父さんの腰に携えている…一振りの刀だ。
何故、腰に刀を差しているのだろうか?役者とかそういう職業でもしているのだろうか?なんて事を考えてしまうが、どうやら違うらしい。
「お?刀に興味あるのか?これはなぁ、お父さんの商売道具なんだぞ」
そう言いながら俺に向けて手を伸ばすと、抱きあげてくれる。
俺は手を刀の方に伸ばして
「それとも触りたいか?重たいぞぉ?」
そう父さんが言うと、刀の帯を外して俺に渡してくる。
鞘に収まった刀ではあるが、危険物を子供に渡しても大丈夫なのだろうか、と言う考えも思い浮かんだが、そんな事はどうでもいい、既に興味は刀に向けられている、それが本物かどうか確かめる様に触る。
(本物っぽい、…前世には触った事無いけど、重さがリアルだぁ)
妄想の中で何度刀を振り回した事だろうか。
だが、現実はその分、妄想とは掛け離れた重量がある。
それが逆に興奮を覚えてしまう。
(刀、引き抜けるかな?)
俺は刀の鞘を掴み、もう片方の手で柄を握り締める。
しゃきん、と抜刀させたらどれ程かっこいい事だろうか、しかし、俺の背丈と腕の長さ、そして弱っちい膂力じゃあ抜刀する事すら出来ず、父さんに笑われてしまう。
もう少し…もう、少しで、抜けそう…な、気がするぅ…っ。
「引き抜けるか?子供じゃ無理だろ…」
と。
言い掛けた父さん。
強く力を込めたと同時。
俺の心臓が破裂した様な音が聞こえた。
これはマズイ、胸元から熱いものが込み上げてくる。
「ぎゅ、うッ!」
俺は胸元を抑えた。
血液が煮え滾る様な熱さが全身を駆け巡る、熱い!熱い!!だ、けど…。
(い、たく…ない?)
俺は首を傾げた。
呼吸をする度に胸が痛む。
全身から汗を流して意識が朦朧とする。
けれど、何よりも驚いたのは、父さんの頭の隣の壁に、鞘が突き刺さっている事だ。
当然、その鞘は俺が持っている刀の鞘であり、刀身からは白い煙の様な湯気が漂っていた。
「ひ、ひぃ…ッ」
呼吸をする度に、刀身から湯気が立ち込めているのが見えた。
まるで刀が俺の一部になったかのようで、何か手品のようなものを感じていた。
「た、大変だッ!!ユカッ!!アカシが、炎子炉を、開いたッ!!」
エン、シロ!?なんだよそれ、一体何を言っているんだ、父さんは。
俺には何も分からない、だが、何か可笑しな事になっている事は分かった。
段々と体中の力が抜けていく、そして、俺は前のめりになって倒れて、その体を父さんが支えてくれた。
長く、熱で苦しめられる。
俺の記憶の中には、兎に角苦しい思いしか無かった。
病院で、聞いた事も無い様な病状を幼い頃から発現させた。
肉体は治癒する事無く、細胞が壊死して、歳を重ねる度に手足の先が削れてしまう。
次第に手足が消えて、臓腑が腐り始めて、血液が流れるだけで血管がボロボロになる。
その様な状態で、俺は死ぬ事も出来ずに延命処置を続けられた。
俺の病状は珍しいから、出来るだけ長く生かそうとしたのだろう。
治療法が確立すれば、また別の子が病気を発症させても、治るからと。
だが…そんなのはどうでも良かった、ただ俺は、この痛みから逃れたかった。
麻酔なんて効かない、神経を貪られる激痛を受け続ける毎日。
苦しくて苦しくて仕方が無くて…ようやく、死ぬ事が出来ると思った時。
始めて、俺は死に幸福を覚えたのだ。
そんな久し振りの悪夢を見ていた俺。
ふと、意識を取り戻す。
まだ、体中は熱くて仕方が無い、けれど、あの時に比べれば幾分もマシだ。
多少、気が楽に感じる時、ふと、寝室の隣で父さんと母さんの話声が聞こえて来た。
「どうするの?あの子、炎子炉を発現させたのよ?」
「まあ待て…もしかすれば、斬人の才能があるかも知れない、いっその事、学ばせてみるのはどうだ?」
「無責任な事を言わないで、教えるにしても…あの子が理解出来る時に話して頂戴、勝手に教えたりしたら、離婚しますからね」
「ぐっ…わ、分かった、じゃあ、アカシが状況を理解出来る年になったら教えると言う事でどうだ?」
「…まあ、それなら」
父さんと母さんの会話を聞きながら俺は熱に魘される。
俺の体はどうやら、その炎子炉と言う何かによって発熱を起こしている様子だった。
今は、俺の状況を教えてくれないらしいが、何れは教えてくれると、父さんと母さんの約束を聞いていた俺は、気長に待つ事にした。
五歳である。
妹のアカネは俺に良く懐き、俺の歩く後ろを付いて来る。
俺とは似ても似つかない妹であり、流石は父さんと母さんの娘だと思う。
俺の顔は…まあ赤の他人と言ったところで、父さんと母さんとじゃあ全然似通わない顔付きだ、当然と言えば当然だろうが、しかし俺の顔の右半分の目元には火傷の痕があった、幼い頃に炎の災害で顔を焼いた時の後遺症であり、整形手術でもしない限りは治る事は無いかも知れない。
それでもまだ子供だ、傷跡は大人になれば自然と治ると聞いているし、そう急かす事でも無いだろう。
さてはて、五歳の年頃、誕生日を迎えた一週間後の話だ。
本日は父さんはお休みであるらしく、家の中に居たのだが、何処へ出かけるワケでも無く、自室に籠っていた。
折角の休日だ、何処か出掛け無いのだろうかと思うが、昼前に父さんが俺を呼んだ。
一体、何の用であるのかと思いながら自室へと向かう俺、廊下を歩く最中にもしや、とある事を思い浮かべる。
(俺が実の息子じゃない事を、今伝えるのか…?!)
もう少し年月が経ってから伝えるべきだろうと思うが、五歳とは言えある程度理解出来る年だ。
しかし、今に血が繋がって無いと言われてしまえば、今後の親子関係がギクシャクしてしまう可能性もあるだろうが、其処は三年前から覚悟していた身だ、耐えてみせようじゃないか。
ドキドキしながら俺は父さんの部屋へと突入する、其処で父さんは神妙な面持ちで俺の顔を眺めていた。
やはり、顔が似てない、と言う話題から義理の親子の関係だと公表するつもりだろうか。
「なあ、アカシ、お前…抜刀官に、なりたくないか?」
父さんは、正座で座る俺に向けてそう言った。
その言葉に俺は瞼を二度、三度、瞬きをした。
俺が待っていた質問とは全然違う話で、思わず声が出て来ない。
「え…ぇ?」
首を傾げる俺に、父さんは拳を口に当てて咳払いをする。
「んん、実はだな、お前には、抜刀官に成れる才能があると、俺は見ている、このご時世、斬術が強く無ければ守れるモノも守れない時代だ」
へえ、この時代って、結構治安が悪いんだな。
「それに、斬術が扱えて強い男は、女の子にモテるぞぉ?父さんも昔はモテモテでなぁ…今はユカ、ッ、お母さんを選んだけど、女には困らなかったんだぞぉ?」
おい父さん、息子になんて事を言うんだ。
俺は知っている、両親の昔話は三割程盛っていると言う事を。
そんな話、母さんが聞けばどんな顔をするか…(鬼の如き形相で逆海老固めをされる父さんを思い浮かべ…そこで止めた)想像だにしたくない。
「まあ…危険な仕事だ、無理には言わん…それでも、斬術に関する習い事はしておくべきだと…」
父さんが長く話し出そうとした。
そんな話をしなくても…俺の心は既に、刀に見蕩れてしまった。
「おれ、なるよ、ばっとうかん」
姿勢を崩す事無く、父さんに向けてそう言った。
何とか俺を説得しようと必死なのだろうか、俺の了承の言葉に父さんは一瞬気が付かなかった様子で話を続けていた。
そして、十秒程、予め頭の中で並べていた台詞を語り出した後に瞬きをした。
数秒遅れて、俺の言葉をようやく読み込む事が出来たらしい。
「そ、そうか…ッなるか、俺と同じ、抜刀官に!!」
嬉しそうな表情をする父さん。
どうやら、息子が己と同じ職に就くと決めてくれたのが嬉しい様子だった。
ははは、と笑いながら父さんは俺を持ち上げて部屋中を回り出す。
そこまで嬉しくしてくれると、なんだかこちらも嬉しくなってしまう、して。
俺は、自らの職業を決めた末に、疑問に思った事を父さんに聞く。
「とうさん、ばっとうかんって、なに?」
刀を扱う職業であるのは分かるが…抜刀官とは一体、何をする職業なのだろうか?
父さんは、どんな仕事であるのか伝えてない事に気が付いて、くるくると回る事を止めてその場で硬直していた。




