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アオハルカゼ -君と駆けた、奇跡の末脚-  作者: トンヌラ
第4部:再燃 ~夢への挑戦~ 
16/21

第16章:決戦前夜

毎日王冠の前日、土曜日の夜。

俺は自室で、パソコンの画面とにらめっこしていた。


(……よし。枠順は真ん中より少し外。周りの様子を見ながらスタートできる。悪くない)


アオハルカゼの単勝オッズは、18頭立ての11番人気。G1馬多数出走のレースの中だし、妥当な評価だろう。いや、むしろ少しは評価されている、と言えるかもしれない。


(……でも、世間の評価なんてどうでもいい。俺たちが、あいつを信じている。それで十分だ)


俺は、栞さんにメッセージを送る。


『いよいよ、明日ですね』


すぐに既読がつく。

『うん。なんだか緊張してきちゃった』

『俺もです。今夜は緊張から眠れないかも』

『ふふ、同じだね』


画面越しの文字に、二人の緊張と祈りが詰まっているのを感じる。


『……高木さん』

しばらくして、彼女から追い打ちのメッセージが来た。


『明日、もし……ダメだったとしても、後悔だけはしたくないな』


(……大丈夫。あいつなら、きっとやれる、そう信じないとな)

『……ああ。俺は信じてる』


ここまでの数週間、俺たちは全ての時間をこのレースのために捧げた。やれることは全てやった。


『明日は全力で応援します。仲間として』

『……ありがとう。心強いよ』


窓の外の夜空は、静かだった。

「……頼むぞ、アオハルカゼ」

俺は声にならない祈りを呟く。


一方、栞は都内の重厚な日本家屋の前に立っていた。

実家。ずっと逃げてきた場所。


(……来ちゃった。来なければよかったのに)

指が震えながらも、インターフォンを押す。

明日のレースは、ただの競馬ではない。過去との決別を賭けた戦いでもある。


「……おかえりなさいませ、栞お嬢様」

老齢の家政婦が優しく招き入れてくれる。


書斎には、栞が最も会いたくない人物が座っていた。

父、日高剛三。


「……何の用だ。今更、泣きついてきたのか?」

冷たい声。視線は手元の書類に。


「……別に。ただ、一つ報告に来ただけ」

震える声を抑え、栞は言う。


「明日、アオハルカゼが毎日王冠に出ます」


「……ふん。前も言ったが無謀なことを」


「無謀かどうかは、明日、わかるわ」

栞の声に、今までの恐怖と覚悟が混じる。


剛三がようやく顔を上げ、鋭い目で娘を射抜く。

「無謀だと言うのは……お前に、似ているからだ」


刃物のように胸を抉る言葉。


(……そう。お父様は、ずっとそうだった。完璧を求め、弱さを許さなかった)


「……違う」

栞は小さく震えながらも、顔を上げる。

「あの子は弱くない。私も弱くない」


「ふん。なら証明してみせろ、まぁ無駄だとは思うがな」


栞は前に一歩踏み出し、ハンドバッグから委任状を取り出す。

机の上に置く音が、小さいながらも書斎に響いた。


「……これは?」

「私が所有する日高フーズの株の委任状です。明日アオハルカゼが負けたら、私は競馬を完全に辞め、この株も会社の権利も返します。あなたの道に従います」


剛三の目が初めて驚きで見開かれる。


「……面白い。そこまで言うのなら、よかろう。お前のその賭けに乗ってやる」


だが、その声には最後通牒の響きがあった。

「明日、お前は、世界の現実を、骨の髄まで知ることになるだろう」


栞は背を向け、書斎を後にした。

膝から力が抜けくずれかけるのを壁に手をつき防ぎ、そして荒い息を繰り返す。

(……言った。言ってやったんだ)

怖い。逃げてしまいたい。でも、心の奥には静かな高揚が満ちていた。

失うものはない。信じる馬と仲間だけがいる。


夜空を見上げ、彼女はスマホを取り出す。

『高木さん。明日、勝とうね』


決戦前夜の、静かで力強い誓いだった。

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