表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アオハルカゼ -君と駆けた、奇跡の末脚-  作者: トンヌラ
第4部:再燃 ~夢への挑戦~ 
15/21

第15章:宣戦布告

あの日から、俺たちの関係は以前とは全く違うものになった。

いや、正確に言えば、ようやく本来あるべき形に戻った──そんな感覚であった。


毎日のように連絡を取り合い、来るべき決戦――毎日王冠に向けて、情報を交換し合う日々。


(……やばい、寝不足だ)


月曜の朝、目の下にクマを作りながら、満員電車に揺られる。

当然だ。昨夜も栞さんとのビデオ通話で、深夜までデータを分析していたのだから。


会社のPCでは私的な作業はできない。

俺はなけなしのボーナスでハイスペックなノートパソコンを購入し、自宅にささやかな「司令室」を構築した。


『高木さん、見て。このレースの時、アオハルカゼって、少し右にモタれる癖があるのよね』

画面の向こうで、栞さんが過去のレース映像を指差す。


『ほんとだ……。直線で追い出す時、ほんの数センチですがロスしてますね。これがなければ、もっと際どい勝負になっていたかも』


『でしょ? この癖、どうにかならないかな』


『三田村調教師は何か言ってましたか?』


『馬具を工夫したり調教でも色々試してくれてるけど……あの子、頭がいいから、すぐにごまかしだって気づいちゃうのよね』


(……すごいな、この人)


画面越しの栞さんを見て、改めて感心する。

ただのファンだった頃には見えなかった、彼女の「馬主」としての顔。

馬の癖や体調変化を見抜く観察眼、調教師や騎手との専門的なやり取り……それは、付け焼き刃で身につくものではない。

彼女がどれほど真剣にアオハルカゼと向き合ってきたかを、思い知らされる。


(俺も、負けてられないな)


俺は、自分の役割に没頭した。

毎日王冠開催の東京競馬場芝1800メートル。

過去の全レースデータを洗い直し、枠順ごとの有利不利、脚質、馬場状態、騎手との相性……あらゆる「変数」を組み合わせて分析した。

これは仕事のシステム開発の延長ではない。

クライアントの無理難題を形にする作業じゃない。

俺たちが信じる夢を現実に変えるための、神聖なる作業だった。


寝不足も苦にならない。心地よい疲労感と充実感に包まれていた。


そして、決戦の一週間前。

俺は栞さんと共に、茨城県にある美浦のトレーニングセンター――通称「トレセン」へ足を運んだ。


「うわ……広い……ここが、あの馬たちが毎日トレーニングしてる場所か……」


「ふふ、すごいでしょ。ちょっとした街みたいなものよ」


関係者以外は立ち入り禁止。俺にとってここは、まさに競馬場を超える聖域だった。

三田村調教師の案内で、アオハルカゼがいる厩舎へ向かう。


「よう、来たな、あんちゃん」


「こ、こんにちは! お邪魔します!」


三田村調教師は、俺を見てニヤリと笑った。

その顔は、「話はお嬢さんから聞いてるぜ」と語るかのようだった。


馬房の中のアオハルカゼは、俺たちに気づくと静かに頭を上げた。

レース時とは違う、穏やかな表情だ。

栞さんが優しく鼻筋を撫でると、アオハルカゼは甘えるように頭を擦り寄せた。


(……なんだか、もやっとする、これって嫉妬みたいだな……)


三田村調教師は、俺に向かって言った。


「こいつの体調は万全だ。あとはお前たちのデータとやらを、どこまで信じるか、だな」


俺はその場でノートパソコンを開き、画面を三田村調教師と栞さんに向ける。

一息つき呼吸を整え、指先に全神経を集中させた。


「……まず結論から言います。アオハルカゼが勝つ可能性があるのは、たった一つのパターンにはいったときでしかありません」


「ほう……あんちゃん、どんな作戦だ?」

三田村調教師は腕を組み、目を細める。


「まず、この馬の強みは直線での末脚です。瞬発力はかなりのものですが、毎日王冠は前残り傾向が強い。後方一辺倒では、届きません」


「……だから、位置取りが重要だってことだよね?」

栞さんが、少し息を詰めながら頷く。


「はい。理想は中団でいること、できれば前から7、8番手がベストです。ここで脚を溜めつつ、最後の直線で爆発させる。位置取りを誤れば、どんなに末脚があっても勝てません」


「だが……その作戦の為にもゲートが苦手だ。あの致命的な出遅れ癖がある」

三田村調教師の声に、空気が少し張りつめる。


「そこです。今回の勝負は全て、ゲートにかかっています」


俺は画面に、過去のゲートデータを映し出す。

「この騎手の過去の全レース、ゲートの反応タイムを示しています。彼は馬群の中で一瞬待ってから出すのが得意です。そしてこれが、アオハルカゼのゲートの反応データです。音に敏感で、立ち上がってしまうことがある」


「つまり……」栞さんが息を詰める。


「コンマ数秒前に馬を軽く動かして、音への集中を別に逸らす。スタートのタイミングをこちらで微調整するんです。データ上、この方法が一番勝機を高めます」


三田村調教師は、俺の顔をじっと見つめた。

沈黙が長く続き、三人の呼吸音だけが静かに聞こえる。


「……面白い。あんちゃんの競馬は、初めて聞いたぞ」

やっと彼は口を開いた。だが声には緊張感が残る。


「……やる価値はあるかもしれねえな」

三田村調教師の視線はアオハルカゼに移る。

「お嬢さん、どうする? この作戦、こいつに試してみるか?任せるぞ」


栞さんはじっとアオハルカゼの瞳を見つめた。

静かな時間の中、心臓の音が自分の耳に響くようだ。


やがて、彼女は、鋼のような決意を込めて振り返り言った。


「……やりましょう、高木さんのデータと、アオハルカゼの力を信じます。これが私たちの、宣戦布告です」


俺たち三人は、わずかな間、馬を見つめた。

運命のゲートが開くまで、あと七日。

世界が、静かに、そして確実に、動き始めた瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ