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就活令嬢

作者: 八十八夜


「ま、またお祈り手紙ですわ〜!」


 エミリアの声は部屋中に響き、近くにいた使用人を驚かせた。

 彼女の手の中にあるのは、先ほど届いたばかりの手紙。緊張と共に封を開け、中を読もうとすれば目に入って来たのは「残念ながら」から始まった文章だった。


「エミリア・ギルバート殿の益々のご活躍をお祈りを申し上げます、なんて書くくらいなら採用してほしいですわ……」


 手紙の内容は何度読んでも変わらず、エミリアの目には涙が少しだけ浮いていた。

 時は近世。

 百年ほど前に全国民へ告げられた国王の新しい改革により、一般国民に限らず貴族も平等に働くことが決まってしまった。もとより貴族たちは領土の経営や管理をする必要があった。だがそれは当主の仕事であり、妻や子どもは別の仕事をするようにと発表された。

 この改革が決まったばかりの頃は反対意見も多くあったが、貴族に対して怒りを抱えていた一般国民たちがデモ活動を起こし、国王の命ということもあって貴族たちは働くことを強制された。

 男主人が領土の管理をし、女主人は家庭を守る「家庭の天使」と呼ばれていた時代はこの百年でとっくになくなった。

 専業主婦になる者も中にはいるが、それは公爵や侯爵といった貴族の中でも上流階級の人たちが許された選択肢であり、エミリアは貴族とはいえ余裕のない子爵家の生まれであった。一般国民に比べれば裕福ではありが、貴族の中では貧乏である。


「結婚も職場で出会う方やその紹介でないといけない、みたいな風潮のせいで結婚もできませんし、早く就職活動を終わらせたいですわね」


 エミリアのような小さな子爵家には政略結婚の話などはやってこない。貴族同士での結婚が自然ではあるが、職場での出会いで結婚をする貴族は多い。結婚をしたければ、自分で相手も見つけるしかないのだ。

 もう一度手に持っている手紙を見て、大きなため息を吐いた。ため息を吐いたところで結果は変わらないというのに。


(今回は好感触でしたのに。このままで本当に就職なんてできるのかしら?)


 最終面接まで進み、話している感じもとても好感触だった。

 来年に会えるといいね、と言ってくださったというのに。なぜなんですの?


「ただいま戻りましたわよ〜!」

「お母様……お願いですからノックはしてください」

「あら、何を辛気くさい顔をしているの! そんな調子ではだめよ!」

 

 ノックもなしにエミリアの部屋に入って来たのは母親、フレイアだった。

 フレイアは当時女学校に通いながら就職活動をし、在学中に有名な銀行への内定を獲得した。今もバリバリ働き、常に生き生きとしている。


(お母様はこんなにも素晴らしいというのに、私はなぜ……)


 エミリアも母に倣い、女学校に通いながら就職活動を始めた。

 だが最初からうまくいくわけがなく、就職活動を終えることができないまま学校を卒業することになってしまった。


「お母様、また落ちてしまいましたわ」

「あら。また落ちたのね」

「……ええ。まあ」


 必要な勉強も、作法も、何もかも頑張って来たというのに結果は惨敗。

 すでに応募した仕事は二桁を超えていて、自分の履歴を書いた書類で不採用になることもあれば、書類を見て気に入ってくれた仕事先から「ぜひ面接を」と言われても送られてくる手紙は「残念ながら」から始まる文章ばかり。

 不採用が続けば、流石に気分は落ちてしまう。


「あ、そういえば! 今日、職場でいい求人を見つけたのよ。あなたにと思って」

「私に……?」

「金融関係の事務仕事ですって。条件も良さそうよ、ダメもとで受けてみればいいじゃない」


 エミリアは詳細が書かれた紙を受け取り、指定された条件や働き方の部分を注意深く読んだ。

 自分が理想とする働き方とは少し違い、そこが引っかかってしまうが、惨敗中の彼女に受けないという選択肢はなかった。


「お母様、ありがとうございます。今度こそ、結果を残してみせますわ!」

「また何かあったら持ってくるわね。もう少しで夕食だから、キリのいいところで食堂にいらっしゃいね」

「はい、わかりました」


 エミリアはもう一度求人を読み、指定された書式に基づいて自分の履歴を書き始めた。


(もう何回も書いていますもの、志望理由以外のところは完璧に書けますわよ)


 だが、人間というのは完璧ではない。調子に乗ったところで、失敗する確率が上がるだけだ。


(……やってしまいましたわ)


 半分まで書いたところで、彼女は大きなインク跡を落としてしまった。このまま提出をしてしまうと失礼になるため、また最初から書き直さなければならない。

 もう何枚書いてきたのかわからない履歴書をまた破って、ゴミ箱に捨てる。


「うう、最悪ですわね」


 結局、彼女が完璧な履歴書を書き上げる頃には日付を跨いだ頃だった。

 記入漏れや間違いがないかを何度も確認してから封を閉じ、明日の朝一番に送れるように整えた。


「もう、手書きで書かないといけないだなんて本当に嫌ですわ〜!」


 エミリアの悲痛な叫びは、またも部屋に響いた。

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