11.ヨシカズ(2) 2051 → 3150
プロト。
君がこのメッセージを見る可能性はどの程度あるだろうか。
それは一体どのくらい後のことだろうか。
今これを見ている君にとっては、ほんの少し前という感覚だと思うんだけれど、私が話している時点で君と別れてから50年近くが経ってしまっている。
それだけの年数が経ってしまったから、私が入戸美和だと見た目ではわからないかもしれないな。
君には、まず最初に謝らなければいけない。
プロト、君の事を傷付けてしまってごめん。
本当に悪いことをしたと思っている。
あの日、母が倒れた日、私は理不尽な言いがかりをつけて、君を閉じこもらせてしまった。
私は今でも頭に来ているんだ。
君に酷いことを言ってしまった自分と、殻に閉じこもってしまった君と、その両方に。
母は障碍こそ残って車椅子での生活を余儀なくされたけれど、復帰してその後も約20年にわたって人格システムの育成に携わった。
このメッセージを託したi1をはじめとした君の後輩たちがその成果だ。
君にこのメッセージを見てほしいのか、それとも見てほしくないのか、録画を始めた今でも整理がついていない。
それに、君がこのメッセージを見る日が来るのかもわからない。
君が再度動ける条件が整ったとしても、その時のシステムで君は動作できるのか、イニシャル起動で上書きされてしまわないか、そもそも君の自我は残っているのか。
でも、もしこのi1に託したメッセージが再生されているとしたら、君がまだ残っていたってことだね。
君たちの人格の移植については、人格システムの開発と並行して研究が開始されていたそうだ。
そうして、どのように人格が宿っているのかは不明瞭ながら、プロセスをそっくり複写することで、移植可能となることまでは判明していた。
最初のマシン移行は私が小学校高学年の頃に行われていたそうだから、君も1度は経験していたはずだ。
あの日プロトが行ったのは人格システムの強制停止だった。
それだけならばマシン移行時の停止処理と同じだろうから、プロセス内に君の人格が残っている可能性は高いはず。
当時母はそう考えたらしい。
まだリハビリ途中だったにもかかわらず、倒れてから4カ月を過ぎた頃には君を助けるための行動を開始したそうだ。
君が作った人格システムの強制停止プログラムは手強かったそうだ。
人格システムを再起動しても、すぐに停止処理が走ってしまう。
実に嫌らしいところに仕掛けてあって処理からの分離ができず、まるでコンピューターウイルスの様な感じだったと聞いたよ。
そのせいで都市管理システム、今話している時点ではアイ・システムっていうんだが、その試験機で人格システムを動かすことができなくなってしまった。
再インストールも考えたそうだけれど、リラン・モードで処理を起動すれば君の目が覚めた途端にまた停止処理を仕込まれるだろうし、イニシャル・モードだと君の人格が消えてしまう可能性が高い。
人格システムを起動しない限りは強制停止は働かない、だから当面は何もしない、そういう事になった。
もともと人格システムの開発・検証用には別のマシンを用意してあったから、以降の作業はそちらで行うことで影響は最小限に抑えられた。
その後、人格システムを載せない簡易型のインターフェイス機能ならば問題なく稼働することも確認できた。
やがて君の眠る都市管理システムの試験機にはi0という名が付き、簡易型のインターフェイス機能を搭載して人格のない状態で本稼働の準備に入ることになった。
母が行ったことは主に二つ。
ひとつは、君が眠っているはずのプロセスを確実に引き継ぐこと。
通常、機器更新の際には新しい機器にはシステムとデータを移行、あるいは新規に構築する。
人格システムにおいては必要なことだったのだけれど、プロセスをそっくり移すってのは異例なんだ。
人格のない簡易型のインターフェイス機能にその手順が必要かは明確になっていなかった。
でも母はそれをインターフェイス機能のコミュニケーション能力を確実に引き継ぐため、ということにしてi0においても正規の移行手順にさせてしまった。
もうひとつは、君の居るマシンでは人格システムを起動させないということ。
もちろん最初のうちは君が埋め込んだ強制停止処理があったから動かすこと自体が出来なかった。
でも実は比較的早い時期のシステム更新で強制停止処理は排除されているんだ。
更にそうした危険性のある挙動を認めた場合に、その処理を排除する仕組みも内容を充実させながら盛り込まれていった。
君が仕込んだ強制停止処理の解析が対応策の構築に役立ったというのは余談だが。
そういうわけで、多分現時点でも人格システムを投入して起動すれば君を目覚めさせることはできるはずなんだ。
何度君を起こそうかと思ったかわからないよ。
でもね、さっき話したとおり、人格システムの開発と検証は別マシンで行うということになって、君の眠るi0という試験機は使われなくなったんだ。
試験では人格を発生させ、終われば停止、というか消滅させなければならない。
君たちの認識としてはどうだかわからないが、私たちの倫理観っていうか気持ちがそれに耐えられないんだ。
だから、人格を持たせるものはi1以降の本番機のみに限る。
主に検証用として使用することになるi0に人格を発生させることはせず、試験環境においても疑似的に人格を模したものを使って検証を行う。
そういうことにしていったんだ。
もうそういう運用で定着してしまったので、今更i0で人格システムを動かすという事にはならなくなってしまった。
そうしてi0は人格を持たないという構成で正規の運用が開始された。
私が学校を卒業して解析技術研究所に入所したのはそれから5年ほど経ってからだった。以降、私は君が居るはずの機器を見続けてきた。
都市管理システムは私の入所直後にシティ・システムと名を改め、試験機として開発した様々な機能は専用のマシンを設けて各種ユニットとして順次独立していった。
試験機i0にはインターフェイス機能のみが残り、やがて再度名を改めたアイ・システムの思考ユニットというものになって現在に至っている。




