平凡の街プラヌ
――ガヤガヤガヤッ――
1日中歩き通し、昼時…閑散とした獣道はやがて、砂利道へと変わり、その先を進めば疎らに人が現れ始め…遂に、平原の先に見える人工の〝壁〟が俺達を出迎える。
「『おぉ、久しく人間の街を見たのう!…甘い菓子に見目麗しき衣類!…楽しみじゃ!』」
街の入口へ向かう最中、ふとルイーナが楽しげに声を弾ませアレコレと欲しい物を羅列する…確かに2年の間、代わり映えのしない村で同じ事しかしない俺を見ていた者としては、日夜情勢と市場が移り変わる〝街〟の刺激を求めるのも分からないでは無い…だが。
「節度を持てよ、ルイーナ」
そんな精霊姫の尽きぬ欲望へそう釘を刺すと、彼女は俺へ挑発的な笑みを浮かべ俺の手を引く。
「『クカカッ、ならば御前様がしっかりと財布の紐を締めておけ…無論アイリス、御主も来るであろう?』」
「勿論行くわ!」
「……ハァ…」
そして軽やかに歩を進める二人の娘の浮かれ様に、俺は諦めの溜息を吐き出した…。
○●○●○●
「……お嬢様、御報告が」
「何かしら〝グレース〟…また姉様の小言?…それなら後にして」
街の大通りを抜けた先に有る、大きな屋敷の一室で…一仕人の女性は己の〝主〟へとそう声を紡ぎ…複雑な感情を入り組ませた視線で〝令嬢〟の娘に視線を送る。
「……いえ、そうではなく……」
「ならお父様の〝お節介〟ね?…縁談何て真っ平御免よ、それが私を〝冒険者ギルドから遠ざける為〟なら尚更ね!」
その令嬢は身に包んでいた白いドレスをベッドに投げ捨て、そのクローゼットから丁寧に手入れされた革鎧と、上等な鉄剣を取り出すと…淑女らしからぬ〝剣士〟へと、その姿を変える。
「いえ――」
「それじゃあお母様?…何度も言っているけれど、コレは私の〝修行〟なの、何十人の兵士に守られてどうやって修行しろって言うの?」
「そうでは無く」
そして遂に、そのメイドは少女の言葉を遮り…少女の注目を引く。
「……驚いたわ…家族からの物じゃ無いなら、一体誰からかしら?」
「……〝蜥蜴の尾〟からの報告です」
その淡い翡翠色の瞳へ、グレースと呼ばれたメイドはそう答え、少女へ1枚の手紙を渡す…。
「どうやら…〝来ている〟らしいですよ」
「ッ!――渡しなさい!」
その言葉に少女は一瞬目を見開き、直ぐにメイドの手から手紙を奪い取るとその封を開けて手紙を広げる…其処には簡素な字で一言…でこう書かれていた……。
―――――――
〝探し人はプラヌの冒険者ギルドに居る〟
〝蜥蜴の尾〟より
―――――――
「ッ―――」
――グシャッ――
ソレを目にすると、少女はその顔に鬼気迫る迫力を宿し…直ぐに動き出す。
「蜥蜴の尾には報酬を2倍渡しなさい!」
「畏まりました……お気を付けて…〝セレナーデ〟お嬢様」
その背中を、メイドの女性は静かに見送っていた…。
●○●○●○
〝平凡の街プラヌ〟…この街はそう呼ばれて居る〝イルズ王国〟の一都市だ。
しかし勘違いしないで欲しいのは、この街に評される〝平凡〟とは決して悪い意味を込められた呼び名では無く、寧ろ肯定的な側面の方が強いと言う事だ。
大衆に振る舞われる屋台や店の飯は美味く。
扱われる交易品の質も並以上。
自然も豊かで決して騒がしくなく…しかし決して寂れてもいない程よい活気…。
決して突出する特色は無くとも、決して劣る物はない…それ故に〝平凡の街〟と評されるこの街は正に平穏を望む者達の〝理想郷〟で有ろう…尤も。
「おい…彼奴…」
「あぁ…〝ロクデナシ〟の…」
如何に〝平凡〟と言えども、平凡な〝悪意〟が無い訳では無いが…。
「――〝止めろ〟ルイーナ」
「『………何の事かの?』」
「俺は〝忠告した〟ぞ」
「『……フン…急に何を言い出したかと思えば…興が削がれたわ、腹拵えでもしようぞ!』」
「予定を終えたらな」
「予定?」
そんな悪意を軽く流しつつ、俺と二人は街道を行く…目指すは、この街に有る…〝冒険者〟にとっての〝斡旋所〟…即ち〝冒険者ギルド〟で有る。
「あ、そっか!――〝パーティー申請〟しないと!」
「忘れていたのか…まぁ良い…ソレも有るがもう一つ〝別件〟だ」
アイリスにそう言い、ギルドの入口に到達しようとした…その時。
「――オイオイ、誰かと思えば〝ロクデナシ〟の〝レイド〟君じゃねぇかよ!」
「……」
ふと、俺の前に一人の男が現れ…その道を遮る…その姿は正に冒険者然とした出で立ちで、一見粗野な風貌を此方へ向け、鋭く俺を射抜いていた。
「勇者パーティーを追い出されてから2年間も行方知れずだった〝追放者〟がこんな街に来ていたとはなぁ?」
「……用件を言え〝バルバト〟」
俺は此方へズカズカと歩み寄って来るその巨漢の顔を見つめ、そう言うと…その男はまるで小悪党がする様な至近距離での低い声と睨み付けで俺へ〝告げる〟…。
「〝此処〟はテメェみてぇな〝クソ野郎〟が来て良い場所じゃねぇんだよ、とっとと失せろ」
「ッ…ちょっと貴方、その言い方は――」
「お嬢ちゃん達も、どう言う理由で此奴と居るのかは知らんが、此奴とは縁を切っといた方が良い…此奴は〝冒険者の不文律〟を破ったロクデナシだ」
「!…それは――」
バルバトの言葉にアイリスが感情的に口火を切ろうとした…その口を、俺は制してバルバトへ言葉を返す。
「良い、アイリス…何も言うな…バルバト、お前の言葉に否定はしない…お前の言葉を間違いだと言うつもりはない…だが、俺の〝冒険者ライセンス〟はまだ生きている…ならば〝冒険者ギルド〟でのサービスを受ける事は違法でも何でも無い…違うか?」
「……」
「安心しろ、俺はお前達とは関わらない…問題を起こす気も無い、お前達が望むなら〝不干渉〟を貫こう…誓約書にでもサインしても良い…だからその道を譲ってくれ」
「………良いだろう…だが、良いか…俺は――」
「皆まで言うな…〝信用しない〟…それで良い…監視するならそうすると良い…行くぞ二人共」
バルバトは俺の言葉に無言で道を開くと、俺達の事を目で追い…しかし、その後は何をするでもなく…雑踏に消えて行く…。
「――彼奴を嫌ってやるな…冒険者の中で彼奴程誠実な奴は居ない」
「「『……分かった』」」
「良し…それじゃあさっさと用件を済ませるぞ」
そして少しのいざこざは有ったものの、俺達は改めて…冒険者ギルド、その大門に手を掛けた。




