救世せしは勇者に非ず
――ギィィンッ――
戦火が全てを灰にする、噎せ返る血と肉の臭いの中で、私は一人…襲撃者の長…〝オークキング〟と相対する…いや。
「ブフフッ!…随分ト活キノ良イ小娘ヨ!」
〝遊ばれている〟…そう評した方が正しいかもしれない…事実、それだけの〝格差〟が私とオークキングの間には有った。
「クッ!」
「ダガ温イワ!」
――ブンッ――
巨躯の化物がその大剣を片手で振るう…その一撃は私の身体を軽々しく持ち上げると、なんてことの無いように私を吹き飛ばす…。
――ガシャンッ――
――ゴロゴロゴロッ――
その勢いは凄まじく、私は受け身を取る事もままならず…大地を転がる。
「活キガ良イノハ良イガ……コウ反抗的デハチト面倒ダナ」
「グ…ウゥゥッ……!」
私は何とか、身体を起こそうと手を地面に着く…しかし、度重なる戦闘の疲弊と、今の重い一撃の所為でか、満足に身体が言う事を聞かない。
(早く彼奴を倒さないと…もう、防壁が保たない…!)
既に防壁を守る自警団の半数以上が負傷している…あの数の魔物に群がられては、如何に堅牢な壁で有っても数分と保ちはしない。
「――ッ……まだ…私は…!」
私は立ち上がり、自身を奮い立たせながら…目の前のオークキングに相対する…すると、そんな私を不思議がってか、その醜悪な顔に怪訝な表情を浮かばせながらソレは問う。
「ムゥ?……武器ヲ失イ、ソノ体タラクデ何故…マダソノ目ガ出来ル…?」
確かに…武器を失くし、無手…身体はボロボロで、自分の陣営が勝っている訳では無い…そんな状況なら、確かに…絶望するのが普通なのだろう……でも。
「……〝理由〟なんか…決まってる…!」
私はそんな事で一々へこたれている場合じゃない…私にはやらなければいけない事が有る…それは――。
「〝こんな所で折れちゃ居られない〟からよ!」
今も尚、魔王討伐の旅を続けている〝勇者〟…その後を追わなければ成らないからだ……〝あの人〟と、共に。
「……何ダ、ソノ下ラナイ理由ハ?…マァ良イ……貴様ガ折レント言ウノナラ、ソノ四肢ヲ砕キ折ッテ、我ガ〝肉壺〟二シテヤロウ」
私の言葉に、オークキングはその顔を顰め…嘲る様にそう言う…そして、その巨大な剣を私目掛けて振り下ろす……その刃を、私は…一切目を逸らす事無く、その拳を振るわんとした――。
「――〝馬鹿〟かお前は」
「……え?」
ふと……そんな声が私の背後から響き、私の身体が後ろへと引っ張られる…突然の出来事に抵抗出来ない私は、その強い力に無ずすべ無く運ばれ、私の背後から現れた〝黒い人影〟を見上げる……其処に居たのは――。
「……あ」
あの日…あの時…場所で…私を助けてくれた〝その人〟の姿だった。
○●○●○●
――ギィィィンッ――
寸前で小娘の背後からその一撃に割り込み、俺はオークキングと鍔迫り合いに持ち込む。
「ムゥッ!?」
奴は、突如現れた俺と言う異分子に驚いたのか…或いは自身より遥か小さい人間と鍔迫り合いをして〝拮抗〟している事に驚いていたのか…そんな声を上げる…対して俺は。
「ん…この程度か……思っていたより〝軽い〟な」
この〝2年間〟…只管に積み上げてきた鍛錬の成果に、微かな満足感を覚えていた。
――ギンッ――
剣を強引に振り抜くと、オークキングが後退り…その視線が今度は剣から俺へと向く。
「貴様…何者ダ…!?」
その目には、先程小娘に向けていた下劣な悪意は無く…ただ、目の前の〝俺〟に対して驚愕と敵意が膨らんでいた。
「ただの〝人間〟だ…〝魔物を殺しに来ただけ〟のな」
――ドォッ――
「ッ……何ダ…ソノ…〝魔力〟ハ…!?」
「驚く事か?――鍛えれば〝この程度〟…一年足らずで手に入るだろう」
事実として、この程度の魔力…〝賢者〟ヘレステアの半分にも満たないものだ……しかしそれでも。
「〝オークキング〟とその軍勢を〝処理する〟には、俺一人で事足りる」
「ッ……思イ上ガルナヨ、〝人間〟…!……貴様ガ今更何ヲシヨウト、コノ状況ハ覆ラン――」
――ズオォォォォッ!――
オークキングが叫ぶ…だが、その言葉を覆い潰す様に俺の魔力が鈍色の剣へ集う。
「――馬鹿め…〝絶望を覆すのが〟――」
『〝絶望を覆すのが勇者〟だからね!』
「…嗚呼、ソレが〝勇者〟だ…例えソレが〝偽り〟で有ったとしても…!」
その魔力は冷たく月の様に蒼く、その剣に満ち…俺はその剣を振るう。
「〝幻想投影〟――〝悪を断つ勇者の剣〟…!」
――ザンッ――
「……ハ?」
その光景に、オークキングは絶句する……ただの剣の一振り…ただそれだけの一撃が起こした…尋常ならざる結末を。
――ズルッ…――
己の〝上半身〟が落ちる…それだけでも、驚くべき〝異常〟で有る…だが、何よりも…オークキング自身が、その目を疑ったのは…1つ。
――ドシャッ――
自身に従う総勢100匹の兵士達が…その身体を真っ二つに切り裂かれ…一切の例外無く倒れ伏したのだから…。
「――……フゥゥッ…まだまだ、〝本物〟には程遠いな」
そして、ソレを起こした〝張本人〟がほざく、その言葉を最後に耳にして…オークキングはその生命の連続を途絶えさせ…虚無の眠りへと沈んで行った…。
「……怪我は無いな?」
●○●○●○
――カチンッ――
『グォォォッ…テメ…良くも腕を切り落としやがったな…!?』
一人の男が…二人の人攫いを見下ろしていた…その目は冷たい銀色に輝き、氷の様に冷たい声が二人を突き刺す。
『――腕が無ければ人攫いも出来んだろう、これ以上お前達が人に害をなす事は無くなった訳だ』
男の人はそう言うと、後から遅れてやって来た衛兵に一言二言言葉を交わし…私を見る。
『……怪我は無いな?』
その声は無愛想で、冷たかった……でも、私は確かに〝見た〟…無慈悲で冷たいその人の瞳の中に…〝温かい優しさ〟が有った事を…。
そして……それは今も変わらない――。
「――怪我は無いな?」
私へ手を差し出すその人は…〝5年前〟と変わらない…優しくて、格好良い…私の〝勇者〟のままだった…。