アガレス、到着
――ザッ…ザッ…ザッ…――
「――さて、コレからどうするかのう?」
「取り敢えず、アンフォートの奴隷紋解除祝でもする?」
「それってお二人がお酒を飲みたいだけでは…?」
3日の旅路を経て、俺達は鉱山と鍛冶師の街、〝アガレス〟へと辿り着いた…そして、詰所を出る道すがら…俺と、アイリスと、ルイーナは奴隷の少年――否、最早〝奴隷〟では無くなった〝アンフォート〟を連れて街道を歩き…今後に付いての方針を考えていた…。
「――取り敢えずは、当面の生活費用を稼ぎながら、街の情報を集める…ソレから〝武器の強化〟を考えていくつもりだ」
「ふむ……となると忙しくなるのは明日からじゃな……良しッ、ならば尚の事、明日に備えて派手に喰らって飲むとしようかえ!」
「賛成!…アガレスと言えば〝永眠羊の甘辛焼き〟が名物よね!」
「うむ、〝美食屋テリーヌの食道中〟にも書いてあったの!――柔らかいラム肉に蜂蜜と唐辛子で作られた甘辛ダレが良く合うんじゃと…想像するだけで涎が溢れるのう…!」
俺の言葉に、二人はそう言い…懐から取り出した書物を開き、道行く先々の店に目を光らせる…そして、ソレを苦笑しながら…寂し気にアンフォートは視ていた。
「――アハハハッ…御二人共、本当に食事が好きですね…」
「…冒険者と言う稼業は常に生死と隣り合わせだ…楽な依頼と舐めて掛かり、予想外の奇襲で死ぬ事も有る…だから冒険者は常に周囲を警戒し、ソレ故に精神を削がれていく……ソレを癒やすのが、休息と美味い食事だ…お前も覚えておけ……暫くの間、お前も俺達の下で戦う事に成るんだからな」
「……はい、そうですね……」
俺の言葉にアンフォートはそう、噛み締めるように答え…沈黙する。
「……俺達も行くぞ」
「ッ…そうですね!」
「――彼奴等に財布の紐を握らせておくのは危険だ、自分の服すら酒代に溶かしかねん」
「ソレは流石に……そうですね」
そして俺達はこの三日三晩の二人の行いを思い返し…急ぎ足に先を行く二人を追い掛ける。
「……………」
熱気と職人達の怒号渦巻く街故に、俺とアンフォートは気が付かなかった…路地裏の奥の奥…人気、獣気無い暗闇の奥底から…己等をじぃっと見詰める…無数の視線の、存在に…。
○●○●○●
――カリッ、カリッ…カリッ…――
「――〝我、戒めを綴る者〟、〝我、堕落の咎を伝う者〟…〝全て世に住まう者よ〟…〝コレを聞け〟………〝我々は違えたのだ〟」
古ぼけた日誌に、震える腕で文字を紡ぎながら…誰かが紡ぐ…その言葉を。
「〝再び紡ぐ〟、〝我等は違えたのだ〟…〝我等が咎を此処に記す〟」
その男の顔は見えず、その声色は老人の如くにか細く…弱々しい…それでもインクに濡れた羽の勢いは留まらず、か細い声が紡ぐ〝絶望〟は止まらない。
「〝偉大なる王に罪有りき〟…〝大いなる権威が国を狂気に陥れた〟……〝偉大なり〟、〝愚かなり欲の王よ〟…ソレが貴方の〝罪〟で在る」
男はそう言うと、傍らに残った煤こけた王冠を燃え盛る焔に投げ入れた…焔は山吹色に輝いた。
「〝忠義の臣に罪有りき〟…〝絶対の肯定が破滅の道を助長した〟…〝素晴らしき〟、〝愚かしき国の礎よ〟…ソレが汝等の〝罪〟で在る」
男はそう言い、その一言一句を綴ると…腐り混ざりあった20の指塊を燃え盛る焔に投げ入れた…焔はその勢いを猛らせた。
「〝賢き賢者に罪有りき〟…〝繁栄の叡智が身に余る財を齎した〟…〝崇高なる〟、〝浅慮なる知恵の導き〟…ソレが貴様の〝罪〟で在る」
男はそう言い、己の心臓を引き抜くと…ソレを焔に投げ入れた…焔は嘲弄に鳴き叫んだ。
「〝安寧の民に罪有りき〟……〝堕落の心が在るべき国を歪ませた〟…〝勤労なる〟、〝怠惰なる無辜の民よ〟……ソレが我等の〝罪〟で在る」
男はそう言い、燃え盛る焔に盃一杯の灰を投げ入れた…刹那、焔は玉虫色の色彩を帯びた。
「――〝我等が国は理想を行き過ぎた〟、〝我等が国は狂気に浸り過ぎた〟…〝狂気は冒涜と化し〟、〝人々は悪意を孕み過ぎた〟…〝後の世に続く者よ〟…〝次なる世代の人々よ〟…我……〝万物の錬金術師〟…〝フラメル・アンディザイア〟の〝最後の警句〟を聞くが良い…」
燃え盛る焔が、玉虫色の滅びが…ジワリ、ジワリと男を焼き尽くす…朽ち果てる最中、その男は遂に…その顔を世に晒し…淀んだ黄色の瞳を虚空に捧げ、紡ぐ。
「〝■■は破滅の道と知れ〟」
その視線は虚空に注がれ……そして、確かに……〝己〟を見た。
――ジュッ――
「ッ―――!!!」
瞬間……〝僕〟は飛び起きた…心臓が鼓動を鳴らし…身体からは汗が噴く…気分が悪くなり、目眩がする…。
「……あれ?…どうして…?」
何か…恐ろしい夢を視ていた様な、そんな気がする…けれど、ソレが何なのかを思い出す事が出来ない…ただ、何か――。
「……ウップ…!……そうだ…昨日ルイーナさんに飲まされて――ッ!」
其処まで考えて、漸く意識が冴え渡り…昨日の事を思い出す…途端込み上げる吐気と倦怠感に、僕は顔を青くして、よろよろと部屋を出て行く…。
――バタンッ!――
そして扉を締め…僕は急ぎ足でトイレへと駆けていく。
――ギィィッ――
宿の自室…その部屋の扉が…〝歪んでいる〟事に…気付かずに…。




