燻る火種の靄煙
「え〜流石にそれは暗すぎないかしら?」
「うむ、名は体を表すとは言え…流石にソレは無かろうよ」
二人の声が一人の人へとそう言う…ソレに対して男の人は肩を竦めながら二人へ言い返す。
「――何度も言うが所詮は〝仮名〟だ、真名では無い…それに…〝不遇の子〟で無くなると言う事は、お前がお前の名を手に入れたと言う証左に成るだろう」
その人はそう言って僕を見る…その目はさっき迄の冷たく鋭い視線とは違う…冷たくも、優しい目をしていた……気がする。
「……お前はどうしたい…どの名を選ぼうと、お前が何者であるかは変わらん」
その言葉に、僕は少し考える…ジェード、カーム…どれも綺麗な名前だ…そう呼ばれる事に悪い気はしない…ちゃんと僕を見てくれたのだと感じる…でも。
「……なら…僕は…」
僕は…僕の〝名前〟を取り戻したい、僕の記憶を、本当の僕を手に入れたい…その為には…。
「〝アンフォート〟…が良いです……何れ、〝本当の僕の名前〟に戻るから…!」
僕は綺麗な名前に満足する訳には行かない…と、思う…!
「……そうか…ならそれがお前の戒めだ…良いな…〝アンフォート〟」
僕の答えに、その人は静かに目を閉じて頷き…そう言う。
「ッ……はい!」
ソレに僕はそう返す…すると、その瞬間二つの手が僕を引っ張る…。
「選ばれなかったのは悔しいけど、取り敢えずコレからよろしくね〝アンフォート〟!」
「由来は兎も角、その名そのものは決して悪くは無いし…良いのでは無いか?」
そして二人は、何時の間にか止まっていた馬車を飛び降り…二人で僕を森の中へ運ぶ…。
「「それじゃあ野営の準備もかねて、記憶探しの旅に行こう!」」
二人はそう言い、僕を連れて森の中へ駆け出す…ソレをその人…レイドさんと小さな竜は憐れみの視線で見送る…と言うか。
「ちょっと離して下さいッ、歩けます、自分で歩けますからぁッ!」
僕の言葉が、そうして木漏れ日の森の中に響き渡る……僕の…〝アンフォート〟の声が。
「――ハァ…相変わらず自分勝手に動くな…彼奴等は」
男はそう言い、自身の仲間達が消えて行った森を一瞥し…溜息と共に降りる…。
「あれ?…レイドさんは森へ行かないのですか?」
そして、俺が歩き出そうとすると…御者の青年が俺へそう問い掛け、首を傾げる。
「……嗚呼、道中で貴重品を落とした…ソレを探して来る……〝コレ〟を使え、簡単な魔物除けだ…少なくともこの辺りの魔物が寄って来る事は無いだろう」
その御者に、言葉と共に麻袋に詰めた〝呪い〟の品を渡すと…御者は感謝と共に麻袋を受け取る。
そして俺は馬車が来た道を戻り…ヴィゴーへ言う。
「――〝案内〟は任せるぞ、ヴィゴー」
「ギャウッ!」
そう言うとヴィゴーは元気良く鳴き、疾風の如くに羽撃いた…。
●○●○●○
「――昨年から我等が鉱山都市〝アガレス〟の鉱物輸出量は増加の傾向に有り、地質調査の結果、後数年は鉱脈枯渇の問題は無いとの事です…また…」
鉱山都市〝アガレス〟…遍く鍛冶師、鉱山労働者が集まるイルス王国の一大鉱山群を保有するその街の、〝組合会議室〟で…街に居を構える熟練の職人長と領主は近況報告にその顔を喜色に染める。
「――流石はイルスの〝鉱物庫〟…以前掘り尽くされた鉱脈地点から僅か数十メートル下に、〝前以上の鉱脈〟が発掘されるとは…」
「それも鉱脈の質も申し分ねぇ…コレならもうちっと鉄製品の値を上げても文句は出ねぇぜ」
「納められた税で更に街の生活ラインを整え、更に労働者を呼び込めば経済市場の活発化も見込めますね」
皆がそう口々にアガレスの安泰を祝う言葉を吐く…事実、その報告は彼等の言葉に見合うだけの価値が有るのだろう…しかし。
「――続いての〝報告〟ですね……この〝アガレス〟で、3ヶ月前から頻発している〝行方不明〟について…」
しかし、次の瞬間提起された問題に…皆の顔が引き締まる。
「――以前言っていた〝冒険者〟の調査隊はどうなった?」
「――Cランク冒険者パーティー…〝五つ首の竜〟ですが…残念ながら、彼等からの追加報告はありませんでした…最後の報告では…直近の行方不明者の家族へ話しを伺っていたと言うのは聞いていますが、それ以降音沙汰は有りません」
「あの時の行方不明と言うと…アンタの所の組員の〝グルゴレ〟と言う鉱山採掘者だったな、〝ゴードン労働組合長〟殿?」
その報告に、一人の白い髭が目立つ小柄な男はそう言い、渋い顔で報告を聞いている大柄な髭男へ問う。
「嗚呼…そうだ……彼奴の事だ、どうせまた寝坊助しちまったのかと思ってたんだが…まだ見つかってねぇのか……」
「――Cランク冒険者達が〝バックレた〟可能性はねぇのか?」
大男の言葉の直ぐ後…まだ若い筋肉質な男はそう言い、報告を読み上げる〝執事〟へ問うも…その言葉に執事の男は首を横に振り、言葉を続ける。
「――現状、〝五つ首の竜〟の目撃情報は有りません、近隣の街にも目撃情報が無い様です」
「って事は考えられるのは〝依頼をバックレて潜伏中〟か…〝現在も調査中で報告出来る余裕が無い〟か…或いは……」
「――〝生死不明の行方不明者〟…その仲間入りでもしてしまったか…か…」
その報告から、場の空気は更に重い雰囲気を纏い…それぞれに思索を巡らせる…その時…座して報告を聞いていたアガレスの領主が沈黙を破り、報告代理の執事へ言う。
「取り敢えず、今度は〝Bランク冒険者〟のパーティーを調査依隊にして、原因究明を図るしか無いか定期報告の期間を狭くすれば、原因に関する確信も得られるだろう」
「では、その様に致します………報告は以上で御座います」
執事はそう言うと、壇上から一歩下がり、陰に移動し…自身の主の命令を待つ…その場に集った重鎮達も、目下の問題について、幾つか議論を交わし…そして、何ら目新しい展開を迎える事もなく、御開きと成る…。
鉱山都市〝アガレス〟は、盛況を熱の様に纏い…その活気が人を呼ぶ…その盛況の最中生まれた小さな影は、未だその盛況の熱に照らされていた……少なくとも〝今は〟…まだ……。




