憧れな角も遠く
――ザッザッザッ!――
「――Gau!…GauGyauッ♪」
愉悦を滲ませながら、私から少し離れ…ソレは笑いながら肉体を弾ませる…その視線は依然私を捉え、私が何かするのを待つように…静かに笑う。
「……」
其処までされれば、鈍い私の頭でも理解出来る…目の前の〝此奴〟は、〝遊んでいる〟のだ…と。
剣を手に掴み…引き抜こうとする、しかし…。
「ッ……硬…!」
その剣は、地面に突き刺さったまま…微動だにしない…すると。
「〝Gururur〟…♪」
竜の異形はそんな私をニヤニヤと笑いながら見詰め…その尾を揺らす。
「ッセレナーデ――」
そして、お姉様が私に近付こうとしたその瞬間。
――ギロッ――
凄まじい眼光と殺意を醸し出して、ソレは姉様を睨み付ける…それに対して、私もまたお姉様に声を紡ぐ…。
「お姉様…〝大丈夫〟…私一人で、出来るから…!」
「ッ……」
私がそう言うと、お姉様は前に出した足を後ろに引き…下がる…それに比例して異形の殺意は収縮し…やがてその興味の対象を私へと向ける…。
「フッ……ゥゥゥッ!」
そして、何度目かの試みの後…剣はゆっくりと、土を抉り分けながらその身を晒し…私はその剣を〝引き抜いた〟…。
「ッ――Gau ♪」
そして、私がその剣を手に取った事を認めると…その竜は、その両腕を広げ…私へそう鳴き声を紡ぐ…。
「ッ…!」
ソレは…紛う事無き〝嘲弄〟だった…剣士に剣を抜かせ、自身は構えもしないどころか、態々守る素振りも見せずに無抵抗を示す…それが果たして愚弄では無いと言えるのか?…。
否……それは剣士の尊厳を尤も凌辱する行為である…。
――ダッ――
だから駆け出した…ソイツ目掛けて刃を振るいそのニヤケ面を剥ぎ取ってやらんと…〝表向き〟では…そう思っていた…だが。
『〝お前に才能は無い〟』
その怒りの奥底では…私は、嫌と言う程〝理解した〟…己の無力への嫌悪に包まれていた。
○●○●○●
――ブンッ――
「ハァッ!」
弱者が跳ねる、横に剣を振るい…縦に振るい…息を吐き出しながら…剣を〝振り回す〟…。
――スカッ――
当たらない、どれも…これも…その人間から放たれる剣はその一振りだって己の身に掠めることさえ敵わない…。
〝弱い〟……何処までも〝弱い〟…まるで話にならない程…〝弱い〟…。
理由など一目見て分かった……この人間には、〝積み重ね〟が無いのだ。
ただ動かぬ的を切るだけの〝剣〟…振るう刃は他者を切ることに躊躇いはない…ソレ故に分かる…この人間は〝ノロマな獲物〟しか狩っていないのだろう…だから、剣に速さがない…剣に鋭さが無い。
「――Guruu♪」
何と〝哀れな生命〟だろうか…誰にも狩りを教わらず、教えられずに今まで生きて来たとは…酷く哀れな人間だ……。
……だが…そんな〝人間〟が、〝動いた〟のだ…己が〝睥睨〟を受けて尚…だからこそ、己はこんな〝弱者〟を〝玩具〟に選んだ――。
――本当に…そうなのか?――
人間の一挙一投を見て、躱す…その未熟に憐れみと、その足掻きに嘲りを込めて…。
――それだけじゃ無いだろう――
その人間が疲れ果て、立ち上がれなく成るまで………。
――ソレは偽りだ――
………その筈だった。
「ハァッ!…フゥッ!…シィィッ!」
――ドクンッ――
ただの暇潰しだ、面白いと思ったからそうした……飽きれば殺せば良いと…そう考えていた…筈だ……なのに、何だ……この〝疼き〟は。
『ねぇ、私…もう一回頑張ってみるわ』
何故…お前が〝記憶〟に居る。
『ねぇ■■■…次会う時は…その時は…』
否……己が何故…〝こんな所〟に居る?…。
『そう…もう行くの…?』
知らん、お前も…お前達も、この景色も、この夜も…。
明らかに、何か可笑しい……なのに、〝何故〟だ。
『ねぇ■■■……私は貴方の事が――』
〝何故〟……〝覚え〟が有る…?
○●○●○●
――ザザッ――
「ハァッ…!」
「……Guruuu…」
一人の少女が踊る…その手に握られた刃を振りながら…ソレを、容易く躱しながら…その竜は少女の顔に目を釘付けにする…。
「……」
その光景を……私は黙って見ていた…。
(無理だ…セレナーデ…!)
心の中でそう言葉を作る…しかし、ソレを喉には通さず…心の中で溶かし、飲み込む…。
少女の剣を見る……未熟な〝剣〟だ…身体の動きも悪く…次の動きまでが遅い。
その一撃も、あの一撃も…振らずとも分かる…当たるわけがないと。
どう考えても…無駄だった…上がるのは少女の吐息だけ…竜は息の乱れさえ起こしていない…。
〝結末〟等……見えていた。
「……なのに、何故…」
私はただそう紡ぐ…踊る2つの影を見て…剣を振るう〝少女〟を見て…。
何があの子を突き動かすのか、無意味と知りながら…何故〝剣〟を手放さないのか…。
『セレナーデが剣の修練を?』
『――そうだ…〝勇者〟殿に触発されたのだろうが…ハァッ……あの子までも、血の道に行かなくても……』
その思考の最中…ふと、そんな遥か昔の記憶が脳裏に浮かぶ…それは、剣を止めたセレナーデが、突如として〝剣の修行〟を再開したと言う…父からの話…それが唐突に溢れ出し…私は、その記憶と今を一人…結び付ける……。
「……まさか…!」
そして、ソレは……無数の情報の欠片によって…〝確信〟へと変わる…私の妹…セレナーデが此処まで〝意地〟を張る理由…それは。
「〝レイド・バルクレム〟……か…!?」
その答えに返答は帰って来ない……だが、不意に覗いたセレナーデの瞳が…瞳が見詰める〝竜の化物〟への熱意が…その事実を、如実に語っていた…。




