森の奥の小屋で
――『嫌…嫌ァ…!』――
何処にでも有る石造りの街。
何処にでも有る人同士の諍い。
何処にでも有る…人の悪意。
『テメ、大人しくしろ餓鬼!』
『チッ、早くしろよッ衛兵共が来ちまうだろうが!』
『分かってるッ、良い加減にしろこの餓鬼!』
――ドッ――
『キャッ…ゥゥッ…』
ある女の子が、攫われようとしていた…高々銀貨数十枚の為に…悪意の腹を満たす為だけに。
女の子は…助けを呼ぶ事が出来なかった…痛みと恐怖に身体が支配され、何も出来なかった…。
ただ、心の中で助けを乞うていた…その時だった。
――ザッ…ザッ…ザッ…――
『人攫いか…救えん奴等だ』
そんな声が…〝私〟の耳に届いた……そして――。
〜〜〜〜〜
「……ッ!」
懐かしい…夢を見た…私が私に成る切っ掛けと成った…あの日の夢…私と……。
「……絶対に、諦めない…」
そして私は…また、〝彼〟を探しに扉を開けた……。
○●○●○●
――ピヨピヨピヨッ――
「……」
目を閉じ、全身に意識を集中させる…小さな生命が己の身体を宿り木にしている事も、己の背後に居る飢えた獣の視線も…全て、〝雑念〟だ。
「………」
――コォォォォォッ――
心臓部の〝魔力炉〟から、全身へ…全身から体外へとその魔力を放出する。
――ピヨピヨピピッ――
目を開くと、其処には依然変わらぬ〝小鳥〟達と、変わり果てた周囲の大地が有った。
「『ほぉ……良くぞ高々2年で此処まで〝成長〟したのう〝レイド〟…まさか〝万能の果実〟を種から成長させられる程とは…〝母上様〟も予想外じゃろうて』」
「……何の用だ〝ルイーナ〟」
ふと、俺が周囲に生えた木から…神々しい果実を1つ手に取ると…俺の目と鼻の先に女の顔が現れる…その女は俺の言葉に悪戯っぽく笑うと、俺の手からその果実を掠め…食する。
「何じゃ、妾の加護を持つ人間を観察するのは駄目なのかえ?…儂等〝精霊族〟の数少ない楽しみで有ると言うに」
「……そうだな、確かに…お前の行いを咎めるのは過ちだった…俺の邪魔をしなければ、好きにすると良い」
――シャリッ――
アンブロシアを一口齧る…それは林檎の様に瑞々しく、苺の様に甘く…いや、〝甘過ぎる〟…。
「〝不味い〟」
その果実を投げ捨て、懐から携帯食料を取り出し、それを齧る…此方の方が幾分マシだ。
――クスクスクスッ――
「……何が可笑しい?」
そんな俺を見て、ルイーナは呆れた様に俺を見て穏やかに笑う…ソレに俺は理由を問うと、ルイーナはその手の果実を弄び言う。
「『〝万能の果実〟は〝精霊郷〟にのみ生息する〝希少品〟…食らわば極上の食材に、調合すれば貴重な薬にも毒にも成る…その果実を前に不味いと嘯く御前様が可笑しくてのう……斯様な事故に、御前様は不器用と言うのだ』」
ルイーナの視線の先には、一匹の飢えた狼が居た…それは一心不乱に俺が投げ捨てた果実を貪り喰らい…その弱った身体を見る見る内に癒やしていく。
「下らん勘違いだ、俺はただ不味いから捨てただけだ…その廃棄物を人が食おうが畜生が食おうが、知った事ではない」
俺がそう言うと、ルイーナは可笑しそうに笑い…その果実を投げ捨てる…その果実には小鳥が、虫が集り…しかし、決して奪い合う事無く皆で分け合って居た。
「『クククッ……そういう事にしておこう……して、レイドや…そろそろ儂への返答を聞かせて貰えんかえ?』」
「返答?…何のだ」
その最中、ふとルイーナが話題を変えて俺を見る…まるで己を逃がすまいとする様に強く…その言葉に対して、俺がそう言うとルイーナの顔から笑みが消え、何処か不機嫌そうに語気を強める。
「『――それは勿論………!』」
しかし、ソレが最後まで言い切られる事は無かった…ルイーナは何かに気が付き、恨めしそうに森の奥を睨む…続けて俺も、此方へ迫る気配に気が付くとその方角に目を向ける。
「『クッ…何と間の悪い奴じゃ…儂が大人で無ければ小指をぶつける呪いを掛けておったぞ!』」
「……俺が、最近小指をぶつけるのもお前の仕業か」
「『……(フイッ)』」
「……全く」
俺の言葉にルイーナは黙り込み、逃げる様に俺の家の扉へ手を掛ける。
「『――また来るぞレイドよ、今度こそ〝逃さん〟ぞ?』」
「別に逃げも隠れもしてないだろうが」
「『そうでは無い!』」
そして怒りと共に家の中へと入り…扉の先へ消えてゆくと、その後…扉は独りでに締まり、静寂が俺を包んだ…。
――パキッ――
「……何の用だ」
「ッ――話が有るの、〝レイド〟!」
そして、俺は遠路遥々こんな森の奥の小屋に足を運ぶ…物好きな珍客へと声を掛ける。
「……ハァ、中に入れ…茶を用意しよう」
「ッ…良いの?」
「〝要件は聞く〟…客を門前払いにする程人嫌いでもない…しかし、持て成しの質は期待するな」
「ッ……ありがとう」
「礼等要らん」
昨日酒場で出会った…物好きな若い冒険者へ。
●○●○●○
――カチャンッ――
「安物の茶葉だ、味は悪いが喉を潤すだけなら都合が良い」
「……」
「茶請けが無い事は諦めてくれ…菓子の類は食わん」
「いや、それは気にしないで…ありがとう」
私は対面に座る彼の言葉にそう返す…くすんだ銀の視線は私を一度見ると紅茶を口に含み…私へと問う。
「それで、〝何の用だ〟…要件を言え」
その言葉に私は紅茶を飲んで気を落ち着かせ、彼へ告げる…。
「ッ…その、先ずは御免なさい……昨日、何だか貴方を怒らせちゃったわよね…」
「………ハァ…いや、ソレは気にするな…此方の八つ当たりだ…」
すると彼はその視線を微かに逸らして、そう言う…。
「でも…」
「食い下がるな、その件はもう終わった事だ…謝罪の必要は無い、求めていない……要件はソレだけか?」
そんな彼へそれでも、謝ろうとした…すると彼はそう鋭く遮ると…少し黙り、再び私へと問い掛ける。
「……貴方に、私の〝パーティー〟に入って欲しいの」
その問いに、私は此処に来た本来の目的を告げると…彼は飲んでいた紅茶のカップを置き、間髪入れずに言葉を返す。
「〝断る〟…俺は誰とも〝組む気〟は無い」
……と。