指名依頼と悪評
――ギィッ――
「――〝指名依頼〟?…俺に?」
朝と昼の狭間、人々が働き隆盛を極める刻限…人気無いギルドマスターの執務室に呼び出された俺は、腰掛けると同時に一言告げられた、その言葉を復唱する。
「――嗚呼、そうだ」
半信半疑…と言うよりは一切の信用を無く疑いの視線をヴォーレルに向けると、ヴォーレルは何の躊躇いもなく肯定する。
「〝正気の沙汰〟では無いな、何処の酔狂だ、或いは俺に恨みを持つ連中の罠と言った所か?」
本来、〝指名依頼〟とは…Bランク以上の冒険者に送付される特殊な依頼だ…その実力を求めて、通常の依頼よりも多額の依頼料を払い雇う…当然それだけ依頼の難易度は高く、或いは複雑に成るが…それだけに、〝指名依頼〟の有無は冒険者にとっての〝一線〟…名声が生命の冒険者にとっては喜ぶべき事柄…では有るが、事今回…〝俺〟に限ってはその限りでは無い。
「おいおい…ちゃんとした所からだぜレイド…〝イルズ王国第八師団〟…イルズ王国西方領土を警護する連中からだ、証明の朱印も本物だ」
俺の疑いに対し、ヴォーレルは呆れたように苦笑いしながら俺へそう言い、手紙の中に同封されていた〝金の鷲の紋章〟を見せる。
「……〝内容〟は?」
輝く金の紋章…その意図をを認めると、俺はヴォーレルに詳細を聞く。
「此処から北西の〝ヒュドール山〟の麓に竜種が住み着いたらしい…ただの竜種なら其処まで問題はねぇんだが…」
説明しながら、そう口籠るヴォーレル…確かに、ただ竜種、龍種と言うだけで討伐依頼が出される事はない。
竜種は高度な身体能力、馬と同等の知能を持つ…それ故に、人と共生し生きる〝竜騎士〟も珍しくは有るが存在する…だが。
「討伐依頼が出ていると言う事は、この竜は〝人食い〟の類と言うことだろう」
稀にだが、〝人食い〟と呼ばれる個体が生まれる…〝人食い〟とは、能動的に人間を襲い喰らう〝魔竜〟……他の生物を襲うのでは無く〝人間〟だけを執拗に狙う為に〝人食い〟と揶揄されている。
「だとすれば面倒だ、一介の騎士団如きでは歯が立たん…だから〝指名依頼〟か」
竜と戦う上で〝量〟による圧殺は意味を持たない…人間の何十倍強靭な体躯は拘束等容易に引き裂く、一塊に成った所を〝竜の炎〟で焼き殺されればそれだけでゲームセットだ。
だから、竜を殺すセオリーは〝少数精鋭〟での連携が普通だ。
「……竜、或いは龍は…有る意味では〝脅威〟以上の意味を持つ…ソレが何なのか、分かっているだろうヴォーレル」
話しは分かった…しかし、俺は拭いきれない猜疑心により、ヴォーレルへと問う。
魔物と言う区分に於ける〝捕食者〟、食物連鎖の上位に位置する〝竜〟、或いは〝龍〟ソレ等を狩ると言う事は、即ち己等は人の身で〝竜〟を凌駕したのだと言う証左…つまりは――。
「〝竜殺し〟だろ?」
〝竜殺し〟…英雄としての逸話、その最も有り触れ、だが凡人と英雄とを分け隔てる〝境界〟…その称号の会得だ。
「――国にとって、この竜狩りは責務以上の価値が有る…自己が内包する騎士団、自国の兵士を竜殺しとして取り上げ、国外勢力に向けての〝権威の喧伝〟…その効果を考えれば、〝俺〟と言う外部の混入はその〝逸話〟を薄れさせる…出来れば除外したい〝要素〟だ……加えて、〝俺〟…〝レイド・バルクレム〟は〝負の逸話〟に事欠かない…居るだけマイナスな人間を、何故〝指名〟するのか…」
考えるに煮詰まる事は無い…ソレは〝応報〟か〝謀殺〟だ。
誰彼の恨みを経由してか、或いは…俺と言う〝負の煮凝り〟に誰彼の罪禍を押し付けるのか…その辺りに帰結する。
「――〝俺以上〟の戦士なら、この世に五万と居る…例え王国の正式な所属だろうと信用は出来ん」
俺がそう言うと、ヴォーレルは困った様に頭を掻く…ソレを尻目に、俺は執務室を去り…懐から〝緑石の蜥蜴〟を刻んだ鈍色の指輪を取り出し、ソレを小指に嵌める。
「『待ち合わせは』」
「プラヌの〝Cafe・シャリティエ〟」
「『了承した』」
そして短く一言、二言告げるとその指輪を取り外し…ギルドを後にした。
○●○●○●
――グチャッ…グチャッ、クチャ…――
荒れ果てた〝村の残骸〟…燃え果て、黒炭の煙と、逃げ惑い、逃げ遅れ、生きたまま焼け死んだ黒炭の人間達…その残骸の中で、〝ソレ〟は…舌先で焦げた肉を転がしながら、その〝味〟に歪んだ笑みを浮かべる。
黒い鱗は悪意の証、赤い瞳は狂気を現し、鋭利で太い爪は殺意を謳う…その場所を相まって、〝ソレ〟は正しく〝魔竜〟と謳うに一切の否定は無かった。
――ザッ…ザッ…ザッ…――
「此処に居たのですか〝ヴィゴー〟?…全く、駄目では無いですか、〝あの方〟の命令を忘れて持ち場を離れては」
そんな黒竜に、眼の前の惨状を気にも留めず…一人の〝道化〟が、その純白のスーツを優雅に着こなし、黒竜へと歩み寄る。
――ギョロッ――
その声に、竜は視線をやると…加えていた〝人間〟を飲み込み…その道化へと歩み寄る。
「…グルルゥ♪」
「フフッ♪、全く…〝今回〟だけですよ?…また肥っても知らないですからね?」
そしてまるで、飼い主に甘える愛玩動物と、そのペットを甘やかす飼い主の様に少しじゃれ合うと、道化はその視線を彼方へと向ける。
「――さぁ〝ヴィゴー〟…お散歩は終わりです…後一週間もすれば、〝御馳走〟が来るのですから、しっかりとお腹を空かせておきなさい」
「グルゥ♪、ガルッ♪」
その言葉に、竜は嬉しそうな声を上げ…道化を己の身体に乗せる…そして、その羽を羽撃かせると空を泳ぐ様に突き進む。
(まだまだ〝成竜〟とは程遠いですが…変異種としての成長性は十分…後はどの程度を相手に出来るか…ですが)
ご機嫌な竜を見下ろしながら、道化は一人黙考する…そして、その双眸が捉えた…遥か彼方の〝街〟を一目見て、その街に〝居る〟…その存在に笑みを浮かべる。
(さて…今回はどうでしょうか……♪)




