勝者に財を、敗者に罰を
「――〝レイド〟ッ!…やり過ぎだッ!」
ヴォーレルが居る、背にはズタボロに倒れ込むセレナーデが、衆目はただ事の成り行きを見守り…俺とヴォーレルに意識を割く…其処に、セレナーデへの嘲りは無い。
「……ヴォーレル、この決闘の終了条件は、〝何方か〟が降参、或いは気絶し、無力化された場合だけだ…その娘はまだ〝降参〟と口にしていない」
「ッ……お前…!」
「……ハァッ…仕方無い」
俺はヴォーレルの視線に溜息を吐いて構えを解き、ヴォーレルの背後に居るセレナーデの頭に触れる。
「〝眠れ〟」
「ッ――ま………だ………!」
セレナーデに呪いを掛け眠らせると…セレナーデは最後に、譫言の様に俺へ手を伸ばして足掻く…だが、極度に疲労した肉体では、程度の低い呪詛でさえ抗うことは出来ず、セレナーデは糸が切れた人形の様にその腕を地面に落とす……決闘の幕引きは、そんな呆気ない物で終わり…訓練場には誰もが口を挟めない…奇妙な沈黙が満ちていた。
「――それでは、俺は帰らせてもらうぞ…セレナーデへの説明はお前に任せる」
そんな中、俺は沈黙を打ち破り訓練場の出口へと向かう…その時。
――バシャッ――
何処かから投げられた〝酒〟が、俺の頭へと降り掛かる…ソレを皮切りに、石が、塵が、罵倒が嵐の様に吹き荒れ、俺へ向けられる…。
「この屑野郎が!」
「餓鬼相手に加減も知らねぇのか!?」
「ロクデナシ!」
「鬼畜外道!」
ソレ等一切の罵倒を、俺は無視し…その罵倒が消え果てるまで何も語らず、独り…宿の自室へと帰るのだった…。
「……だから言っただろうに」
結果としてこの決闘は、片や半殺しの苦痛を受け、片や悪評がより深まると言う…誰も得をしない結果と成り…俺は、この街での活動に大きく支障を来す事と成った…。
●○●○●○
――『――――ッ!』――
煩わしい…心地の良い暗闇に届く、何かの音を耳に…私はそう思う。
そして…何故、私は此処に居るのか…と、疑問が巡る…。
(確か…私は冒険者ギルドに居た筈…)
冒険者ギルドで、〝彼〟を見付けて…そして……!…。
(ッ――!?)
思い出した…己が何をし、何をされ、どうなったのか…疼く傷の痛み、血の味、冷徹な拳…無慈悲な〝視線〟…そして。
『――〝拙いな〟』
まるで吐き捨てる様に紡がれた…その、言葉……ソレ等が己の胸中に巡り、そして――。
「――セレナーデ!」
「…ッ!」
姉様の声に、目が覚める…其処は、私の自室で、周囲には父様が、母様が…王都に居る筈の姉様も皆、其処に居た。
「姉様…?……何故…」
「お前が昏倒し、意識が戻らないと聞いて戻って来たのだッ…〝一週間〟も目を覚まさなかったんだぞッ」
「え?……一週…間?」
その瞬間、私は自身の腕に仄かに輝く〝光〟に目を惹かれ…その光を捉える…其処には。
「―――あ…あぁッ…!?」
〝月と剣〟の紋様が刻まれ、私が認識したのを確認すると私の肌に滲んで消えていく…。
ソレが何を意味するのかを、私は知っていた…。
「――さぁ、セレナーデ…病み上がりだろうか答えてくれ…〝誰にやられた〟」
姉様の問いも、父様の言葉も、母様の声もさえ…私の耳には届かない…ただ。
「『〝止めておけ〟…〝セレナーデ〟』」
「あぁ…ぁぁぁぁッ…!!!!」
憐れむような、冷たい〝忠告〟を…今更に思い出し…私は…ただ呆然と、そう呻くしか無かった…。
○●○●○●
――パチパチッ、パチッ――
「……今日は一人で居させろと、そう言った筈だぞ…ルイーナ」
夜の森で俺は、焚火の炎を見つめながら…何もせず…〝無意味な時間〟を過ごしていた。
「――何、珍しく〝感情的〟な御前様を見逃すのは勿体無くてのう…ソレに、一応の報告はしておこうかと思っての…座るぞ?」
そんな俺の隣には、月の様な黄金の髪を備えた、雪肌の美女が立ち…腰を下ろしている俺へとそう告げる…ソレに俺は沈黙の肯定を示し、ただ揺らめく炎を無為に眺めていた…。
――グイッ――
「ッ……暑苦しいぞ、ルイーナ」
そんな最中、俺の胸に頭を押し付ける〝少女〟のルイーナに、俺は抗議の意を示す…しかし、ルイーナはその言葉を鼻で笑いながら、俺の腕を抱き寄せる。
「フンッ、妾は温かい…それに久し振りの〝二人きり〟じゃからの…アイリスめに勘付かれる前に、御前様で癒やされねばならん」
「……そうか」
その理解し難い理由に些かの疑問は有るものの、ルイーナがそう簡単に食い下がらないと知っている俺は、そのまま…ルイーナの気が済むまで、その通りにさせる…そうして静寂を二人、静かに享受していたその時…ふと、ルイーナが俺へ言う。
「……〝中身〟だけは治してやった…それでもかなりの間目覚めんがな、妾としては…あの小娘には良い薬じゃと思っていたんじゃがのう?」
……と。
「……〝契約〟は結ばれた、ソレそのものがセレナーデには丁度いい罰だ、ソレ以上は〝無意味〟だろう」
俺の胸に身体を押し付けるルイーナへそう返し…俺は、また暫く黙り込む…。
「……あの娘は必ずまた、御前様の元に来るぞ?」
するとまた、ルイーナはそう言い、俺の言葉を待つ。
「〝契約魔術〟は原初の魔術の一つだ、その拘束力と絶対性は神々でさえ干渉出来ない〝強度〟を誇る…契約違反の代償は、その内容にバラツキは有れど、どれも違反者にとって不利益な形で還元される…ソレを忘れる程、あの娘は盲目では無い…少なくとも今は、な」
「さて、それはどうかの…ソレはさておきレイドよ…妾は御前様に聞かねばならん事が有る」
問うては返し、返されてはまた問うてを繰り返しながら暇を潰していると…ふと、ルイーナの蒼瞳が俺を映す。
「?…何だ?」
その問いと視線に俺はそう答え、ルイーナを見ると…ルイーナは静かな静寂に響く美声で問い掛ける。
「何故……あの〝娘〟を追い込まなんだ…御前様の前を彷徨く〝蝿〟で有ろうに…何故、御前様は更なる〝悪評〟を背負ってまで…あの娘を恥辱から守った?」
その問いに、俺は少し沈黙し…徐々に緩慢に揺れる炎の尾を見詰めて、ルイーナへ言う。
「……さぁな、戯れか…観賞か…憐れみ、思い留まっただけかも知れないな……何方が好みだ」
「……はぐらかされては仕方無いのう…また今度聞くとしようかの」
その返答にルイーナはつまらなそうにそう言い、俺の胸から抜け出し…その姿を薄れさせる。
「それじゃあそろそろ、妾は戻るぞ…アイリスにそろそろ勘付かれるやも知れぬでな」
「そうか…」
最後にルイーナは此方をチラリと見詰めると、その姿を完全に夜と同化させる…改めて一人と成ったこの〝寝床〟で、俺は未だ焚火を見詰め続け…一人、〝感傷〟に耽っていた。




