無慈悲の戦士
「――それじゃあ、俺が開始の音頭を取る…武器を構えろ!」
ヴォーレルの言葉に、緊張が高まる…そのきんは周囲に伝播し、観衆共の意識をも巻取り強い注目が俺とセレナーデの身体に纏わりつく…しかし、ソレは〝問題無い〟…問題が有るとすれば…この状況をどう乗り切るかだ。
「良いか、殺しは無しの決闘だ…勝利条件は相手が倒れるか、降参するかだ…準備は良いな?」
面倒な事この上ない…何を考えてかは知らないが、こうまで大事にされては何方も〝穏便〟に事を運ぶ事など出来んだろう…故に〝面倒臭い〟…。
「――〝仕方無い〟…か」
少しばかり、あの娘には痛い目を見てもらう事になるが…それも最早避けられない…ならばせめて、アイリスの成長の為に〝利用〟させてもらう。
「良く見ておけ〝アイリス〟…コレがお前の〝剣〟の、その〝次の段階〟だ」
俺はそう言い、蟒蛇の如く酒を飲み干すルイーナと、その横で心配そうに己を見詰めるアイリスに視線をやり…〝構える〟…。
「――フゥゥッ…」
「それじゃあ――」
瞬間、ヴォーレルの声が途轍も無く〝遅れる〟…ゆっくりと紡がれる音の揺れが耳に届き…。
「――〝始め〟ェ!」
そう紡ぎ終えたその瞬間、セレナーデが駆け出す……その一歩を。
――ヒュンッ――
俺の〝一閃〟は挫いた…。
――ザッ――
土の感触が強く、俺の脚に伝わる…肉体はその刹那の移動に利用した筋肉の躍動、その余韻を微かに感じながら、慣性を殺す。
「……」
そして、瞬間…静寂が満ちる…この光景を完全に理解出来ているのは恐らく、俺とルイーナだけだろう。
「……は?」
セレナーデの視点には、俺の姿が一瞬眼の前に現れ、その後消えた様に。
「……へ?」
「……此奴ァ…」
アイリスとヴォーレル、その他の視点では、俺が駆け抜けたと同時に奔った〝剣に反射する陽光の線〟が。
「『……ハァァッ!?』」
そして、大半の冒険者達の視点では…俺がセレナーデの背後に瞬間移動した様に、見えただろう…だが。
「――どうした、立ち止まって」
事実はそうではない…東洋の〝拳闘士〟が利用する高等技術〝縮地〟…ソレと魔術による肉体強化によって音を超え、後はただ、〝斬った〟だけだ。
「ッ――いつの間に…!?」
背後の俺の言葉に、セレナーデは肩を跳ねさせ、反射的に剣を振る…しかし。
――スカッ――
それは虚しく空を切る…其処で初めてセレナーデは気付く…己の剣が…その〝存在〟を欠落した事に。
「柔い剣だ…雑な鋳造品、無駄な装飾を施しただけの〝飾剣〟…そこらの包丁と性能は大差ないな」
道理で、俺如きの剣技で綺麗に〝斬れる〟訳だ…そして。
「――〝拙い〟な」
俺は愕然と硬直するセレナーデへそう言い、彼女を蹴り飛ばす。
――ドッ!――
「カッ…ハッ…!?」
その蹴りは、娘の軽鎧に軽く減り込み…その細身に収まる肉の重みを物ともせずに蹴り飛ばす。
――ドシャッ――
「――経験も、度量も、技術も何もかもがまるで〝足りていない〟」
宙を落ちる、〝折れた剣〟を握りながら…俺は地面に這い蹲るセレナーデを見下ろす…。
「カハッ、ゴホッゴホッ…ウェェッ…!?」
「一度の〝衝撃〟に揺らぎ、反射で防御を取る事も無く、相手の攻擊をモロに受ける…良く今まで通用したな」
余程性能の良い防具でも着込んでいるのだろう…しかし、その防具も適した使い手に使われなければ宝の持ち腐れだ。
「――やはり、お前に〝才能〟は無い…〝凡人〟だ」
「ッ――だ…まりなさい…!」
俺の言葉が静寂を衝く、その声は嗚咽を漏らすセレナーデの心に憎悪を抱かせ…怒りが娘を奮い立たせる…しかし。
――ブンッ――
「――鈍いな、〝教導〟を乞わず…素人の〝独学〟で先走った〝鍛錬〟の結果だ…身体の芯がブレ、動きに〝鋭さ〟が無い」
剣を奪われた未熟な剣士に、何が出来ようか…否、何も出来る事は無い…ただ我武者羅に拳を振り回すだけの〝子供の御遊び〟しか、その娘には残されていなかった。
「ッこの――!?」
――ガシッ――
「――だから、簡単に〝捌かれる〟」
見るに堪えない拳を掴み、捻って投げ飛ばす…それだけの、たった数十秒の攻防だったが…だが、それだけで観衆の目には〝戦況〟は見えていた。
「――降参しろ、セレナーデ・リビア・クロムウェル…お前は俺には勝てない」
「ッ……何処までも私を虚仮にして――!?」
しかしそれでも尚、〝泥塗れの敗者〟は未だ、己の負けを認めずに騒ぐ…ならば、仕方無い。
――カラーンッ――
「そうか……〝負けを認めないならば仕方無い〟」
俺は、〝眼の前の愚者〟を前にそう言い…剣を投げ置く…その声に、その視線に…周囲はざわめき、セレナーデはその目を恐怖に揺らす。
「――お前が降参するまで、〝痛め付ける〟としようか…」
俺はそう言い…愚かで、馬鹿で…同仕様も無い娘の眼の前に〝立ち〟…。
――ヒュンッ――
その鎧目掛けて、拳を振り抜いた…。
○●○●○●
冒険者とは、野蛮な者共のコミュニティである…喧嘩は多く、粗野で礼儀知らず、品行下劣も珍しくない〝ならず者〟も珍しくは無い…。
……だが。
――ドゴォッ――
そんな彼等と言えども、少なからず〝良識〟と言う物は有るものだ…例えそれが〝気に食わない人間〟であっても、ソレが嬲られるのを見て笑う程〝外道〟では無い…。
――ドゴッ、ズシャアァッ――
少女が吹き飛ぶ…その身体をくの字に曲げて…重苦しい沈黙と、少女を撃ち抜く拳の音が、闘技場に轟く…その様は〝酷い〟の一言に尽きた。
「――〝降参〟は?」
「ガヒュッ…ゴホッ…だ…れが――」
――ズドォンッ――
土と血の泥を纏いながら少女はそう言う、その瞬間…男は無言で少女の鎧を撃ち抜き、少女はまたしても血を吐く。
その拳に良心の呵責は無く…鋭く、無慈悲な一撃は、少女を少女と認識せず…ただ〝敵〟として、少女を延々と甚振っていた。
少女の意識を刈り取るならば、簡単だったろう…だが、その男は少女自身に敗北を認める様に迫る…其の為に、何度も、何度も、何度も何度も何度も少女の身体に男の一撃は振り抜かれた…。
「――〝降参〟は?」
男は問う、その灰色の瞳に〝無慈悲〟を宿して…眼前の、最早死よりも〝死に体〟な姿の少女を見下ろして告げる。
「ヒューッ…ヒューッ……ヒューッ………!」
その問いに、少女は微かな笛の様な息を吐き出し…答えない…否、答えられない…ソレに男は答えを待ち…そして、その少女が言葉を紡ごうとした、その瞬間。
「――〝其処まで〟にしろ!」
二人の間に、審判の静止の声が響き渡った…。




