光の影を歩む者
――ジャリィンッ――
ただの〝凡人〟だった…何処にでも居る、埋もれて消えるだけの〝役者〟…ソレが〝俺〟だった…。
――ギリィィンッ――
人並みの期待、人並みの成果、人並みの才気、人並みの思慮…どれもこれも、所詮人間の域を出ない…〝天賦の才〟には届かない…。
――ドッ――
疾うの昔に〝分かっていた〟事だった…なのに。
――バキッ――
『レイド!』
――ドゴォッ――
彼奴は何故…無才の俺を求めた…勇者に選ばれる以前から剣に優れ、魔に優れ、思慮深く、高潔だった〝彼奴〟は…何故、俺を捨て置いてくれなかった…。
――ヒュンッ――
彼奴と比較する事さえ烏滸がましい俺の剣を。
――ビシッ――
彼奴と競う事等出来る筈が無い俺の無知を。
――ズォッ――
お前は遥か天上へと伸び進む〝竜〟だったのに…何故、地を這う事しか出来ない〝蛇〟を友とした。
「――嗚呼、本当に〝苛立つ〟よ…」
目の前の、無数に肉薄する〝不可避の拳〟を前に…俺はそう呟く……お前達は何時だってそうだ、俺が何年も掛けた研鑽を、たった1日で飛び越える、2日で手の届かない彼方へ消えて行く…なのに、なのに。
『『『『『レイド』』』』』
「――巫山戯るなよ、お前達…!」
――ドゴォッ――
お前達は俺を離してくれなかった…俺が足枷で有る事等、疾うの昔に理解していた癖に。
――ドゴォッ――
分かるか…ソレを知り得ながら、お前達に付いて行った俺の〝苦痛〟が。
分かるか……お前達に引っ張られ、引き摺られる〝俺〟の情けなさが。
――バキバキバキッ――
お前達が輝く程黒く淀む、俺の〝醜い魂〟が…。
――ドボォッ!――
「――グルゥ♪」
「――ガフッ…!?」
(嗚呼……本当に〝大嫌い〟だ)
彼奴も、彼奴等も…お前も…〝そんな目〟で俺を見ないでくれ……。
――ドシャアッ――
「ガルゥッ、バウッ、バウッ!」
「カヒュッ…ゴブッ…!?」
俺に……〝何かを期待するのは〟止めてくれ…。
俺はただの〝凡人〟何だ…。
○●○●○●
初めて見たその時から…妾は、ソレに〝惹かれていた〟…。
眩く輝く〝勇者〟と〝英雄〟…ソレを見送り、独り、その場を去る〝凡才〟を。
清らかを愛するのが精霊の本能で有る…だから、あの様な〝嫉妬〟に汚れた男には精霊一匹、何一匹、近寄ろう筈が無かった。
『精霊女王…良いだろうか』
『何だ、〝レイド・バルクレム〟』
『俺への褒美に付いて、少し〝頼み〟が有る』
そんな男が、勇者達から離れ…我が母上に直談判した時…妾は、その男を嘲弄した…母上の力で、精霊と契約しようとしたのだと、そう考えたからだ。
しかし…ソレは違った…。
『俺を……〝霊樹守〟として雇ってはくれないか』
『……は?』
その言葉を聞いたその時程、困惑した事は無かった…その身に燻る〝悪意〟を見れば、ソレが何か悪しき事を考えているのかと邪推した…しかし、ソレは続けて言うのだ。
『報酬は要らん、何も要らん…ただ、俺を〝雇い〟…〝侵入者〟と戦う許可をくれ』
『……何が目的だ、レイド・バルクレム?』
母上が問い、妾はソレに同意し奴を見た…すると、奴は肩を竦め…未だ歓声を上げる〝奴等〟を見て言う。
『お前なら、もう分かっているだろう…あの〝英雄達〟にとって、俺が〝どういう存在〟なのか』
『……』
『――〝足枷〟だ…随分前から、俺は彼奴等に付いて行く事が出来なく成って来た……俺は、〝足手まとい〟に成っている…ソレが分からない程、自惚れていない』
その声は、その冷たく冷静な声と共に微かな震え、屈辱を纏いながら…紡ぎ続ける。
『彼奴等にも言った…俺を捨て、新しい〝英雄〟を仲間にするべきだと…だが、断られた……彼奴等を説得する事は、俺には出来なかった』
そして、母上を見る…その視線を見た時…妾は、その目に魅入った…その黒く光る…澄んだ〝双眸〟の…刃の如き〝鋭さ〟を。
『――力が要る……だから、俺に〝戦場〟をくれ』
今でも妾は、その日、その時を鮮明に思い出す事が出来る…あの日の、あの〝凡才〟の中に見た…〝小さな英雄の欠片〟を。
●○●○●○
静寂の中……ソレは、見ていた…目の前の〝弱者〟を。
――ポタッ…ポタッ…――
〝闘争〟に疼くソレは、たった数分の攻防で理解していた…目の前の〝弱者〟と、〝己〟の力量…〝力の差〟を。
――ザッ!…――
「ハーッ……ハーッ……!」
「……バウッ…」
だと言うのに、〝ソレ〟は動かなかった……いや、そうじゃない…〝動けなかった〟…。
――バチャッ――
自身の血を踏み付けるソレの動きに、知ったから……〝アレ〟の為してきた恐るべき〝鍛錬〟の一端を垣間見た為に。
何がアレを其処まで突き動かしたのか、ソレは分からない…分からなくても構わない…ただ。
――ギロッ――
「ッ……!」
「………フゥゥゥッ…!」
目の前の〝ソレ〟は…〝弱者の皮〟を着たソレは…必ず、己の考える以上の〝何か〟を秘めていると…そう確信していた。
「……そんなに見たければ、見せてやる…〝無才のやり方〟を…!」
そして、その瞬間…剣を持つ男の雰囲気が〝変わる〟…。
「〝幻想投影〟――」
噴き出した魔力が…剣を、男を包み込む…それと同時に闘気が膨れ上がり、男はその立ち居振る舞いを〝変える〟…〝弱々しい死に損ない〟から――。
「〝猛き無双の豪傑〟…!」
雄々しき、獰猛な戦士へと…その膨大な闘気は己の心の臓腑を叩き…知覚させる。
〝己の死神〟が眼の前にいると言う事を。
ソレが…今の己にとって、堪らなく〝愉快〟だった…。




