遥か遠き御使い
「〝革鎧〟…それも〝オーガ・ジェネラル〟の攻擊に耐えることが出来て、並の革鎧と同等の軽量さ、魔術耐性も欲しい……纏めると、こんな所かな?…他に要望は?」
――カチャンッ――
「いや、無い……だが、可能なのか…無理を言っているのは承知のつもりだが…」
店主が問うた、その装具に求める性能を俺が述べ…その〝難題〟に俺がそう問うと…彼は俺へ微笑み返し、言い切る…。
「――うん、可能だよ」
「………そう…なのか」
その、余りにも自信に満ちた言葉に俺は少しの間沈黙し…目の前の〝異界の人間〟に少なく無い驚きを抱く…すると、ソレが分かったのだろうか…その店主は穏やかな笑みを浮かべて俺を見詰め返す。
「まぁ流石にそれだけの性能を求めるとなると、一朝一夕では造れないけれど、素材さえ揃えば大抵の衣服は作れるよ……武器とか金属鎧何かは専門外だけどね」
店主はそう言うと、懐から一枚の分厚い〝書物〟を取り出し…ソレをパラパラと開く。
「それは……〝魔導書〟か?」
「ん?……嗚呼、まぁそうだね…この〝世界〟に存在する魔物、ソレから作られた〝革、布、繊維〟の性質を記しただけの〝素材図鑑〟だよ…まぁ、殆ど衣類関係の〝魔導書〟だから、君達には大した価値は無いんだけどね…で、君の要望通りの〝革鎧〟となると…求められる素材は低く見積っても〝Aランク以上〟の魔物…オーガ・ジェネラルがAの下位だから…」
そう言い、店主はその手で古びた頁を捲っていくと…其処に記された〝獣の挿絵〟を見ながら、その名前を紡ぐ。
「〝黄金郷の亡王の呪布〟、〝竜王種の鱗〟、〝悪精霊樹の種子〟、〝淫毒の蜘蛛妃の絹糸〟…かな?」
その名と共に目に映る〝絵画の獣達〟は、皆一様に恐ろしい出で立ちや、一目で分かる程特徴的な見た目をしている者等、それぞれに強烈な〝個性〟を纏っていた…だが。
「……聞いた事の無い〝魔物〟も居るな」
俺は竜王種を除く其れ等の〝厄介者〟達について、全くの未知だった…ソレを口にすると、店主は軽く頷きながら、ソレを肯定する。
「まぁね…発生事態が珍しい〝魔物〟、そもそも発生=〝国家壊滅〟レベルの〝魔物〟この魔導書に記された〝特上品の素材〟達はそう言う〝極めて危険〟な魔物達から手に入れたものだ」
そして、そう言いその魔物達の危険度を仄めかし……其れ等を〝討伐した〟事実を極自然に話題に出し、俺を見る。
「――〝魔王討伐〟を最終目標に据えるなら、〝このレベル〟で焦っては居られないんじゃないかな?」
そして、そう言った……ルイーナとアイリス、その二人にしか伝えていない、俺の目的を…極当然の様にハッキリと…。
――ガタッ――
「ッ!?――何故ソレを…〝読心〟の魔眼か…?」
その言葉に俺は思わず立ち上がり、目の前の〝得体の知れない店主〟にそう問い掛けてしまう…これ程までに緊張したのは、過去に2回と無い…ソレほどまでに、その店主の言葉は〝予想外〟だった…。
「〝読心〟……当たらずとも遠からず…って所かな?…御免よ、発破を掛けるつもりが逆に緊張させてしまったかな……やっぱり、僕にはあの子みたいな真似は出来なさそうだ…」
そんな俺を見て、店主は申し訳無さそうに俺へ頭を下げる…その行動に俺は漸く害意が無い事を理解し、平静を取り戻すと…店主は告げる。
「――僕は所詮〝仕立て人〟だ、戦う力は皆無だし、戦いや身の回りの世話は殆ど〝ルージュ〟に任せてる…僕に出来ることは精々、〝御客様に合う服〟を創り上げる事だけ…御客様が望む〝モノ〟を提供するだけだ」
そして、そう言いながら…店主は頁を更に捲り、その書物の後半…その中の一枚の〝獣〟の頁を捲り、俺へ見せる。
「――だから、其の為に僕は…君に〝御使い〟を頼む事にするよ…君が求める〝装備〟の為に〝コレ〟を狩って来て欲しい」
其処には、浅学な己さえ知っている魔物の名前が刻まれていた…ソレは――。
「――〝ベヒーモス〟…」
遥か昔の神話にのみ存在する、〝幻想の怪物〟の名前だった。
「そう、〝陸の獣〟…〝大地神獣〟、〝大自然の具現〟…〝幻の魔物〟、〝伝説の怪物〟だ…君にはコレを〝討伐し〟…その素材を手に入れて欲しい」
「……」
ソレは正に馬鹿げた〝御伽噺〟の様な物だった…その存在はただ文献に記されていただけ、その存在を、場所も分からず〝狩ってこい〟等…無謀にも等しい〝依頼〟だ…。
「……本当に…〝居る〟のか…?」
「嗚呼、居るとも…〝僕が保証する〟」
しかし、ソレを提示する〝男〟の眼は……何処までも澄んでいて…何処までも〝偽りは無かった〟…。
「……此奴の〝居場所〟は?」
俺は鳴り止まない鼓動を押し殺しながら、目の前の〝店主〟に問うと、店主は首を横に振り…俺へ言う。
「――詳細は〝答えられない〟…神々と交わした〝誓約〟が有るからね…だからその居場所は君達で見つけてもらうしかない…だけど、一つだけ君に〝伝えよう〟」
そして、その店主はそう言い…俺の目を真っ直ぐ見て言う…。
「近い内に、必ず君と巡り合うよ」
……と。
「……出来る範囲で、何とかする」
「――そうだね、ソレが良い……〝今直ぐに〟要望の品を作ってやれないお詫び…と言っては何だけど、〝繋ぎの装備〟を見繕おう…代金は材料費だけで良いよ」
そして、気が付くと数時間経過し紅に染まり始めた空模様を見て、俺は席を立つ…。
「また明日来てくれるかい?…それまでに代わりの革鎧を〝作っておこう〟」
「……嗚呼…分かった……帰るぞ二人共」
「「もうちょっと!」」
「――認めん、明日にしろ」
「二人共、そろそろ閉店時間だよ…また明日遊びにおいで」
「「え〜!?」」
そして、改めてその店主へ礼を言い…騒がしい二人の娘達を引き摺るようにドアへと足を運ぶ…その様子を、店主と、無機質な給仕は静かに寄り添い…穏やかに見詰めていた…。




