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サバイバルクッキング

 野営の準備が終わる頃。

日は落ち、辺りの気温は一層冷え込む。

昼のうちに巨熊の爪痕が残っている範囲内で料理に利用できそうな薬草やキノコを集めた。


 香りの強い薬草は肉の臭み消しになるだろう。

キノコの知識に関してはフェリシアを頼った。

僅か1時間程度の間に、両手でギリギリ抱えられるほどの量を集めて来るとは想定外だ。


 サバイバル生活に於いて案外フェリシアは優秀なのかもしれない。


「九条、お待たせ。 釜戸の準備ができたよ」


「そうか。 では、エリシアは水浴びでもしてきてくれ。 その間に作っておくから」


「わかった!! まだあんまりお腹空いてないから先にフェリシアに食べさせてあげて大丈夫だからね!」


 暴食の化身のようなこの女が他人を優先するとは珍しい事もあるものだ。

しかし、本当にエリシアは便利だ。

彼女がいなければ火おこしだけでも半日はかかっていただろう。


 そして、何よりも水だ。

この辺りは川が無く、通常の登山であれば当然飲み水の持ち込みが必要となる。

本来であれば身体を清めるなどといったことに水を使うなど言語道断。

だが、このエリシアという女がいる事でそれは可能となった。

 

 魔法という物は心底素晴らしい。

魔力を多少消費するだけで大量の水や炎を好きな時に好きなだけ利用する事ができるのだから。


 様々な魔法をここ数ヶ月の間で見てきたが、その中でも一番驚いたのは塩を錬成する魔法だ。

俺達がいたアテルの街は内陸部に位置しており、塩を作ろうにも海水を得る事ができない。

 

 だが、この魔法があるおかげで安価で塩を供給する事ができるのだ。

無から有を作り出す事のできるこの世界はある意味、消費する事でしか何かを得る事ができなかった元の世界より優れているのかもしれない。


 文明があまりにも発展していない事を疑問に思っていたが、ここ最近でようやく答えが出た。


 恐らく、この世界は魔法という存在のおかげで科学的に発展せずとも豊かな暮らしが送れたのだろう。

……農業や移動手段に関してはもう少しがんばれなかったのかと言いたいところだが。


「ねぇ、お腹すいたんだけど!? いつまで待たせる気よ!?」


「まだまだ待ってもらうぞ。 何しろ今から作り始めるのだからな」


「えぇ……」と不満そうな声を上げるフェリシア。

下品に腹の虫を鳴らすこいつは本当に女らしさの欠片もない。


 これ以上放っておいたらフェリシアが面倒くさくなりそうだ。

いい加減に作り始めるか。


 俺は平べったい石の上に食材を並べる。

厚く切った熊肉と回復薬の材料になるフリシュ草。

気力回復薬エナジードリンクの材料で使うペルパの種子と、毒毒しい赤紫色をしたキノコ。


「……おい、フェリシア。 このキノコは本当に食えるんだろうな?」


「当たり前でしょ! まさか、私ほどのハンターが毒キノコを取って来たなんて思ってんの!?」


「いや、キノコがだな。 『私は毒を持ってるから食べない方がいいですよ』と俺の目に訴えかけてくるのだが……」


「はははは!! あんたそんなこと言うなら熟した果物も食べられないわよ? 綺麗に色づいた食べ物は美味しい、そんなの世界の常識じゃない!」


 なるほど。

元いた世界とこの世界では警告色の色も違うのか。

確かにこのキノコからは気品のある香りがする。


 芳醇なバターのようなこの香りは生前にヨーロッパで食した白トリュフによく似ている。

俺が調理するのに相応しい食材なのかも知れないな。


「確かにそうだな。 では、有り難く使わせて貰うことにする」


「ええ、感謝しなさい! そして早く作りなさい! このままだとお腹が減りすぎて死んじゃうわ!」


 全く、大袈裟な女だ。

早速取り掛かるとしよう。


 まずはペルパの種子を手頃な石ですり潰す。

こいつは黒胡椒の匂いによく似ているし、辛味もある。

 肉の臭み消しには最適だろう。

次はフリシュ草を細かく刻み、塩と混ぜる。

鼻を突き抜けるバジルのような爽やかな香り。

これもきっといい仕事をしてくれるはずだ。


「ふぅん、なんか本格的じゃない。 多少期待してあげるわ」


「覗き込んでないでお前も手伝え。 キノコを薄く切ってくれればそれでいい」


「しょうがないわねぇ。 今回ばかりは私も腹ペコだから何も言わずに手伝ってあげましょう! たくさんあるからついでにスープでも作るわね!」


「あぁ、頼んだ」


 意外と気が効くじゃないか。

あいつもさすがにキノコだけで作るスープをヘドロに変えるような錬金術は持ち合わせていないだろう。

付け合わせはフェリシアに任せて俺もそろそろ仕上げるとしよう。


 釜戸で温めた石焼のプレートの上に熊肉の脂身だけを塗り広げる。

ある程度塗り広げた後、すり潰したペルパの種子と特製ハーブソルトを塗りつけた熊肉をプレートに乗せる。

ジュワァと食欲を唆る音と共に香ばしい肉の焼ける匂い。

思わず生唾をごくりと飲み込む。


 キノコを切り終わり、先程から鍋をかき混ぜているフェリシアも口の端から涎の垂れただらし無い顔でこちらの様子を伺っている。


「ね、ねぇ!? 後どれくらいで出来るのかしら!?」


「後は火を通して盛り付けるだけだ。 そっちはどうだ?」


「こっちもいい感じよ! 一煮立ちさせたら完成ね!」


 ふむ、フェリシアの鍋からも品と深みのある芳醇な香りがする。


……見た目が完全に毒物なのが玉に瑕だが。

ドギツい紫色の汁の中を漂うキノコ。

 

 ゴポゴポと音を立てて煮えたぎるそれはスープというよりも、まるで物語の世界で魔女がかき混ぜる大鍋のようだ。


 昔、母が珍しく料理をした時に出された紫芋のシチューを思い出す。

ビジュアル的にはどの角度から見ても食べ物のそれではなかったが、不思議な事に味はそれなりに美味だったと記憶している。 


……材料は塩と食べられるキノコと薬草だ。

この見た目でも失敗ではないのだろう。


「さぁ!できたわ! 題して、薬草とキノコのカラフルスープ 溺れるキノコを添えて!!こんな感じでどうかしら!!」


 木皿にべちゃべちゃとスープを溢しながらドヤ顔で平石の上に並べるフェリシア。


 キノコのスープの上にキノコの溺死体を添える意味が全くわからないしキノコの部分を二度も重ねる意味もわからない。薬草の緑とドギツイ赤紫のコントラストをカラフルだと呼んでいい物かも不明なのだが……。


 まぁ、あのドヤ顔を見るにあいつの中ではセンスの塊のような名前なのだろう。面倒だし触れないでおこう。


 そうこうしているうちに肉がいい塩梅に焼けてきた。

本当であれば赤身を残したかったが、ジビエ肉を生食する勇気はさすがにない。


 ウェルダンは好みではないが、いい具合にサシも入っているし、硬すぎることは無いと思いたい。

釜戸から火を抜き、火加減を保温程度に調整する。

スライスしたキノコを生のまま肉の上に散りばめれば……

「完成だ。 大熊のロッシーニ風、ハーブソルトで」


「やれやれ、あんたって意外とネーミングセンスがないのね。 あたしのスープの方がよっぽどメイン張れそうな名前してるわ!!」


「文句があるなら食べなくてもいいぞ?どうせエリシアが五人分くらい食べるだろうしな」


「誰も食べないとは言ってないでしょ!! 姉さんが帰って来る前に食べとかないと大変なことになるし、早くいただきましょ?」


 それには同意だ。

今食べておかねば延々とエリシアのために肉を焼かなくてはいけなくなる。


 ……あの小さい身体のどこにあんな量の食事を詰め込んでいるのだろうか?

腹の中にブラックホールでも飼っているのだろうな、きっと。


「んー!! これめちゃくちゃ美味しいじゃないの!! 毎日作りなさい!! 私専属のシェフにしてあげるわ!!」


考えごとをしている間にフェリシアが肉に齧り付いていた。

……せめてナイフくらいは使えよ、品の無いヤツだ。


「お前はもう少しエリシアを見習ったらどうだ?あいつは食べる量は異常だがテーブルマナーはちゃんとしているぞ? 」


まあ、人の食事を奪う時は除くがな。


「なによ!!! いつもいつも姉さん姉さんって……!!!」


 肉を木皿に置き、立ち上がったフェリシアはズケズケと俺ににじり寄ってくる。

めんどくさいやつだ。どうせ程度の低い罵声を投げかけてくるのだろう。


 ヤツは怒りのせいか真っ赤に染まった顔を俺の眼前まで近づけてきた。……珍しく涙目だな。その程度で凹むタマじゃないだろうに。


「──私には…… 魅力がないっていいたいの……?」


「は??」


 こいつは今何と言ったんだ??

思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

呆気に取られた俺の背にフェリシアの両腕が回る。


「確かに姉さんの方が女の子らしくてお淑やかかもしれないけど、私だって女の子なのよ……?どうしてあんたは私を邪険に扱うの……?」


 潤んだ瞳で俺の顔を見上げるフェリシア。

髪の色と同様真っ赤に上気した頬。今まで気づくことのなかった整った輪郭に通った鼻筋。桜の花弁のように淡く、柔らかそうな唇。


 今まで男のようだと思って接してきた彼女の初めて見る表情。

この状況に思考が追いつかなかった俺の頭はフリーズし、一瞬機能を停止した。

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