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山岳地帯へ

 街を出て、既に三日が経っていた。

見晴らしの良い平原を抜け、高い針葉樹が立ち並ぶ山岳地帯へとたどり着いた俺達。


 山頂から麓へと吹き抜ける風は一層冷たい。

目指す先はこの翼人の山の反対側にある港街だそうだ。


 大した装備もないのに登山など馬鹿げていると全力で反対したのだが、どうやら中腹にある洞窟から反対側に抜けられるらしい。


 かつて、姉妹の両親もその港から船で王都へ向かい、消息を絶ったとの事。

彼女らは父母の軌跡を辿りながら今は亡き王都を目指すそうだ。


 今は廃墟と化した王都だが、そこに魔王が住み着いているとガンドルグは言っていた。

必ず、この剣を魔王の喉元に突き立てて見せる。

友の誇りを、夢を踏み躙った魔王。

──こいつだけは絶対に許す事ができない


「九条、辛そうな顔してる。 どうしたの? どこか痛いの?」


「少し考え事だ。 そんな顔してたか?」


「機嫌の悪い魔獣みたいな顔してたわよ。 何考えてたかは知んないけど最近あんた、人間味が出てきたわね」


 俺の問いに答えたのはフェリシア。

彼女は切長の瞳を細め、幼い少女のように無邪気に笑う。

 エリシアよりも大人びた顔つきと身長のせいか、いつも忘れるが、そういえばこいつは14歳。

俺とエリシアよりも歳が3つも下だった。


「当たり前だ。 何度も言うが俺は人間だぞ? 全く、失礼なヤツだ」


「怒んないでよ! ほら、あんたってずっと無表情で何考えてるかわかんなかったからさ。 最近は色んな顔するようになってきたから少し安心してる」


「だね。 フェリシアいつも心配してたんだよ? 『私、あいつに嫌われてるのかな……』って。 九条に構ってほ──」


「──ああ!!! もう!! 姉さんやめてよ!!!」


 髪の色と同じく、顔を真っ赤にして腕を振り乱すフェリシア。


 あいつは人の評価など気にしない人間だと思っていたが、意外とナイーブなようだ。

ジタバタと悶える彼女の姿を見たエリシアは、手を口元に当てて小さく微笑む。


「ふふっ」


 思わず俺の口からも笑い声が漏れてしまった。

その瞬間、姉妹はパッとこちらに視線をやり、満面の笑顔で俺を指差す。


「「あ!!! 今笑った!!!!」」


 なんだこいつら……

俺が笑ったのがそんなに珍しいか?

何度も言うが俺だって笑う事くらい──


 ──いや、久々だな。作り笑顔などではない、自らに嘘をつかずに出た笑いというのは。

これがいい方向なのかはわからないが、この世界に来てから俺の中で何かが変わりつつある。


「フェリシアは他人の目を気にするタイプではないと思っていたからな。 少し意外だった」


「どういう意味よ!! ……まぁ、珍しい物を見られたから今日は許してあげるわ」


「ふふっ、でもそろそろ気を引き締めてね。 ──大きな足跡に爪の跡。 この辺りは多分魔獣の縄張りだと思うから」


 ここ何日かは特に脅威といった脅威もなく順調に進んでいた。そのため言われるまで気が付かなかったが、辺りをよく見てみると確かに今までの平原や森とは違う。


 勾配が急な険しい道。

明らかに人通りのない山道だが、足元に生えた雑草は何者かに踏み潰され、押し花のように萎れている。指の本数からしておそらくは哺乳類。それも、辺りの岩や樹木に付けられた爪痕から推測するに背丈は3メートル程の生物だと思われる。


「この足跡は大型のマウントグリズリーね。 縄張りを主張してるし、多分雄だと思う。 襲われると少し厄介だわ」


 しゃがみ込み、フェリシアは足跡を鑑定する。

なるほど、熊だったか。3メートルの熊に襲われるなど洒落にならない。


 目と耳が効くフェリシアが先頭となり、なるべく音を立てぬよう静かに前進する。

しばらく進んでいくと、フェリシアが背後の俺たちに対して振り返り、ハンドサインで『待て』と示す。


 理由は俺にもわかった。

数十メートル先の茂みから地面を揺るがす大きな足音。音の主はこちらに向かってどんどん近づいてきているようだ。


 隠れてやり過ごすくらいなら、距離があるうちに戦闘準備をして真っ向から打ち合った方がまだマシだろう。


 エリシアは手を前に突き出し、フェリシアはクロスボウに矢を番える。俺は二人の前に出て魔剣を構える。


 段々と茂み越しにヤツの巨体が見えてきた。

欠けた片耳。眉間には刀傷。首元には鈍く光る鎖の輪を携えた大熊の姿。


「ヴウォオォ!!!!」


 俺達の姿を認識した途端、雄叫びを上げて駆け出す。

ヤツの叫び声に少々怯んでしまったが、こちらも負けじと魔剣を構え直す。


「いくよ、二人とも!! 聖者の細槍(セイクリッド・スピア)!!」


「任せてぇ!! 拡散ディフューズ


 エリシアの放った光の矢は熊の左前足に、フェリシアの放った矢は3本に分裂して右前足と左目に突き刺さる。


「グォオオオオ!」


 勾配の急な下り坂で、ヤツの足は身体を支えるので精一杯だったのだろう。

両脚に攻撃を喰らった巨熊はドスン、と大きな音を響かせ、派手にすっ転んだ。


「九条!! トドメをお願い!!」


「任せておけ。 小鬼槍士《ゴブリン•ランサー》」


 刀身に浮かび上がる小鬼槍士《ゴブリン•ランサー》の文字。俺は両手で握った魔剣を直角に引く。


突き(スラスト)


 一気に距離を詰め、突き(スラスト)は発動する。

狙うは熊の脳天ど真ん中。ヤツは未だ踠き続けるだけで立ち上がることはできない。


「もらった!!!」


 そのまま放たれた魔剣の一撃は、熊の眉間に吸い込まれる。


「グォ……」


 か弱く小さな鳴き声を口から漏らす巨熊。

頭から剣を引き抜くと、ヤツは眉間から血を流しながらぐったりと倒れ込んだ。


「なんか、意外とあっさり倒しちゃったね」


「ああ、なんかいまいち煮え切らないな」


「二人とも何言ってんのよ!!  マウントグリズリーの筋力ステータスは平均B! あのサイズならA近くあってもおかしくなかったわ!! もし、私と姉さんが外してたらあんたは今頃バラバラ死体になってたわよ!!」


 背筋がゾワッとした。

こいつ、知ってたなら会敵する前に言っておけ。

前衛だから前に出るのは仕方ないとして、その情報を知っているか知らないかでは心構えが違うだろう……。


「ま、まぁ、とりあえず九条も私達も生きてるからよかったって事にして…… そろそろ休憩しない? この子の縄張りだったんならきっと誰も入ってこないし!」


「賛成!! マウントグリズリーの肉は結構美味しいって誰かが言ってたわ! せっかくだし、今日はこの辺りで野営しましょうよ!」


 最近の食事はフェリシアお手製の干し肉ばかりで飽き飽きしていた。

噛めば噛むほど味が出る、なんて商品は元いた世界には山ほどあったが、こいつは噛めば噛むほど獣臭さが滲み出る。

もう、あんな食事はゴリゴリだ。

今日は久々に俺が調理をしよう。


 薬作りの過程で、香辛料の代わりになりそうな薬草を何種類か見つけた。

肉の臭み消しとして利用できるかも確かめたいところだ。

もし失敗したとしても、炭化した焼死体や碌に処理もせずに陰干しした臭い肉よりはマシな物が出来るだろう。


「フェリシア、こいつを捌いてくれ。 今日は俺が夕飯を作ろう」


「へぇ、あんたが料理なんて珍しいじゃない。 不味かったら絶対に許さないから覚悟しなさい!」


こいつ…… どの口が言う……。


──まぁいい。


 世界中の美食という美食を味わい尽くした俺の実力、見せてやろうじゃないか。

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