魔王
見渡す限り一面の瓦礫。
かつて、この世界に暮らす人間達の憧れの地として名を馳せていた王都アイリスシュタッドは、もはや見る影もない。
掲げられた雄々しき竜の紋章は削り取られ、下卑た顔の悪魔へ挿げ替えられた。
地上に降りたった神の箱庭と謳われた庭園は、腐臭を漂わせる人々の亡骸が蠢く地獄へと姿を変えている。
唯一遺された象徴は、今や魔王の居城として姿を変えたこの巨大なアイリスシュタッド城を残すのみであろう。
血飛沫の跡と思われる所々黒ずんだ真紅の絨毯。
それに沿って吸血鬼の男女が魔の主が待つ玉座へと足を運んでいた。
「……この僕にゴミ処理を押し付けるなんて。 全く、あいつは何様のつもりだ」
「魔王様、ですよ。 坊ちゃん」
青年の悪態に配下の女性は冷静に返す。
両名共に、血の気が通っているか疑わしいほど透き通るような白い肌。まるで銀細工のような美しく煌めく白金の髪。それとは対照的な漆黒のマントで覆い隠した貴族服。
二名のうち、髪を丸いボブカットに切り揃えた若い男性。彼は苦々しい顔でため息を吐き、錆びついた大扉を四度ノックする。
「魔王様。 讖祖 ドラグレス・ドラクロワ及び、副官エリザベート。 計二名、ご報告をさせていただきたく参上いたしました」
「うむ。 入るが良い」
威厳に満ちた重低音の声。
ギィと耳障りな音を響かせて開いた巨大なドア。
そして、眼前に現れた厳かな玉座に鎮座する城主。
漆黒のプレートメイルを身につけた彼から発せられる重圧に、ドラグレスは息を呑む。
一般的な人間の男性より少し高めの背丈。体格は自らと変わらないほどであろう。
だが、それでも王の前へと一歩、また一歩と近づく度に身体が鉛の様に重くなるのを確かに感じる。
さ魔王の眼前へと歩みを進めた二名の吸血鬼は、その重圧に従うように、跪いて首を垂れる。
「よくぞ参った。 報告とやら、聞かせてもらおうか。 表をあげるが良い」
「はっ」
ドラグレスは顔を上げ、深紅の瞳を魔王に向けると、口を開く。
「魔王様が望まれたように、獣牙族、翼人族を従わせました。 ですが、アテルに攻め入った獣牙族は長の死によって敗走。 戦意を完全に失ってしまったようです。 力で支配し、再度アテルを攻めさせる事も可能かと思いますが、いかがなさいましょうか?」
「よい、元よりただの戯れだ。 これ以上其方が骨を折る必要も無かろう。 それに、敗走した部族など我が配下たる価値もない」
「畏まりました。 他にもご報告させて頂きたい事がございます。 続けてもよろしいでしょうか?」
「構わぬ、続けるが良い」
魔王が首を縦に振ったことをぬ確認したドラグレスは再び口を開く。
「はっ。 先日こちらの傘下に入った翼人族、族長のクラプターは獣牙の族長を倒した人間の一味の首を差し出す事で忠義を示したい、などと申しております。 魔王様はアテルと攻めろ、と命じられておりましたが、いかがなさいましょう?」
「好きにしろ、と伝えておけ。 ──それよりも、お主に捕らえさせた鬼人族の族長とやらはこの場に連れてきておるのか?」
配下の言葉に、魔王は間髪いれずに返事を返す。
機嫌を損ねた、と内心怯えていたドラグレスだったが、杞憂だったと胸を撫で下ろす。元より、魔王は鬼人にしか関心がなかったのであろう。
「はっ。 エリザベートの聖女の牢獄にて捕縛しておりますので、すぐに喚び出すことは可能でございます」
「そうか。 で、あれば召喚した後、貴殿らは下がるが良い。 ご苦労であったな」
「畏まりました。 ──エリザベート」
先程から跪いたまま微動だにしなかった侍従。
彼女は己の腰ほどまでに伸ばした白銀の髪を揺らしながら立ち上がると、手のひらを身体の前に突き出す。
「聖女の牢獄」
レッドカーペットの上に現れた魔法陣。
その中央の地面から、悲痛な顔の女性をモチーフとしたであろう鋼の棺桶がゆっくりと浮き上がってくる。
「しばらくすれば自ら這い出してくることかと。 それでは、私とエリザベートはこれにて失礼いたします」
ドラグレスは立ち上がり、エリザベートと共に一礼する。そのまま二人は身を翻して巨大な鉄扉を潜る。
「……必ずその玉座は僕が貰い受けるからな」
ドラグレスの呟きをかき消すかのように耳障りな不協和音を響かせて閉じられたドア。
遺された空間には中央から大きく開かれた両扉の棺桶と、玉座に腰を下ろした魔王のみ。
「確か、ラクシャと申したか? はよう顔を見せぬか。 でなければこのまま焼き殺すこととするが」
「……」
静寂に包まれる室内。
いつまでも姿を現さぬ鬼人に魔王は痺れを切らしたのか、掌を前に突き出す。
それを中心に一際大きな魔法陣が浮かび上がる。
「火球」
小鬼の魔術師が放った火球の10倍近くの大きさで燃え盛る炎の玉。
薄暗い室内を照らす小さな太陽の様なそれは、鉄の棺桶を飲み込み、着弾と同時に火柱を上げる。
その場に残るは溶けた鉄の残骸のみ。
到底生物がいたという痕跡は見当たらなかった。
「まさか、最下級呪文の火球でこの威力とはのぉ。 あの吸血鬼といい最近出会うものは化け物ばかりじゃわい」
声の主は閉ざされた扉の前にいた。
無地の黒い着流し。和紙の様に皺くちゃの赤い皮膚。頭部には2本の立派な角。右手に握った杖で身体を支え、立派に蓄えた白髭が顎からだらんと垂れているその姿はどこからどう見てもただの老人である。
「よくぞ躱した。 ラクシャよ、我は其方のスキルが見たい。 其方のスキルを用いて我に一太刀いれて見せろ。 それが叶えば何でも一つ、褒美を与えてやろうではないか」
「ふむぅ。 なんでも良いのであれば、そうじゃのぉ」
ラクシャは一瞬にして姿を消す。
魔法の詠唱や、スキルを起動する声はなかった。
単純に彼の身体能力によるもの。恐らく、素早さに関してはSランク相当であろう。
「その命を頂くとしようかの。 ──スキル:多重分刃」
魔王が次に彼を視認したのは、僅か1秒後。
突如として頭上に現れた三人のラクシャ。
うち、二人の鬼人は手のひらに魔法陣を。残った一人は杖から引き抜いた仕込み刀で玉座の主の首を狙う。
「「巨人の血脈」」
筋力のステータスを増強する強化魔法。
仕込み刀を持ったラクシャの身体を赤光が包み込む。
そのまま魔王の首元へと降り下ろされる神速の剣。
「……ハズレか。 つまらん」
確実に仕留めた。
そう確信していたラクシャの一刀は、魔王の首を刎ねるには至らない。
たった2本の指で挟まれた刀身を、鬼人の長は一寸たりとも動かすことが出来なかった。
魔王はゆっくりと右腕を引く。
「……すまぬ、我が部族の者たちよ。 仇討ちは叶わなかったようじゃ。 ワシもそちらに──」
──魔王の右腕はラクシャの左胸を貫通し、黒鉄の腕甲を紅く濡らす。
そのまま振り払われる魔王の手。
鬼人の長は宙に舞い、大理石の柱に叩きつけられる。
そのままずり落ちた遺体を中心に血溜まりが生まれた。
「リュクレース。 いるか?」
「……うん」
ラクシャの血痕で染め上げられた柱。
その影から現れた女性は赤いフード付きのマントをはためかせ、鬼人の遺体の前へと座り込む。
「……それなり。 あいつの玩具にはなる、かな……? また……ハズレ……」
「あぁ、またハズレだ。 全く、悲願を達するのはいつになる事やら」
カチャリと鎧を鳴らし、魔王は立ち上がる。
リュクレースと呼ばれた女性の元にそのまま彼は歩みを進め、手を握る。
到底人の物とは思えない、真っ青な手を。
「……だが、例のスキルの持ち主は必ず見つけてみせるよ。 そして、一秒でも早く終わらせてしまおう。 全てを、な」
深紅のマントに覆い隠された彼女の胸元。
痛々しい斬撃の跡が刻まれたそれを見つめ、魔族の長は呟いた。
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