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架け橋

 旅立ちの日まで残り1日。

久々に訪れた大木は見違えるほど静かだった。

けたたましく叫ぶ鶏共は姿を消し、聞こえてくるのは近くを流れる川のせせらぎのみ。


俺は木陰に腰を下ろし、そのまま倒れ込む。


 昨晩は眠れなかった。

身体は休息を求めているのに脳が、自分自身がそれを拒むようにずっと語りかけてくるのだ。


お前は友を殺したのだ、と。


 俺は否定したかったのだろう。

夢であると思いたかったのだろう。

だからこそ、身体がこの場所へと勝手に赴き、来るはずのない友をここで待とうとしているのかもしれない。


 あの後の事は覚えていない。

昨日のエリシアの話だと、獣牙族は魔王に服従を余儀なくされ、その忠誠心を示すためにアテルの街を攻める事を強要されたらしい。

そして、族長の死によって獣牙の者達は撤退。

敗走という形は取ったものの、アテルの街を攻めたことで魔王への義理は果たしたものと主張。


 しかし、魔王が獣牙族に戦線の継続を指示する可能性は大いにあり得る。

未だ安心は出来ないが、ガンドルグの犠牲が無駄にならぬように祈る事しか俺には出来ない。


 全く、命を賭けてまで博打を打つなんて本当にあいつはお人好しがすぎる。



「──やはりここだったか」


 いつもガンドルグが来る方角から声がした。

心臓が高鳴る。この場所を訪れる者など他にはいないのだから。

俺は慌てて飛び起きる。

そして視界を声の方向に合わせる。


「……どうした? 敵討ちにでも来たのか?」


「いや、そんな道理はない。 獣牙族一同其方には感謝をしているのだ。 族長を誇り高き戦士として終わらせてくれた其方にはな」

 

 俺の隣に腰掛けるリガルグ。

彼は胸元から羊皮紙を取り出すと、俺に向かってそれを差し出す。


「族長、ガンドルグからの手紙だ。 お前に渡すように頼まれていた」


「ガンドルグからだと?」


 受け取った手紙を開く。

ガンドルグらしい豪胆な字で綴られた手紙だ。


『親愛なる友へ


 この手紙を読んでるってこたぁ、にいちゃんは一人前の戦士になれたってことだな。


 なんでも魔王のくそったれは負けた部族にゃ興味を失くすって話でな。

こうするのが一番早え気がしてよ。

嫌な役回りを押し付けちまって悪りぃ。


 本当はにいちゃんと一緒に旅に出て、なんかでっけえ事をやって、そんで酒でも飲み交わして馬鹿騒ぎするのも悪かねぇって思ってたんだが……。 やっぱ無理だったみてぇだ。


 実はな、こっそりにいちゃんの剣を覗き見させてもらった。 にいちゃんの剣は斬ったヤツの魂を封じ込める魔剣なんだろ?


 だから考えたんだ。

俺の魂を代わりに連れて行ってくれ。

そして願わくば、俺の剣技でくそったれた魔王とやらに一泡吹かせてやってくれ。

にいちゃんなら出来るさ、この重牙のガンドルグに打ち勝ったんだからよ。


 ……最期になっちまったが、この半年間は人生でも最高に楽しい時間だったぜ。

夢を叶えることは出来なかったが、悪い気はしねえ。

だから、にいちゃんは思い詰めるな。俺の死を振り返るな。

俺はにいちゃんの牙としてずっと側で生き続けるからよ』


 ……ガンドルグのヤツ、途中から文字が滲んでるじゃないか。読みづらいったらありゃしない。


 自分だけ言いたいこと言いやがって。

自分勝手にもほどがある。


「……10年前の戦以来、我々獣牙族と友好関係を築こうとする人間は皆無だった。 人間の友が出来たと族長は大笑いしながら語り歩いていたよ」


「……そうか」


「あぁ、何年も共に生活して来たが、あのような族長の顔を見るのは初めてだった。 余程嬉しかったのだろうな。 人の身でありながら、自らの姿に恐れず、一人の人間として接してくれた其方の事が」


 リガルグは穏やかな顔で空を見上げる。

表情とは対照的に両眼から流れ出る清水。


 ……あぁ、そうだな。 こいつらは俺達と何一つ変わらない。

同族の死を惜しみ、悲しむことができる。

こうやって表情と尻尾で感情を表し、語らうこともできる。


 魔王とやらさえいなければ、いずれ獣牙族と人間は過去の確執を乗り越え、共存出来たかもしれない。

そしてガンドルグも俺との出会いは夢に向かっての一歩だと言ってくれていた。

──ガンドルグが夢見た、人と獣牙族の共存。

友と紡いだこの縁。欠片だけでもいい。

この世界に遺したい。ガンドルグという戦士が生きた証として刻みつけたい。


「リガルグ。 俺はアテルの街に子供達を残していく。 まだ年端も行かない10人の子供達だ。 彼女達は今後、気力回復薬エナジードリンクの製造と販売を生業としていくのだが、材料を得るための手段を持たない。 もしよければ、その子達と交易を結んではくれないか?」


「……其方に刃を向けた。 そのような部族の者に幼子を引き合わせる事に抵抗はないのか?」


「お前達は戦士だ。 戦士でないものに刃を向ける者など一人もいないことくらい知っている。 ……それに、非常に小さな一歩だが、今後もしかしたらあの子達の活躍で街全体と獣牙族との交流が叶うかもしれない」


 俺の言葉に、漆黒の体毛に包まれた長い尻尾は静かに左右に揺れる。

ふっ、と小さく笑い、リガルグは俺に手を差し出した。


「そうなればよいな。 族長も兼ねてからそれを望んでいた。 できれば金ではなく酒を頼むと伝えてくれ。 獣牙の者達は皆、無類の酒好きなのでな」


「そういえばガンドルグのヤツも酒を持って来た日は終始上機嫌だったな。 ……あの子達をよろしく頼む」


 リガルグの黒毛に包まれた手を握る。

初めてガンドルグと出会った時のことを思い出す。今この場に立っているという奇跡を与えてくれたあの出会いを。


「承った。 族長の誇りを命懸けで護ってくれたお前の頼みだ。 何があっても違えぬと約束しよう」


「ありがとう。……ガンドルグの夢、お前達が叶えてやってくれ」


「必ず成し遂げよう。亡き族長を通じて結んだ小さな架け橋。 立派に育て上げて見せようではないか」


 ガンドルグ。

お前が望んだ世界に少しずつだが、変わっていくのかもしれない。


 そして、お前の牙は必ずふざけた魔王とやらの喉元に突き立ててやる。


──見守っていてくれよ。

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