剣士の覚悟
16
夕日に照らされた草花が風に吹かれ、まるで歌い踊っているかのようにざわめく草原。
巨大な木製の門から続く車輪の跡。
ここ最近では見慣れた風景の数々。
だが、今日は一部違った。
剣や槍、斧。
それらを手にした犬頭の獣人達。
彼らに手を向けるエリシアの背。
その後ろで槍を構え、ぷるぷると震える衛兵達。
数メートル先、開けた門越しに見えた景色の中央。獣骨の蛮族鎧。 皮の腰巻き。 風に揺られる蒼の体毛。俺が見間違える訳がない。
初めて俺の事を友と呼んでくれた誇り高き戦士、ガンドルグの姿だ。
「九条!!! うかつに飛び出したら──」
「──どうしてしまったんだガンドルグッ!!! ここに戦士はいない!!! お前が剣を抜いていい場所ではないことくらいわかっているだろう!!??」
静止するエリシアの前へと躍り出た俺は、声が続く限り叫ぶ。
周りの獣人達の様子がおかしい。
視線を落とし、まるで怒りに震えているかのように見える。
「……久しぶりだなぁ、にいちゃん。 本来なら再会を祝して酒でも一緒にかっ喰らいたいところだが…… すまねぇな、俺達は魔王に降ることになった。 俺は今からにいちゃんのいる街を滅ぼす大悪党だ」
いつも通りガハガハと大きな声で笑うガンドルグ。
そんな顔をするな。下手な演技を俺に見せるんじゃない。自慢の尻尾が垂れ下がるているじゃないか。
夢はどうした!? 誇りはどうした!?
他ならぬお前が好き好んでそんなことを言うはずがない!
そうせざるを得ない理由があるのだろ……?
「……それで、今からお前はどうするんだ?」
フン、と小さく笑ったガンドルグは大剣を振り、その切っ先を俺に向ける。
「にいちゃん、あんたに一騎討ちを申し込む。 俺が負ければ俺達は引く。 だが、にいちゃんが負ければ皆殺しだ」
「ダメよ九条!!! 彼は貴方のステータスよりも数段上の戦士!! 貴方では勝ち目がないわ!!」
「私達と共闘しなさい!!! 悔しいけどあんたは頭は悪くない!! まともにやって勝てない事くらいわかってるでしょ!?」
エリシアとフェリシアの必死の叫び。
だが、今の俺には届かない。
ガンドルグ。
本当に馬鹿なワンコだよお前は……。
殺したくないのだろ?一歩踏み出した夢を諦めたくないのだろ?
俺に止めろと言っているんだろ?
戦士のお前が、剣士の俺に。
手が震える。心臓が痛いくらいに暴れ回っている。
……自分の事だから誰よりもわかっている。
俺にこいつを斬れる訳がない。
そしてなによりも、剣技で俺がガンドルグに勝つことなど万に一つもないだろう。
ほぼ間違いなく、地に伏せ、骸となるのは俺だ。
だが、その結末はガンドルグが納得できるものではない。
覚悟を決めるしかない。そして、勝たねばならない。
俺が産まれて初めて、友と認めた者のためだ。
「……2人共、ここは俺に任せてくれ。 こいつは、俺が斬ってやらねばならない」
「お断りよ!! あんたに死なれたら寝覚めが悪いわ!! ここにいる全員を相手にしたって構わない!! あんたが死んでいく姿を見てるだけだなんて御免よ!!」
「私もよ! 大丈夫、力を合わせればこれくらいの数、絶対勝てる。……私の魔法なら……全員殺すことくらい……できる」
なんだよフェリシア。
らしくないじゃないか。
判断の早いお前なら、子供達を連れて今すぐにでも街から離れるべきだとわかっているはずだ。認めたくはないが、お前はそこまで馬鹿ではない。
エリシア。
お前には世話になった。
俺はエリシアの過去を全てを知ってる訳じゃない。
だが、お前は本当に変われているのだと思うぞ。
……だから、これ以上、手を汚す必要はない。
「頼む。 言うことを聞いてくれ。──この通りだ」
身体が反射的に動いた。
人に頭を下げるのは何年ぶりだろうか。
これまで生きてきた中で数えるほどしかないのだから、俺自身も珍しく感じる。
頭を下げるくらいなら死んだほうがマシだ、そう思って生きて来たのだがな。
俺も丸くなったものだ。
「はぁ……まさか礼もまともに言えない、何があっても謝りもしないあんたがそこまでするなんてね。 ……わかったわ。 そのかわり、必ず生きて帰って来なさい」
「フェリシア!! 何を言っているの!! 相手は重牙の──」
「──姉さん、珍しくこいつが頭下げてんのよ?
何言っても聞かないと思わない? だから、私達に出来るのは笑って送り出してやることだけ。 ……ね?」
エリシアの背を笑顔で叩き、肩を組むフェリシア。エリシアは翡翠の瞳を潤ませながら呟く。
「お願い、死なないで」
こくりと頷き、俺の背で待つガンドルグへと向き直る。
「ガンドルグ、俺がお前を止めてやる」
「恩に切るぜ。友よ」
俺たちは互いに向かって剣を構え、咆哮を上げながら駆け出した。
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