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日常

 鈍色の雲が太陽を蝕み、湿った空気が肌に張り付く。ぬかるんだ地面。葉を叩く雨音。

日の差さぬ空が怒り狂っているかのように激しく唸る稲光。


 まるで、一帯の自然がガンドルグの心境を具現化しているようであった。


「──族長、自ら斥候を勝って出たのにも関わらずこの始末だ。 ……どんな罰でも受けよう」


 リガルグから顛末を聞いたガンドルグの顔はいつになく暗い。

彼の報告にあった、亜人を斬れない剣士。

心当たりのある人間をガンドルグは知っている。



「……おめぇは立派な戦士だよ、リガルグ。 生き方なんてそう簡単に変えられるもんじゃねえ」


 跪き、俯くリガルグの前に、ガンドルグはしゃがみ込む。青毛に包まれた大きな手が、黒狼の頭に優しく置かれる。


「嫌な役目を任せちまったな、すまねぇ。 ……一族の恥は俺が全て被るさ。 あの戦いの中、臆病者と罵られても信念を曲げなかった獣牙の戦士達を冒涜させはしねえ」


 力強く、だがどこか悲しげな瞳で口を開くガンドルグ。身体を震わせたリガルグは頭に置かれた手を払い除け、獣牙の長へと捲し立てる。


「族長!!! 何を言うか!!! 戦士の矜持を我々に説いたのは──」


「──生き残る方が大事だろーがよ。 ……俺の誇り一つでお前らが生き残れるなら安いもんだ」


 未だ納得のいかないと言わんばかりの顔で噛みつこうとするリガルグ。


 まるでその口を塞ぐかのように、ガンドルグはぶっきらぼうに羊皮紙を差し出す。


「俺に何かあったら、こいつをその剣士に渡してくれ」


「……族長、まさか遺言ではなかろうな」


「遺言ねぇ。 まぁ、死のうが生きようが戦士としては最期の戦いだ。 あながち間違っちゃねぇのかもな」


 大剣を担ぎ、ガンドルグはいつものようにガハガハと大きく笑う。

空元気なのだろう。

リガルグにはわかっていた。

戦士としての誇りと信念を胸に生きてきたこの男が、戦士として最期の戦いと言ったのだ。

身を引き裂かれるほどの思いのはず。


 それでもなお、気丈に振る舞おうとする長の姿にリガルグはこれ以上は何も言うまいと決めた。


「……一族総出で見届けよう。 貴方の最期の戦いを」


「へっ、俺様の剣技に巻き込まれて死ぬんじゃねぇぞ!!!」


 軽口を叩きながら声高に笑うガンドルグ。

そんな彼の背を見つめ、リガルグは思った。


 降り頻る雨を一身に受ける長の大剣。

その切っ先から流れ落ちる雫はまるで、彼の相棒が涙を流しているようだ、と。




◆◇◆◇



治癒の緑光(キュア・ライト)


 いい加減に住み慣れた、必要最低限の家具のみが置かれたリビング。

 年季の入った木製の椅子に腰掛けた俺に、エリシアは回復魔法をかける。


 頬、首筋、腕。

至る所に這い回るミミズ腫れがすうっと引いていく。

……酷い目にあった。


 俺をこのような目に合わせた元凶を睨みつける。

奴はまるで虫ケラを見るような冷たい視線をこちらに向け、クロスボウを構えている。


「こんな奴、治療してやる必要もないのに…… 姉さんは甘すぎるわ」


 どう考えても俺が悪い要素がカケラも思いつかない。 不愉快にもほどがある。


「だから!! 何回も言ってるでしょ!! あれは私が……」


 途中で赤面し、俯くエリシア。

顔から火が出る、とはまさに今の彼女のような状態だろう。


「……まぁ、姉さんを守ってくれたことだけは感謝するわ。 ありがとね」


 大きく息を吐き、クロスボウを下ろすフェリシア。こいつが俺に礼を言うなど珍しいこともあるものだ。


 だが、守られたのはむしろ俺の方だろう。

エリシアがいなければ間違いなく死んでいたのだから。


それに……俺は奴を……斬れなかった。


 もし、子供達を逃すことができない状態だったら何人を戦闘に巻き込んでしまっただろうか。

想像しただけでも吐き気がする。


 そんな事を考えていると、雨音に混じって大勢の騒がしい足音が外から聞こえてきた。


「九条のお兄ちゃーん!!! お薬売れたよー!! 銀貨25枚!!!」


 ほぉ、俺がいつも吹っかける金額で売ってくるとはな。 子供の飲み込みの良さには目を見張る物がある。

俺はドアを開け、びしょびしょに濡れた子供達を迎え入れる。


「よくやったな、十分すぎる働きだ。 ……二人とも、この子達の身体を拭いてやってくれ。 風邪でも引かれたら大変だ」


 労働者は丁重に扱わないとな。

働きに見合った労いをしてやる事こそが企業として大成するための第一歩だ。


身体を拭いてもらったソフィアは俺に小さな皮袋を渡す。


「はい! お兄ちゃん、今日の売り上げ!」


「拾い集めて売ってきたのはお前たちだ。その金はお前達の物だよ。 好きに使え」


 少女が差し出した皮袋を突き返す俺。

その姿を見たフェリシアはポカンと大きく口を開け、アホ面を晒す。

エリシアも何故だか素っ頓狂な顔をしている。


「……何かおかしいか?」


「守銭奴のあんたがお金を受け取らないなんて…… 。 さっきの戦いで頭でも打ったの?」


「あの状況だとポーションを廃棄するしかなかった。 それを拾って売ってきたのはあの子達なのだから当然だろう。 それにいつも頑張ってくれているのだから多めに渡すくらいはしてもいいはずだ」


「銀貨25枚って相当な金額だよ? ……一応聞くけど九条はいくらくらいお金を貯めているの?」


 バツの悪そうな顔で問いかけてくるエリシアに俺は指でVの字を作って返す。


「え!? もう金貨2枚も稼いだの!? やっぱり九条はすごいね!!」


「……いや、その…… 20枚だ」


「「えぇぇえええ!!!???」」


 ……そんなに驚くことか?

ノイジーピジョンの羽毛はもちろんのこと、薬の収益が大きい。


 この街の薬師は数名の高齢者しかいないから需要に対して供給も少ない。 そして、なにより彼らが一つの薬を作るのに数日はかかる。


市場を支配することくらい造作もない。


 俺しか製法を知らない新薬も何種か開発した。そちらの売れ行きも絶好調だ。……魔力回復薬マナポーションを除いて。


 特に動物の肝臓や雄鹿の角、植物の種子で作った気力回復薬エナジードリンクの売れ行きは凄まじい。


 この世界の人間は肉体労働が多い割に薬と言えばやれ病気を治すだの傷を治療するだの、そんな事にしか使わない。


 強烈な苦味と臭みがあるとはいえ、飲むだけで疲れが取れる薬の需要は凄まじい物だった。


 子供達には既に製法を伝えてある。今後は特許料として売上の5%を徴収する予定だ。


 幸い、この世界に元から無いものは調合のスキルが無くても作れるようだしな。


「……金貨10枚貯めるために何年も奔走してた私達って」


「姉さん、言わないで。 こいつが異常なだけよ……」


 カビが生えたように湿っぽい空気を醸し出しながら抱き合う姉妹を横目に、ソフィアは俺に向かって口を開く。


「ねぇ! だったらお兄ちゃんに何か買ってあげる!!」


「いや、これはお前達が稼いだ金だ。 無駄遣いせずに貯金しておけ」


 他人に金を使ってもメリットなんかないのだ。

……旅立つ前に金の大事さを説いてやるべきだな。


 だが、少女は引き下がらない。


「今までの私たちは誰かに助けてもらわないと生きていけなかった。 生きるので精一杯だったからくやしいって思ってても縋るしかなかったの。 ……でも、お兄ちゃんのおかげで変われた。 ちゃんと仕事をして、お金を稼げるようになった! 私達の力で生活できるようになったの! だから無駄遣いなんかじゃない!」


 ソフィアを皮切りに他の子供達も口々に言葉を投げる。


「そうだそうだ!! にいちゃんのおかげで俺達、自分の金で飯が食えるようになったんだぜ!!」


「私も薬草探すの上手くなった!それに、こんなに綺麗なお洋服を着れるようになったのはお兄ちゃんのおかげだよ!!」


「なんか恩返しさせてくれよぉ!!」


 全く、生きづらい性格をしてるな。 こいつらは。

 俺は子供達に背を向け、自室に向かって足を進める。

「あんた!! この子達がここまで言ってんのよ!? 何で無視するのよ!?」


「……着替えてくる。 さすがに肌着で外に出るのは恥ずかしいからな」


 俺は子供達の歓声と、姉妹の微笑みを背に受けながら部屋を出た。

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『面白い』『続きが気になる』と思われましたら、是非ブックマーク登録、感想、レビュー等いただけますと非常に有り難いです。

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