エリシアの過去
苔むした地面に大の字に寝そべり、深呼吸をする。
身体を支配する疲労。 そして安堵感。
生き残ったことに対しての安堵感ではない。 これは恐らく、命を奪わずに済んだ事に対しての安堵感だろう。
──ガンドルグ……。 俺はどうやっても…… 戦士にはなれないみたいだ。
「治癒の緑光」
俺の身体が淡く緑色に光る。
そういえば所々傷を受けていた事を思い出した。全身の痛みが引いていく。
エリシアは座り込み、俺の顔を覗き込む。
彼女の白雪のように白く細い指が俺の髪を撫でる。
「九条は優しいね。……ちょっと意外だった」
「……そんな事はない」
優しさ、などではない。
俺はただ不快なだけだ。噴き上がる血が。
耳に残る断末魔が。
「ううん、私なんかよりもずっと優しい。 これまで数えきれないほどの命を奪ってきたから」
いつも見せる年相応の笑顔でもなく、戦闘中の凛とした表情でもない。
過去の自分の背を辿るように遠くを見据える目。
──そんな顔もするのだな。
「10年前、お父さんとお母さんが街を出た後、この辺りは戦場になったの。 当時の亜人たちは人間がこの地域に住んでいる事が気に食わなかったみたいでね。 獣牙族と翼人族の連合軍が頻繁に攻めて来てた」
エリシアは一瞬ハッとして笑顔で付け加える。
「……あっ! もちろん今はそんなに物騒じゃないよ! 当時の族長に従わなかった人達、ガンドルグさんとクラプターさんが一族をまとめ上げてるから!」
ガンドルグ……。
あいつ、族長だったのか。
だがそれなら獣牙族が襲ってくる事自体がおかしい。奴に何かあったのかもしれない……。
エリシアは再びどこか物悲しい表情を浮かべ、言葉を紡ぐ。
「私、魔法の才能だけはあったからさ。
みんなに守ってもらいながらひたすら魔法を撃ってた。子供も老人もみんな武器を持って命懸けで私を守って死んでいくの。 ……最初は嫌だった。 私の前で毎日たくさんの命が失われていくのが」
7歳の少女が、か。
狂っている……。 まだ物心が付く前の子供に殺人を行わせるなど、この世界は狂っている……。
エリシアはエメラルドの目を伏せ、続ける。
「でもね、どんどん麻痺していくの。 新しい魔法が使えるようになる度に、どういう効果があって何人殺せるのか。 どうすれば沢山殺せるのか。 そんなことばかり考えるようになった。 そのうち、二つ名まで授かって調子に乗っちゃって……。 歯止めが効かなくなっちゃった」
俺を撫でる手が止まる。
彼女の瞳から清水が溢れ、こぼれ落ちる。
──全く、顔に掛かるじゃないか。
俺はエリシアの肩を押しながら起き上がる。
「……九条?」
彼女のブロンドの髪を俺が知る限り最も優しく、丁寧に撫でる。
細くてサラリと指が通るこの手触りは悪くないな。
……俺はただ、顔が濡れるのが不快なだけだ。
エリシアを気遣ったわけじゃない。
「変われたんだろ? 君が話すその女とやらはもうこの世には居ない。 ここにいるのは、俺の命を守った立派な魔法使いだ」
「変われた……のかな? 私、あの人達みたいになれたのかな……?」
俺の胸に顔を埋め、子供のようにわんわんと泣き出すエリシア。
コロコロと表情を変えて忙しい女だ。
俺は彼女の背に腕を回し、優しく摩る。
しかし、この状況はまずい。
フェリシアが見ようものなら確実に俺を殺しに来るだろうな。
──そんな事を考えていた時だった。
「姉さん、九条!!! 待たせたわね、子供達は無事に………… 」
茂みを掻き分けながら現れたフェリシア。
携えたクロスボウが手から滑り落ち、暴発した矢が俺の頬を掠る。嫌な予感ほど当たるものだ。
まずい……!!!
「フェリシア、ありがとう。 こっちはもう多分大丈夫」
顔を上げ、涙を拭うエリシア。
……彼女は状況が読めていない。
全く大丈夫ではない。恐らく、今目の前にいる女は──
「このゴミカス最低男がああああぁ!!!!! さっさと姉さんから離れろクソムシぃいいい!!!!」
「落ち着けフェリシア!!!!! 俺はなにも……」
「姉さんを泣かせるなんて…………この……女の敵があああああ!!!!」
──リガルグよりも恐ろしい。
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